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第20話 『赤土の採掘街カザトランナ』


『赤土の採掘街カザトランナ』

 鉱石――とくに魔鉱石や蒼晶石の採掘で栄えてきた町だと聞いていた。


「普段だったらもっと活気があるんだがな、今はあんまりだな~」


 御者台から振り返りながらゲークがそう言った。

 俺とイグリアは馬車の小窓から町を見渡す。


 赤茶けた岩の斜面に沿って段々に建てられた建物群、その石造りの家々は窓が閉ざれて、煙突から煙の出ている家も少なかった。


「王都とは全然雰囲気違うなぁ」

「そりゃそうだろ、とりあえず、ギルドに向かうぞ~」


 岩肌を削って通された細道を馬車が軋みを上げながらゆっくり登っていく。踏みしめるたび、赤い砂利がぱらぱらと崩れる音がする。

 魔物が活発になった所為で採掘が滞っているとは聞いていたが......そうとう響いてるな。

 と、考えていると。


「――あれ、ハル君?」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 顔を上げると坂道の脇で赤髪の小柄な少女が手を振っていた。


「サーシャか!」

「来てくれるって聞いてた冒険者ってハル君とイグちゃんだったんだね、二人とも来てくれてほんと助かるよ!」


 駆け寄ってくるサーシャは笑顔で近づいて来た。


「良かった、これなら安心だね!」

「......買いかぶり過ぎな気もするけどな」


 俺がそう返すと、イグリアがくすっと小さく笑って。


「そんなことないのに~」


 そう言いながら、サーシャは俺たちの馬車と並んで歩く。


「砂っぽい......」


 崖に沿って緩やかに続く坂道は赤土が舞いやすく、イグリアは時折不愉快そうにしていた。

 町の中心部に近づくにつれ、石畳が増え、建物も多少整ったものになってくきた。


「魔物のせいで採掘場に行けない日が続いてて、鉱夫さんたちも最近はあまり仕事がない状態、ギルドの依頼も、ほとんどが警備とか、行方不明者の捜索とか......」


 サーシャも苦労したみたいだ。


「とりあえず、ギルドに寄って状況確認しよっか!」

「そうだな、俺たちもここの状況がよくわかってないし」

「決まりだね!」


 サーシャはぱっと笑顔になり、俺たちの前をすたすたと歩き出す。

 その背中を見ながら、俺たちは現地ギルド支部へと向かった。


 ■


 ギルド支部は各地にあり、それぞれ各地域の依頼を受け持っている。

 ここカザトランナ支部は通称『赤獅子あかしし』と呼ばれているとか、あまりギルドについて意識した事はなかった事をサーシャに話したら少し困惑していた。


「ハル君ってば、抜けてるね、あたし達のギルドにだって『銀鷲(ぎんわし)』っていう通称があるんだからね、覚えてる?」

「そ、そうだっけ?」

「んも~」


 そんなこんな話しているとカザトランナ支部『赤獅子』に到着した。

 石造りの建物が立ち並ぶ通りの一角にあり、古びてはいるがそれなりに手入れされているのがわかる。

 重厚な木の扉を開けて中に入ると、冒険者らしき男がちらほらと椅子に座ったり、受付前にはひと組のパーティが交渉をしていた。


「やっぱ王都とは雰囲気違うんだな」


 受付にいた中年の男がこちらに気づき顔を上げた。髪と髭に混じる白い毛をした人物だった。


「何か......ん?」


 俺たちをじろじろと見る。


「サーシャ、こいつらが例の?」

「そう、王都からはるばるやってきたハルフミ君とイグリアちゃんです!」


 とりあえず軽く会釈する。


「ろくな歓迎もできねえが、助かる、俺はズータス=ゲントロイだ一応ここのギルドマスターをしている、よろしく」

「こちらこそ、俺はハルフミ=ミネタ、こっちはイグリア=キキラスカです」

 お互い握手をする。

「よし早速だが、状況を説明しよう」


 ズータスは受付脇の扉を開けて応接室のような小部屋に俺たちを案内した。

 簡素な木の机と椅子、壁には手描きの地図が貼られている。


「まず、ここの依頼内容について説明する」


 ズータスは咳払いをひとつし、壁の地図を指差す。


「カザトランナの主力採掘地は、町の南西にある第二採掘区でな、まぁ普段から小型の地竜種や牙鼠だったりは出てたりしてたんだが、問題は一月ほど前から周辺に大型の個体が混ざるようになってきて、今じゃあ魔物どもに縄張りにされたって訳だ......その結果、採掘はほぼストップ状態」

