第19話 カザトランナまでの三日間
馬車の内部は向かい合った四人分の席が一組あるだけの簡素な作りだった。
席と言っても明確な仕切りがあるわけじゃなくただの長いベンチのようなものだ、そしてその席は硬くて尻が痛くなってくる。
俺の隣では、暇そうなイグリアが外をぼんやりと眺めていた。
「変わらない景色」
「王都を出てまだ一時間くらいだからな」
ガタン――
「おッ!」
「わッ!」
車輪が石に乗り上げると俺とイグリアは一瞬宙に浮かぶ。
「しかし......揺れるなあ,,,,,,」
ここら辺はまだ道が整っている方だがそれでも馬車特有の揺れは避けられない。
「おっとっと」
曲がり角では特にバランスが取りづらい。
思わず体勢を崩してイグリアの肩や頭に手をついては――。
「......」
「ごめんごめん」
イグリアが小さく睨んできたりした。
■
一日目の中継地点は、それなりに栄えた町だった。
普段俺たちが拠点にしている宿とは違って、ちゃんとした宿が手配されていた。
「広いわね」
「ベッド二つでもうキツキツなあの宿とは全然だな......手配してくれたギルドに感謝だ」
ベッドもちゃんとふかふかだし、周囲の治安もそれなり良さそうだ。
「出された料理も美味しかった」
長旅の始まりとは思えないくらい快適で、俺たちは久しぶりに体を伸ばして休むことができた。
――そんなこんなで、旅の一日目は静かに平穏に終わったのだった。
■
――そして二日目。
王都からもかなり距離が離れてくると道の整備も行き届かなくなってきたのか、馬車の揺れは明らかに増していた。
ガタガタガタ......
「う、うう......気持ち悪......」
俺は見事にダウンしてしまった。
「うッ......!」
ガタガタと馬車が揺れるたび、胃が跳ね上がる感覚がして、顔を上げる余裕もない。
「うぅ......」
視界の端でイグリアが溜息をついた。
「......情けないわね」
「返す言葉もない」
俺の体調に前方の馬を引く御者も気づいたのだろう。
「おーいお兄さん、無理そうなら早く言ってくれなー、中で吐かれるのだけは勘弁だ」
その後、俺はどうにか持ち超えた。
■
二日目の宿は、一日目のそれとは違ってずいぶんと小さかった......町全体の活気が薄いなと感じた、イグリアも寂れてると感想を零していた。
「こっちはこっちで、悪くないな」
部屋は小さいがそこは慣れてるので問題ない。
「疲れた......」
俺はまだ酔いが残っていてベッドに座り、そのまま横になって目を瞑る。
静かな部屋の空気に包まれる。
ただひたすらに揺られるだけだったがそれが思った以上に体に堪えたみたいだ――
――
「起きて」
イグリアの声がした。
「――ハルフミ、夕食の時間っ」
ハッと起き上がる。
「ね、寝てたか!?」
寝ていたらしく、イグリアがわざわざ俺の分まで料理を持ってきてくれた。
「こういうのは貴方の役割なのに......まったく」
イグリアは手に持った盆をテーブルに置いた、温かいスープとパンが二人分で湯気を立てている。
お互い向かい合って食事をする。
「......少ない、貴方の頂戴」
イグリアはボソッと呟いたが気にしない。
こうして二日目を終えた。
■
三日目、町から出ようと準備していた時の事だった。
「冒険者さん、カザトランナまで行くのですよね、魔物の退治をするとか......」
話かけて来た女の人は町では数少ない店を商う人だった。
「そうですけど」
「これを」
とパンやら何やら物資を渡された。
「良いんですか?でも、どうして......」
「はい、私の友達がカザトランナにいるのですが、最近はカザトランナ周辺は魔物が凶暴化しているの行く事が出来ず」
どうやら採掘場だけではなく周囲にも影響が出ているらしい、この町が寂れ気味なのもカザトランナの状況が悪い影響を受けているのだろう。
俺たちはありがたく受け取り、カザトランナへと向かう。
■
俺は馬車の座席に腰を下ろしながら窓の外に広がる山の斜面を見上げた。
石が多く馬車はこれまで以上にガタガタと大きく揺れていた。
「あばばばばッ」
幸い体調は回復していたが油断しているとまた酔いそうになる、そんな姿を見て御者であるゲークは笑いながら話しかけて来た。
「おーいハルフミダメそうなら早く言えよ、無理して中で吐くなよな」
ゲークは日焼けした肌に、少し赤茶けた短髪の男で年齢は俺より二つ下らしい。
「が、頑張る......」
「まぁ間に合わなかったら、イグリアに担いで貰って外で頼むな~」
慣れてるからって他人事みたいに......
