第6話 本格始動
翌朝、目覚めとともに俺たちは冒険者ギルドへ向かっていた。
昨日イグリアと話した通り安定した拠点を手に入れるために、本腰を入れて稼ぐ必要がある。
といってもEランク、稼げる額はたかが知れている、早くランクを上げる為にも依頼を受けていこう。
ギルドに向かう中、イグリアは背伸びをしながら欠伸をしていた。
ギルドの扉を開けると、昨日と変わらない喧騒がと酒の匂い、剣と鎧がぶつかる音、誰かの豪快な笑い声——同じ、ただ一つ違う点があるとすれば――
「おい、あいつが......」
「宿を吹き飛ばしたやつか」
冒険者たちの視線が、明らかに俺たちへ向けられていた。
......変な意味で有名になってる......
気にしても仕方ない俺はイグリアと共に掲示板へと向かおうとしていた所受付嬢に声をかけられた。
「ハルフミさんにイグリアさんも昨日は大手柄だったみたいですね!」
「ははは、まぁ!ね!?」
何とも変な笑いを零してしまう。
受付嬢も小さく笑いながら、一枚の依頼書を差し出した。
「そんな貴方たちを指名する依頼がありまして」
「指名依頼?、わざわざ俺たちに?」
「はい、指名依頼はB級辺りから見られる事ですから、E級でされるなんてすごい事なんですよ!」
「へぇ」
イグリアが覗き込みながら依頼書に目を走らせる。
「ただ......その指名依頼の内容なんですが色々と問題点が......まず難易度は不明、一応D級相当......であるとされていますが」
「不明!?それをE級の俺らにやらせても良いの?」
「......ドルガーを倒した貴方達ならば問題ないはずと依頼主が......」
「良いのかそれで......」
何とも不安だが......とりあえず依頼書を覗き込む、内容は貴族邸の地下倉庫に出る異形の魔物をどうにかしてくれと言った感じだ。
「しかしわざわざ貴族が俺たちに?」
いくら俺が有名だからって熟練者に頼むだろ、普通、貴族なら尚更。
「あれ、報酬は?書いてないんだけど」
イグリアが報酬について聞いてくれた。
「えっと、まあ、一応、依頼主が払うと言っている金額は銀貨5枚ほどなんですが......難易度が不明な以外にも懸念点がありまして」
受付嬢が言い淀む。
「通常想定している額よりも報酬の額が安いのです」
「安い......」
「難易度不明というのは危険です、本来は金貨を要求しても良いはずです」
イグリアが横でくすりと笑う。
「ふふ、貴族なのにお金がないから払えないってところかしらね」
......普通に依頼をすると金がかかるから、俺たち新米に指名して本来の相場より安く済ませようとしているのか?
「指名をされたからと言って絶対に受けなければならない訳ではありません、拒否する事も出来ますが......」
「どうするイグリア?」
今後の実績作りにもなるだろう、かなり危険そうだが。
「私は構わないわ」
なら決まりだ。
「今回の依頼、受けます」
「わかりました――どうかお気をつけてください」
■
依頼に向かう前に剣を新調し俺たちは貴族の屋敷へ向かうことになった。
王都の外れにある貴族邸は栄華の名残を残しながらも寂れた雰囲気を醸し出していた。
門の前に立ちチャイムを鳴らすと屋敷の管理人と思われる初老の男が俺たちを出迎えた。
出迎えた初老の男はそれなりに品のある態度を保っているが、どこか疲れた表情をしている。
「指名依頼を受けたハルフミとイグリアです」
「お待ちしておりましたハルフミ様、イグリア様、わたくしはリバーこの屋敷の管理人でございます」
静かに頭を下げられる。
「屋敷の主、ポルズ様がお待ちですのでご案内いたします」
俺たちは屋敷の中へと入った。
屋敷の中の庭は荒れていて雑草も荒れ放題、手入れが行き届いていないのは素人目に見てもわかった。
「......ヒドイ状態ね」
「い、イグリア」
イグリアがとんでもない事をボソッと呟いたので聞こえてはいないかとヒヤッとした。
屋敷の管理人に案内されながら屋敷の中へ入るが使用人の数も少なそうだ。
移動している間、リバーから簡単な説明を受ける。
——この屋敷の主ポルズ=バーベムはかつて戦功を挙げた者の末裔だという。
