第14話 王都散歩
あれから数日が経ちイグリアの調子も戻ってきた。
「今日は......良い天気だなー」
「どうしたの、急に」
朝からのんびりとした空気が漂っていて天気も良く、肌を撫でる風も心地よい、なので俺が前々からやってみたかったことをしようと思う。
「イグリア、出かけよう」
ベッドで横になるイグリアに提案する。
「嫌、めんどくさい」
初手から躓いた。
「......もし一緒に出掛けてくれるなら、何でも食い物買ってやる」
「......どこに行くの?」
「王都の中央あたり、散歩がてら、な?」
イグリアは一瞬だけ不思議そうに眉をひそめ、それからすぐに小さく頷いた。
■
王都レムトリアの中心部は、いつもより少しだけ賑やかだった。
通りの上には色とりどりの布が渡され、屋根には風を受けて小さな旗が翻っている。通りの石畳を踏みしめながら進んでいくと、どこからともなくパンを焼く香ばしい匂いや、蜜のような甘い香りが漂ってきた。
小さな露店があちこちに顔を出している。串に刺した肉や、色のついた氷、果物を煮詰めたシロップ菓子。
子どもたちが手に持っている飴は、動物や鳥のかたちをしていて、それぞれが得意げに見せ合っている。
「建国祭の準備だっけ」
「ザフレスト王国建国祭、宿屋の婆さんも客が増えてきたって言ってたな」
イグリアは歩きながら、珍しげに視線を左右に動かしている。
通りすがりの仕立て屋は、鮮やかな布を手に祭り用の衣装を吊している。
城下の広場近くでは市場の大通りにまで仮設の店が並び、近郊の農家が持ち寄った果物や野菜が山のように積まれていた。
行商人の呼び声が飛び交い荷馬車がカラカラと音を立てて通っていく。王都の中心らしい活気と、そしてどこか柔らかな空気が通りを包んでいた。
「思えば、俺たちってこういう散策してなかっただろ? 依頼、依頼で忙しくてさ」
「......まあ、そうかもね」
「だからさ、たまにはこういう日もいいんじゃないかと......思ったわけ、金銭面も余裕が出来たしな」
飴細工の露店でうさぎの形をした飴を買った。
耳の先まで丁寧に作り込まれていて、思ったより精巧で思わず感心する。
「すごいなぁ、これ、イグリアもそう思――」
――バリッ。
「......」
貰ってすぐに、容赦なく砕きながら食べるイグリア。
「......なに?」
「いやあ......風情がないなと......」
イグリアはこっちを見ながら、またバリッと一口。
そのとき、小さな子どもの泣き声が聞こえた。 ふと視線を向けると、人混みの隙間で、五歳くらいの女の子がぽつんと立ちすくんでいる。手には同じうさぎ飴――けれど、周囲に親らしき姿はない。
「......迷子かな」
「放っておく?」
「いやいやいや」
すぐに近づいてしゃがみこむと女の子はぐすぐすと鼻をすすりながらこちらを見上げてきた。
「どうしたんだ?」
「おかあさんが、どっか行っちゃったの!」
「最後にお母さんを見たのは、どこかわかるか?」
「......おかあさん、は、あっちで、ぼうし、かってたの」
「そうかじゃあ、いっしょに探そうか」
俺が話しているあいだ、イグリアは少し離れて様子を見ていたが、やがて静かに近づいてくる。
「ひっ」
女の子はそんなイグリアを一瞬こわがるように身をすくめた。
「大丈夫、怖くないよ」
俺はそう言って、女の子の肩に手を添える。
するとイグリアは俺の横にしゃがみこんで飴をそっと掲げた。
「ねぇ、見て」
「......え?」
女の子は、イグリアの飴と自分の飴を見比べて目を丸くする。
「おそろい」
「......う、うん」
「......欠けてるけどね」
「うん......欠けちゃってるね」
女の子の話を頼りに母親がいたという店先まで歩いていくと、ちょうど向こうから若い女性が駆け寄ってきた。 女の子を抱き上げた女性は、何度も何度も頭を下げてくれた。
「本当にありがとうございましたッ!」
「ハルフミおにいちゃんやさしかったの!こわいイグリアおねえちゃんもやさしかった!」
別れ際、女の子がもう一回飴を見せて笑ってくれた。
「......ああいうの苦手なのよね」
「でもちゃんと笑ってたぞ、あの子」
「ふーん......」
イグリアは照れ隠しのように飴をかじる。
いつもの無表情に戻っている――ように見えたがほんの少し口元が緩んでいた気がした。
楽団の演奏、パイの香り、犬を連れた老人、子供の笑い声――異世界と言えど、それは元居た世界と何も変わりはしなかった。
空は茜色に染まり始め家路につく人々の声が、祭りの準備に浮かれた通りと交ざり合っていく。
「......俺が誘ったとはいえ、お前相当食べたなぁ」
今日だけでどれだけ使ったんだか......考えたくない。
「あ、見てハルフミ」
「なんだ?」
イグリアの指を指した方を見るとあの迷子だった女の子がいた、あっちも気づいたのだろう、母親と一緒に笑顔で軽く手を振ってくれた。
「ふふふ、今度ははぐれないと良いわね」
「そうだな――」
隣を歩くイグリアが小さく笑っていた。
風に揺れる髪を押さえながら楽しげに周囲を眺めていた。
――その姿は、どこか冒険の最中よりも、年相応の少女らしく見えた。
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