「カザトランナまでは.......」
地図を見て確認をする。
「まだかかりそうだなぁ」
「暇ね」
今日はダウンしないと良いんだが、外の風景は岩肌の目立つ山間にいつの間にか変わっていた、そして崖を横にして移動していた時だった――
キキィッ
馬車が突如として急停止、荷物もまとめて大きく崩れる!
「うわッ」
「ッ」
イグリアが俺に倒れ掛かってきた。
「へへ、今度は俺が支えてやったぞ」
「下らないこと言ってないで、外の様子が何か――」
イグリアの言葉に俺が注意を向け――
「――魔物だッ!」
ゲークが叫ぶ、 俺たちは馬車から飛び降りる――
「あれはグロッタスコーピオン、B級相当だ!ハルフミいけるか!?」
体長1.5mほどの土色のサソリ型の魔物が2匹、馬車の前に立ちふさがっていた。
尾の矢先は黒ずんでいて先は鋭く尖っている、始めて見る魔物だったが見た目がサソリ型だったので、あの矢先には恐らく毒があるだろうと予測した。
「ゲーク、下がってくれ!」
「クソ、なんでこんな所にいんだよッ」
御者のゲークは怯えながら、下がっていく。
「ハルフミ、イグリア、無理はするなよ!」
グロッタスコーピオンはゆっくりと近づいて来る。
「イグリア、あいつの尾は多分――」
「毒があるでしょ?大体察しはつく――」
イグリアは戦闘態勢に入る。
それを相手も察知したのだろう――
尻尾の針がイグリアに突き出される――
「っ――」
イグリアはそれを避け――
「『竜爪閃華』」
そのまま相手の顔面にツメを突き刺した。
紫の体液が巻き散り、魔物は暴れまわっている。
「――ハルフミッ!」
――そしてもう一匹のグロッタスコーピオンは既に動いていた。
「――ッ」
もう一匹の奴は壁に足をめり込ませながら壁に沿って迫ってくる――
「早ッ!?」
そしてそのまま俺にのしかかろうとしてきたが咄嗟に咄嗟に横へ飛び退いた――
「っ危ね!」
さらに続けて今度は奴の尾が襲い掛かる、それを転がりながら避ける。
バンッ!
砂利が弾けて飛ぶ――地面には黒い針が食い込んでいた。
「あんなの当たったら毒以前に死ぬな......」
尾が地面から離れるとパラパラと小石が落ちていき、地面には鋭い穴が出来ていた。
再度、尾の針を俺に目掛けて突き出してくる――
避け、そのまま奴の顔面に――
「――『黒炎閃華』」
ガキン
「ッ......!」
硬い、良い剣に変えていたのに奴の外殻を辛うじて貫通する程度、火力が足りていない!
このままだと奴の攻撃が――
「これは......」
後ろから少女の手が伸びて来た。
「――イグリア?」
何時の間にかイグリアが後ろについていた、どうやらもう一匹は片づけたらしい。
「私の魔力を貴方の剣に上乗せする」
彼女がそういうと剣に纏っていた魔力がイグリアの魔力と合わさりより強まっていくのを感じた、そして剣の魔力はより強まっていき――
グシャッ
グロッタスコーピオンの顔面は俺の剣を中心にした爆発に巻き込まれ絶命した。
「ありがとうイグリア助かった......」
と、感謝の意を伝える為に振り向くと紫の体液に塗れたイグリアが立っていた。
「お前、すごい事になってるぞ?」
「貴方もね」
ふと、身体や腕を見ると言われた通り体液で汚れてしまっていた。
「おーい、大丈夫かー?」
後ろから馬車を引きながらゲークが話しかけて来た。
「いやー話の通り、B級相当の実力があるってのは本当だったんだなぁ」
「なんだよ、信じてなかったのか?」
「まぁ、イグリアはともかくハルフミはあまり強そうにはな......」
こいつ。
「へへへっ、まあまあ細かい事は気にしないで、早く乗っちゃってよ」
ゲークから渡されたタオルで汚れた身体を拭いて俺たちは渋々と乗り込んでいった。
それからしばらくして――
「おーい、ハルフミ、イグリア、見えて来たぞー」
御者台からのゲークの声に、俺とイグリアは同時に馬車の小窓から顔を出した。
「おお、あれが――」
山間の道の向こうには岩山を削り取るように築かれた赤茶けた崖の斜面が広がっていた。まさに赤土の採掘街だ。
「そうさ、あの町こそ『赤土の採掘街カザトランナ』、お前らの目的の場所だ」
王都レムトリアから三日間、俺たちはようやく目的地である赤土の採掘街カザトランナに到着した――
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