第35話 ヒズアグ散策
誰にも知られていない魔界門の存在をレーゼックは知っているという。
「人間界に帰りたいんだろ?金貨10枚でどうだ?」
その情報は喉から手が出るほど欲しかった。
「レーゼック、それは本当か?」
「嘘なんて言わねぇよ、信じてくれ」
イグリアが話す。
「証拠はあるの?魔界門を見つけたっていう」
「証拠って言われると難しいけどよ......カザトランナで暴走に巻き込まれた魔族の一人が見つけたんだよ」
その魔族がレーゼックに教え、それを俺たちに伝えに来たという訳だ。
「お金を請求した癖に自分で見つけたワケじゃないのね」
「は、ははは、まぁ良いだろ?どうだ信じる気になったか?」
まあ可能性に頼ってもいいとは思う、俺はその旨を皆に伝えた。
「私はどっちでも良いわ、嘘をついてたらどうなるか覚悟はしてるんでしょ?」
「い、いや、嘘じゃないから」
ガラムとクーノを見る。
「まぁ良いんじゃないか?どうせ探す当てもないのだ」
「怪しいですけね、普通に」
さて、意見は纏まったな、問題は――
「――10金貨、誰が払える?」
イグリアを見てみた。
「あのね、私があるとでも思ったの?」
「冗談だ」
俺はガラムに目を向けるが、彼は苦笑いで首を振る。
「元々少なかった金も拠点の補修で消えている。今は財布に一銅貨も残っとらん、伽藍洞さ」
まあ、予想通りだった。じゃあ最後の砦は――。
「……クーノ」
イグリアとガラムもクーノを見つめる。
「......はぁ」
クーノは顔をしかめてため息をついた。
財布を引っ張り出し、金貨の数を指先で確かめている。
「全く......いつかはこうなると思ってましたよ。わかりました、貸します」
「ありがとう、クーノ、悪いな」
「構いませんよ、貴方達は来たばかりで拠点すらなかったのですから」
クーノの優しさが心に染みる。
「この返済は必ず――」
「いいえ、それには及びません、ガラム様が全て返してくれます」
「そうか、ありがとうなガラム......返済は頼んだぞ」
「ああ了解した――待て、なんで私が返済をしなければならないのかね」
こうしてどうにか金貨10枚を工面することに成功した。
「きっちり10枚頂きましたぜ」
「嘘だったら――“責任”を取ってもらうから」
イグリアがレーゼックに圧をかける。
レーゼックが慌てて手を振る。
「俺を信じろって、魔界門があるんだよ!」
「そう、なら良いけど」
こうして話は纏まった。
「明日の朝、ヒズアグの東門前で集合だ」
レーゼックとは別れたワケだが、俺たちは折角ヒズアグに来ていたのにほとんだ都市散策をしてはいなかった、魔界へは頻繁に行けるわけではないので町を見て回ろうと言う話になった。
ヒズアグの町は人間界の価値観で言わせれば治安が悪いと思う。
路地裏では触手のような腕を持つ商人が、粘着質な声で焼き鳥の串を売り、空を飛ぶ小型の魔族が屋台の間をすり抜けては、勝手に果実をつまんで逃げていく。
「うわ、また盗まれたぞ! 誰かあのコウモリの尻尾つかまえろ!」「それができりゃあ苦労はしねぇ」
騒がしい都市だ。
「では食事を取ろう、朝から戦闘で疲れてしまったからね」
ガラムはそういうがクーノはそれを横目で見て
「誰のお金で食べるのですか?」
「――そういえばそうだった」
と、現状、金はない訳だ。
「俺も少しだけならある、クーノ、食事代は俺が払っても」
「しかし、それでは......」
「じゃあ、俺はイグリアの分を払うから、ガラムの分はクーノが払う、それでいいだろ?」
「そうですね、そういう風にしましょうか」
役割分担が決まり、どこか適当な食堂に入る。
やはりというべきか、魔族向けのメニューばかり、周りのお客さんとは浮いていた。
「魔族は人間の魔力をある程度見破れますからね」
そう言う事だったのか。
「正直、魔界の食事とかほとんど知らないんだ、ガラムは?」
「私も知らないね、外食なんて出費が大きくて出来なかった」
メニューは文字だけ内容を想像できずとりあえずメニューについてはイグリアとクーノに任せることにした。
「お待たせしました」
こうして出されたのが『ナマキノの煮込み』等々、よくわからないものから知っているものまで。
「ナマキノの煮込みはお肉料理よ、ハルフミでもいけると思う」
「そうか、ありがとう......」
角の生えた豚の顔がこっちを見てる、高そうだ......イグリアは値段を見て決めたのだろうか......。
「......」
イグリアが選んでくれた料理、まぁ肉料理と思えばいけるか。
「魔界というのはゲテモノぞろいだ、クーノ、君もああいった類のものを好むのかね?」
「ガラム様には『水カタツムリのサラダ』がありますからね、あと『ネベデスの刺身』」
「ははは、冗談だろう?」
「冗談ではありません」
「......本当に人間が食べて平気なのだろうか......」
イグリアの選んでくれた料理はおいしかった、値段も相応に高かったが......ガラムといえばガラムは最後まで無言で皿を見つめていた、結局最後は全部平らげていた。
食後は少し街を散策する。
魔界特有の素材を扱う工房や、薬の店。武具屋には見たことのない武器の類も置いてあった。
魔界、赤い空、人間界に慣れてれば異様な空間だが町の喧噪は人間界と変わりないと思う、俺やガラムをじろじろ見る魔族もいたが、偶にではあるが人間種の様な者を見かけたりもした。
そんなふうにして、俺たちはそれぞれ、つかの間の休息を過ごした。明日は――本当に、魔界門が見つかるかもしれない。
そんな期待を胸に俺たちは拠点である研究所へと戻っていた。
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