「ちなみに大型の魔物出現に心当たりは?」

「ないな、俺が教えて欲しいくらいだぜ」


 横目でイグリアを見てみると気怠そうに欠伸をしながらも一応は聞いている様子だ。


「とにかく目的は縄張りにしてやがる魔物どもの駆除だ」


 まぁ大体の事はわかった。


「......んで、ちなみにだがあんたらのランクはいくつなんだ?」


 サーシャは身体を一瞬ビクッとさせた。


「こういうのを聞くのはどうかと思うんだがな、依頼が依頼だ、危険だし奥にどんな強い魔物がいるかもわからねぇ......まぁ最低でもB級は――」

「C級です」

「ああ――C級ッ!?」

「ッ!?」


 部屋中に響き渡る大声に思わず耳を塞いだ――イグリアも耳を塞ぐほどだった。


「それはお前がC級って事か!?」

「俺と従魔がC級って事ですッ!」


 俺が大声で言うと今度はズータスはサーシャの方を向く。


「サーシャ!こりゃあ一体どういうことだ、王都のギルド連中はどうしてC級なんて送ってきやがった!?」

「ズータスさんッ、ハル君とイグちゃんはC級ですけど、実力はもうB級レベルというか――」

「舐めやがってよォ、おおかた建国祭に人員が割かれてるとかだろッ!?王都の兵士どもも辺境には関心がねぇって話だしな!」

「ちょっと、ズータスさん落ち着いて!」

「ここまで侮辱されて落ち着いていられるかよッ!クソオオォォ!」

「落ち着いて~っ!」


 どんどんヒートアップしていくズータスにサーシャはどうにか抑えようとした。


 しばらくして。


「ぜぇ......はぁ......」


 怒り疲れたのだろうズータスは椅子に倒れこむように座った。


「......長旅の疲れがあるだろ、とにかく今日のところはこれで終わりだッ!」


 ■


「なんか、赤獅子の奴らからも小声で色々言われてたな」


 王都からはるばる来てC級かよ、とか何とか。


「ズータスさん、大声で色々言ってたから聞こえちゃってたんだね......」


 何とも居心地の悪くなったギルドを後にすると、赤土の町カザトランナはすっかり夕焼けに染まっていた。

 石造りの建物が並ぶ通りを赤橙の光が静かに照らしている。


「ごめんね、ハル君、イグちゃん、ちょっとズータスさん......気が立ってたみたいで」


 サーシャが申し訳なさそうに笑う。


「気にしてない、それだけ期待してたってことなんだろ?」


 歩きながらサーシャは『赤獅子』の事情を話してくれた。


「もともと小規模な支部だったうえに、若手が王都とかに流れて人手不足になってたんだって、そんなときに大型魔物が採掘場を縄張りにしちゃって......」


 そうか、本当なら自力で解決したかったが支部だけじゃどうにもならなくなって仕方なく救援を求めた。


「それで期待して待ってたら、来たのはC級かよって話か」


 まぁ......気持ちは分かる。

 そんな俺に、イグリアが不満そうに口を開いた。


「私たち、そんなに頼りないように見える?」

「ランクだけ見れば、そうだろ」

「腹立たしい......さっきの場で少し力でも見せれば良かったんじゃない?」


 イグリアも危なっかしい意見を言う、まぁ一理あるとは思うが。


「まぁ、今日はゆっくり休んで明日から頑張ろう」


 サーシャの言葉に軽くうなずき、俺たちはサーシャについていき宿屋へと続く裏通りへ足を踏み入れた。。

 赤土の石畳を踏みしめ、宿屋の灯りが見えてくる。


「ここだよ、あたし以外にも『銀鷲』の冒険者が泊まってるんだ」


 小さな看板の下こじんまりとした宿屋だった。

 中に入ると、炊き出しの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「新規のお客さんでーす、ハルフミ君とイグリアちゃんだよ!」


 サーシャが笑顔満点に言うと、宿の主人が穏やかに会釈してくれ俺もそれを返した。


 手続きを済ませて俺たちは部屋へ向かう。

 通路には静かな空気が流れていて、他の冒険者たちもすでに休んでいるようだった。


「あたしは隣だから、何かあったら遠慮なくノックしてね!」


 サーシャは手を振って自分の部屋へと入っていった。


 俺たちも部屋へ入る。

 中は簡素な作りだったが、きちんと掃除されていて、木製のベッドが二つ並んでいる。

 壁は赤土混じりの石造り窓には薄い布が掛けられていた。


「まぁまぁ、といったところね」


 イグリアはすぐに片方のベッドへ身体を投げ出し、枕を抱え込んだ。

 そのまま、ぼそりと呟く。


「そういえば夕ご飯ってどうなってるのかしら?」


 毛布を引き寄せるイグリアを見ながら、俺は窓辺に立つ。

 外はすでに夜の帳が下りカザトランナの赤土の町も静かに闇へと沈んでいた。


「そういえば聞いてなかったな、そもそもあるのか?」

「ちょっと、それは困るのだけど」

「......よし、サーシャに聞いてみようか」

「そう、じゃあ聞いてきて?」

「......まったく......」


 ■


 サーシャから夕ご飯について教えて貰ったので俺たちは早速向かった、サーシャも誘ったが今日はもう休むとの事。 


 宿の一階には小さな食堂がありカウンターの奥で宿の主人が顔を上げる。


「腹が減ったか、少し待っててくれ」


 親父は手早く木の皿にパンと煮込みを盛りつけてくれた。


 イグリアは待ちきれない様子で椅子に腰かけてパンを引き寄せた。

 俺もスプーンを手に取って煮込みを食べる。

 味は素朴だがしっかりした塩気と香草の香りが腹に沁みる。


「うまい」

「......そうね」


 イグリアは夢中で口を動かしている。

 こうして食べていると今日一日の疲れが少しずつほどけていく気がしてきた。


「明日は、少しは見直してもらえるといいんだがな」


 ふと思って口に出した、イグリアはパンをかじりながらこくりとうなずいた。


「ふん、どうせすぐにわかるわ、私がただのC級じゃないってことがね」


 あれ、俺は?


「俺が抜けてるんですが?俺はC級程度という事で?」

「貴方はこれからの頑張り次第かしら?」

「あら手厳しいこと」


 イグリアは笑みを零しながらまた煮込みに手を伸ばした。


 こうして赤土の採掘街カザトランナでの最初の一日を終えるのだった――

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