第7話 異形の魔物
「来る!」
俺は剣を構え、イグリアは一歩前へ踏み出した。
スライムの伸ばした腕が石床を叩くように迫る。
「クソッ」
剣で弾くが、さらに腕は伸び続ける。
「――形状が違くても核はあるはず、それを狙えれば!」
しかし、相手は素早いし、奴の身体が赤黒く濁っていて見えない。
イグリアはツメで切り裂くも相手の赤黒い粘体は崩れることなく、逆にイグリアを掴もうとしてくる。
「駄目ッ」
イグリアはすぐに後退した。
「イグリア、ブレスを吐けないか」
イグリアがどんな技を撃てるかはしらないが、少なくともブレスは吐けるはず、キャンプの時のアレが本気だとは思えない。
「......」
イグリアは少し表情を崩す。
「少しなら吐ける......」
どうやらイグリアはあまりやりたくはないみたいだ。
「あいつにダメージが入るか知りたいんだ頼む!」
「......わかった」
イグリアは深く息を吸う――
「『黒炎の息吹』」
黒く赤い炎がスライムを焼き尽くしていく。
「......ダメージは入ってるか!?」
今までとは打って変わって明らかに相手は動きを鈍くして震え始めた。そして粘体の内部にあった木片やら金属の中の隙間から何かが一瞬赤く光ったのを俺は見逃さなかった。
「――見えた」
赤黒い粘体の中、中央付近――うっすらと光る核のようなものが脈動していた、それはまるで心臓のようだ。
「た、頼むイグリア続けてくれ!」
燃える盛る炎の横を潜り抜けてスライムの距離を詰めていく。
「ッ......」
スライムの目の一部がこちらを向いた。
「ッ気づかれた」
腕を複数伸ばし鞭のように打ちつけてくるが最低限の動きで受け流す――
「いッ」
全部はかわせない、それでもどうにか避けて、剣で防いで間合いを計る。
「駄目だ、もう少しなのに!」
奴は炎を腕で壁を作り防ぎ始め、こっちへと完全に意識を向けつつある。
「――」
炎の火力がさらに強まった。イグリアがやってくれたんだ。
「今ッ!」
俺は床を蹴って飛び込む。
スライムの腕が絡みつくように襲ってくるがそれを強引に切り裂きながら、核めがけて剣を振り下ろした。
「『黒炎閃華』」
イグリアと同じ炎を纏い、奴の核目掛けて切り落とす、スライムの胴体を貫き、俺の剣が核に到達――
「ッらああああッ!!」
ズドンッ!
鈍い音と共に核が割れスライム全体が震えたかと思うと――瞬く間に赤黒い体が崩れ落ちていく。
ぐちゅ......
重たく粘ついた音を最後にスライムは床へと広がりただの魔力の残滓となって消えていった。
「……終わった、か?」
俺が剣を引き抜くと、イグリアが腕を組みながら小さく頷いた。
「そう......ね、ケホケホ......ケホ」
イグリアは喉を傷めたのだろう、咳払いをしながら近づいて来た。
「まったく......あれがD級のスライム? あの貴族、魔物の目利きどころか危機感すら無さすぎる」
「とりあえず、戻ろう」
■
屋敷の廊下に戻ると、管理人のリバーは相変わらず静かに待機していた。
俺たちの姿を見るや否や、リバーは静かに一礼する。
「お帰りなさいませ、無事討伐が出来た様子……ありがとうございます」
そしてそのまま応接間に向かうとポルズが出迎えてくれた。
「おおおッよくぞ倒してくれたッ!」
と、強い握手を交わされた。
「聞いていた話より強かった、あれはスライムじゃない」
「えっ……?」
ポルズがきょとんとする。
「普通のスライムじゃなかった、腕の生えた異形のスライムでしたよ、おまけに金属まで取り込んでいたし......下手したら死んでたかもしれませんね」
「そ、それは......」
ポルズがしどろもどろになったところで、イグリアが腕を組んで鋭い視線を送る。
「ねえ、報酬の増額、考えてくれてもいいんじゃない?」
ポルズは汗を滲ませながら顔を引きつらせる。
「う、うむ、たしかに、そこまで危険だったとなれば......」
しばらく逡巡した後、ポルズは観念したように頷いた。
「分かった、少しばかり上乗せしよう」
「そうこなくっちゃね」
イグリアが満足そうに頷く。
「しかし......どうしてこんな魔物が発生したのか」
俺の言葉にポルズは少し考え込んだ様子を見せる。
「地下倉庫には、我が先祖がかつて魔族との戦争で使用した武具や戦いの遺物も収められている、奪ったものもあったと聞く、もしかしたらそれが原因かもしれん」
「なるほどな」
イグリアは呆れたように肩をすくめる。
「そんな曰く付きの倉庫なら、何が湧いてもおかしくないわね」
「いずれしっかりと調査せねばなるまいな」
ポルズは渋い顔をしながらそう呟く。
「うむ、しかし今回は本当に助かった!何か困った事があったら私を頼りなさい! 」
「そうさせてもらいます!」
俺たちはポルズとリバーに礼を言って屋敷を後にする。
「とりあえずギルドに報告して、あとは剣のメンテも必要だな」
新調したばかりなのにまたスライムの粘液でダメになるなんて嫌だ。
――そうして俺たちは王都へと歩き出した。
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