第3話 安宿にはご用心
初めての依頼を終えたが忘れてはならない事がある。
「もぐもぐ」
イグリアへのご褒美だ、彼女の存在が俺の生命線なのだから。
「はぁ」
イグリアと対面するように椅子に座り財布袋を覗く。
「......菓子パン三つ、これで銅貨3枚」
やはり早くランクを上げていかなければならない、あの格安宿が一泊二人で4銀貨。
俺の手持ちは残り金貨1枚と銀貨6枚と銅貨20枚.......大体銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚程度の価値......宿代だけでも数日しか持たない。
「早く冒険者ランクを上げないとな」
そうすればもっと稼げる。
「イグリア、それを食い終えたらあの宿屋に戻るぞ」
「あのボロに?」
「......仕方ないだろ、安いんだから」
俺たちはとりあえず、最初に泊まったボロい宿屋に戻る事にした。
■
宿の前に立った時、ふと違和感が胸をよぎった。
一度は泊まった宿、初めての時は疲れ切っていて屋根と壁さえあれば良いとしか考えていなかったが、改めて戻ってみると妙に目につく点が増えている。
入口の木製の扉はところどころヒビが入り、宿の看板は斜めに歪んでいる。周囲の建物と比べてもくすんだ印象が強い。なにより、出入りしている人間が妙に柄が悪い。
鎧を着た男たちが酒瓶を片手に騒ぎ、酔い潰れたように道端に座り込んでいる者もいる。
俺たちが通ると、いやらしい視線をイグリアに向けてくる男もいた。初めて泊まった時は気にする余裕もなかった。
「何してるの、行くわよ」
イグリアは全く気にしていない様子、正直言って有り難かった。
今の俺の手持ちでは宿を変える余裕はない、金銭面だけでなく、時間的にもこの時間から別の宿を探すのは難しいのだ、そのまま扉を開ける。
中は外以上に空気が悪かった。カウンターの奥にいる宿の主人らしき男は無精ひげを生やし、面倒くさそうな視線をこちらに向けてくる。
宿泊客と思われる人間は、テーブルに腰掛けて酒をあおりながら、時折こちらを値踏みするような目で見ていた。
「宿泊かい?」
「はい」
軽く伝え俺はさっさと銀貨を置いた。余計なことを言いはしなかった。
「鍵だ」
ぞんざいな言葉だ、イグリアの方を見ると特に気にした様子がない、彼女にとってはそんな事はどうでもいいのかもしれないな。
俺たちはそのまま階段を上がり、二階の部屋へ向かった。
■
部屋に入る、偶然だろうが昨日と同じ部屋だった、薄暗い空間にわずかに湿った空気が漂っていた。安宿らしく簡素なベッドと小さな机があるだけの殺風景な部屋。イグリアは無言でベッドの端に腰を下ろし、俺も剣を置いて座る。
しばらくすると外の騒ぎも収まり、宿全体が静寂に包まれた。
俺も布団に潜り込んだが......なかなか寝つけない。
冒険者のランクを上げるにはどうすればいいか、金をどう効率よく稼いでいけば良いのか、全く纏まらず寝付けない。
夜も深まる頃――
コン、コン。
不意にドアをノックする音が響いた。
こんな時間に?
俺は反射的に身を起こし、イグリアもゆっくりと顔を上げて呟く。
「……誰?」
扉の向こうからの返事はなく、再び——
コン、コン。
沈黙の中で、それだけが静かに響いた。
「――危ないぞ、イグリア」
「心配性ね」
イグリアがベッドからおりてドアへと近づいていく、俺はそれを危険視して小声で言うが、彼女は聞く耳を持たない。
一歩一歩近づいていく。俺も後を追うように近づき、ドアの前に立った時だった。
ガンッ!!
突如、ドアが爆発するように破壊され、木片が飛び散る。
次の瞬間、闇の中から伸びた腕がイグリアの首を掴んでいた。
「ぐっ……!」
イグリアの表情が歪む。見たことのない強引な力に彼女の体が持ち上げられる。
「何者だッ!!」
俺は即座に飛び出し咄嗟に近くに置いておいた剣を抜いた。
姿を現したのは――
「ま、魔物!?」
――180㎝ほどの人型のトカゲだった、赤い鱗に覆われ、さらにやけに長い尻尾がイグリアを吊るしながら締め付けていた。
「――おいらは魔族ッ馬鹿にするな人間!」
「どっちでもいい!イグリアを離せ!」
しかしそんな魔族の奥から足音が聞こえて来る。
「お前が契約者だな」
闇の中から現れたのは、短く刈った髪に傷だらけの顔をした男だった。薄汚れた革鎧を着た彼は、片手にナイフを弄びながらニヤリと笑う。
「俺はドルガーこの宿の看板を利用して、長い間いい商売をやっててな......お前らみたいな連中を攫って売るのさ......あの娘、レアだ、面も良い」
「へへ、兄貴!こいつどうする?」
「そのまま吊るしておけ、緩めるなよ?」
ドルガーは続ける。
「こいつはリザードマンのグラス、俺の従魔だ、馬鹿だがまぁ中々やってくれる」
ドルガーの従魔、グラスが尾でイグリアを締め付けながら低く唸る。
「さて話はこれで終わりだ、従魔を俺に渡すならこれで終わりお前に手は出さない、どうする?」
「――断る」
この戦い、絶対に負けられない。
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