先祖は軍功によって王に名誉貴族として取り立てられ王都近郊にこの屋敷を拝領したそうだ。
そして領地こそ持たぬが、代々軍務や治安職に就き時には王族の近衛として仕えるほどの家柄だったという。
だが今では武勲は遠く家の財政も傾き屋敷の維持で精いっぱいで王都の中では「名ばかりの貴族」と見なされているとか。
しばらくして応接間に通されると、当主ポルズ本人が姿を見せた。
金髪の男性が背筋を伸ばして座っていた。
「おお――良く来てくれた!」
ポルズは俺とイグリアの手を強引に掴み握手してくる。
「ギルドマスターに無理言った甲斐があったぞ!」
そして座って座ってと言われるままに俺とイグリアは座る。
「依頼の内容は大体知っているね?」
「はい、地下倉庫に異形の魔物が出るとか......」
「そうだ、異形と言われているがあれはD級のブラッドスライムの亜種なはずだ......多分」
「はず......ねぇ」
「い、いやいや、そう不安視する必要はないさ、ギルドの連中はあの魔物を過度に恐れているだけだ、難易度を無駄に上げようとする!金をむしり取る魂胆なのだろう」
「はぁ......」
イグリアは退屈そうに聞いている。
「最近になってあれは現れたがあいつが地下倉庫に陣取っている所為で色々と困っている......君たちはE級だが、ドルガーを倒せたのだC級はあると踏んでいる、大丈夫だ!」
「そうですか」
「リバー、案内してあげなさい」
こうしてその例の魔物が出るという地下倉庫に案内された。
■
屋敷の奥へ進むにつれて、空気が少しずつ冷たくなっていく。
絨毯は色褪せて壁にかけられた絵画も埃をかぶっており豪奢な造りのはずなのに、どこかしら物悲しさが漂っていた。
「こちらです」
管理人のリバーが止まったのは廊下の奥にある鉄製の扉の前だった。
鍵がかけられていたようでリバーは胸元から取り出した古びた鍵でゆっくりと錠を開ける。
ギィ......
鈍い音とともに扉が開くとそこには下へと続く石造りの階段が口を開けていた。
「この階段を降りた先が、地下倉庫です」
かなり暗そうだ。
「先は暗いですので、これを」
そういって渡されたのは黄色い石だ。
「魔力を込めれば光ります、二つありますのでハルフミ様とイグリア様に」
「ここでは昔、兵具を保管していたのですが......今ではもう荒れ果てています」
「荒れているのはここだけじゃないけどね」とイグリアがまた呟きやがった、今度はあからさまに聞こえている。
「......」
リバーは小さく目を伏せたが、特に言い返す様子もなく静かに一礼して扉の横へと下がった。
「じゃあ行くか」
そして、階段を降り始めた。
「どうかお気を付けを」
リバーの声を背後に進んでいった。
■
石の階段は思いのほか深くて足音がコツン、コツンと響く。
「足元には気を付けないとな」
明かり代わりに俺は小さな魔光石を取り出し光を灯す。
イグリアは前を警戒しながら歩くがどこか退屈そうだ。
「家の地下に魔物が湧いてるって......貴族の家としてどうなの?」
ある程度下って行くと、大きな部屋に到着した。
「ここが地下倉庫、その奥に例の魔物がいるはず――」
グチュ......ヌチ......
奥からと濡れたような音が聞こえて来る、俺たちは足を止め、そっと気配を殺す。
「......行くぞ」
魔光石の光を奥の空間を照らす。
そこには、かつて兵具を並べていたと思われる棚や台座が歪んで倒れて金属が腐食したように鈍く光っていた。
そしてその中央に、赤黒い塊のスライムだった。
赤く濁った体液の中には、金属片、木材の破片のようなものが混じっている。
サイズは通常のスライムの倍はあり、何より異常だったのはスライムから腕がいくつも生えていたこと。
「――あいつの目、節穴なのッ!?」
イグリアが苦言を呈す。
腕はスライムの中に入ったり出たりを繰り返しながら、どろりとした目玉のようなものがスライムの表面に浮かぶようにしていた。
「ッ.......」
その目はいくつも動き、こちらを凝視して
瞬間――
スライムがぐにゃりと手を伸ばし床を滑るように迫ってきた!
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