第16話 魔鉱石と蒼晶石
あれから数日経ってサーシャの誘いで鍛冶師の元へと向かう事にした俺たち。
「こっちこっち」
サーシャは元気ハツラツに案内してくれてたどり着いたのは通りの端に構えた小さな工房。
「おーい、ダス爺、ダスヴァンじぃ~」
サーシャの呼びかけに応じて中から現れたのは屈強な体に無愛想な表情の中年の鍛冶師――ダスヴァン。
「騒がなくても聞こえてる」
「この人たちがハル君とイグちゃんでーす――」
サーシャは俺の方を振り返ってにこっと笑う。
「ハルフミです」
「......イグリアよ」
軽く会釈する。
「また世話焼きか?ったく......欲しいのは何だ?」
「話が早いッ流石ダス爺だね、剣が欲しいの!」
サーシャの反応とは打って変わってダスヴァンは溜息をついた。
「無理だ、打てん」
「へ?」
一瞬キョトンとするサーシャ。
「金貨10枚ならすぐに払えます、もしもっと必要なら――」
俺は条件を広げてみせるが、ダスヴァンは首を横に振った。
「あー金の問題じゃない、魔鉱石がないから打てんのだ」
「魔鉱石?」
確か魔力の籠った鉱石だっけか?魔力を内包しているとか。
「いつも使っている石が手元にない」
「別の場所からは――」
「俺はカザトランナ産の魔鉱石しか使わん、そして違う石を使っても俺の剣にはならん......だから今は誰にも打っとらん」
イグリアはヒマを持て余し工房の辺りをウロウロし始めた。
「魔鉱石来てないなんて知らなかったよ!?」
「わざわざ話す事じゃねえだろ......とにかく魔鉱石がないんで、今は無理だ」
困ったな。
「何時ぐらいなら出来ますか?」
「カザトランナの状況がわからん......仮に俺の納得する魔鉱石を何処かで探すにしても、金も時間も相当かかるだろうよ」
サーシャは完全に落ち込んでいた。
「まぁ諦めるんだな」
「......ごめんなさいハル君、期待させて......」
まぁないものは仕方ない、最高級ではなくても良い剣を武器屋で買う事にしよう。
「イグリア?」
イグリアが見ていたのは澄んだ青色で半透明な石、内部が星のように輝いて見えるそんな石を彼女はそれを指先をそっと撫でるように触れていた。
「綺麗な石だな」
「......そうね」
俺も横に並んで、間近でその石を見る。
「――それがカザトランナ産の魔鉱石だ」
ダスヴァンがそんな俺たちに話しかけて来た。
「すごい魔力が詰まってるわ、こんなの加工できるの?」
ダスヴァンが腕を組み、渋い表情で続ける。
「残念ながら出来ん、そいつは異様に魔力密度が高くてな、今は放置してる」
「......魔鉱石って言っても、色々と種類があるんだな」
「あぁ、少し見せてやろう」
工房の奥から何かを持ってくる。
「加工するには小さいが、これが魔鉱石だ」
魔鉱石は灰色に青が混じったような石で若干キラキラと光っているように見えた。
「そしてお前らがさっき触れていたのが、魔鉱石よりも上質で魔力を溜め込んでいる『蒼晶石』」
澄んだ青色で半透明の内部が星のように輝いて見える石――それが蒼晶石。
「蒼晶石は馬鹿みたいに頑丈でさらに魔力も溜め込んでて加工が難しい、もっぱら観賞用だな」
こうして目的は達成できず、工房を後にした。
■
剣が手に入らず、サーシャは申し訳なさそうにしていた。
「俺は気にしてないから大丈夫だって」
「でも紹介してあげるとかカッコつけてたのになぁ......」
サーシャは頬を膨らませるようにして言ったが、すぐに笑って言い直した。
「じゃあさ、せめてお昼ご飯奢らせてよ!」
「そこまで言うなら......なぁ?」
俺はちらりとイグリアの方を見たが、彼女は無言で小さく頷いた。
■
通りの一本裏に入った場所にある、こぢんまりとした食堂。
外見は古びているが入口には小さな魔導灯が掲げられ店の前を行き交う客もどこか上品な雰囲気をまとっている。
「あたし、こういう隠れた名店結構知ってるんだ~すごいでしょ」
サーシャが自慢げに言いながら扉を開ける。
石造りの内装に木製の家具やや薄暗い店内には香辛料の匂いが漂っていた。
席に着き、メニューをざっと眺める。
「ここの煮込みプレートがね、美味しいの」
料理が届くまでのあいだ、少し沈黙が続き......俺が口を開いた。
「そういえばサーシャって、いつから冒険者やってんの?」
「え、あたし?」
サーシャは一瞬だけ驚いた顔をし、それから苦笑した。
「もう2年は経つのかな......実家が貧乏でお金がとにかく必要で、まぁ稼ぐんだったら冒険者業かなって......って強くなきゃ稼げないんだけどね!」
サーシャは笑う。
「実はザインとは同期だったりするの、以外でしょ?」
ザインは確かB級冒険者だったか、あいつサーシャと同期だったのか。
「......ダスヴァンとは?結構親しくしてるみたいだけど?」
「あたしがお金ない時にお世話になったの、武器をケチった時は怒られたっけ」
なるほど、あの時俺が剣をケチったのを注意したのもダスヴァンの件があったからかな。
「ダス爺はなんだかんだ面倒見いいの」
そして今度はこっちがなぜ冒険者になったのかを聞かれた。
「成り行きだな、イグリアが強いのは知ってたから冒険者になれば上手くいくって思った......ただ最近は目標が出来た」
「目標?」
「ああ、イグリアと決めた事だけど、家を手に入れたいんだよ」
サーシャは少し驚いた表情をしていた。
「安全で安心できる拠点を手に入れる、それが俺とイグリアの目標......だな」
「そうね」
そんな俺たちの目標にサーシャは賛同してくれた。
「良いねそういうの、あたしも応援するッ!」
そんなこんなで、陶器の皿に盛られた煮込みが運ばれてきた。牛肉と根菜が柔らかく煮込まれ、表面にはハーブの香りが漂っている。
「いただきまーす」
サーシャがバクバクと食事を取り始めるとカバンからはシャランも出て来て啄み始めた。
軽くイグリアの方に視線を向けると彼女も既に食事を始めていた。
「いただきます」
俺も頂くとしよう。
「イグちゃんの好みには合ってたみたいで良かった」
イグリアが静かに食事を口に運びながら、ぼそりと呟く。
「......そうね、美味しい」
「ふふん、ほらね!あたしの 言った通りでしょ!」
サーシャは嬉しそうに笑いながら食事を勧めていた。