第13話 そして、夕暮れ時での事――
それから、すぐに逃げてしまったはずの冒険者たちの一部が、後に再び戻ってきた。彼らの話によれば、「逃げた後、冷静になって引き返そうとしたが融合魔物に阻まれ、近づけなかった」という。
いまここに残されているのはラヴァルトの亡骸と中枢にある奇妙な黒い石の裂け目――魔界門。
「魔界門、これの扱いはあたしたちには荷が重すぎる」
サーシャが言うには魔界門は古い時代には戦争にも使われたとか。
「今回の事はギルドに報告します、皆さんもまだ融合魔物の生き残りがいるかもしれないので、警戒しつつ、脱出しましょう――」
俺はイグリアを背負いながら、シラサ遺跡から出て、外にいた冒険者たちとも合流しシラサの森を抜けていく。
こうしてシラサ遺跡の調査依頼を完了した――
■
王都に戻り、イグリアはすぐに治療を受けることになった。傷そのものは魔法によって回復されたものの、相当無理をしたのだろう戦闘中に消耗した魔力の回復には時間がかかるようらしく、医師からは「少なくとも数日は安静に」と告げられた。
夕暮れ、窓の外は茜色が沈んでいた。
薄暗い室内、風が窓から吹くばかり、そんな静まり返った部屋――
「......」
イグリアの様子を時折見る、する事がないのでこれくらいしかヒマを潰せないのだ。
「......ここは?」
寝ぼけたような声だった。
「――起きた!大丈夫か!」
イグリアがゆっくりと目を開けた。
「ハルフミ......」
「ここは俺たちの部屋だ」
微かにまばたきし、天井を見上げたまま小さく息を吐いた。
「......お腹空いた」
「開口一番にそれかよ!まったく......」
イグリアに今の状況を説明する。
「魔力そんな使ってたかしら」
「俺の魔力もガンガン使ってたぞ、おかげで倒れかけた」
「そう、それはどうでもいいけどね」
どうでも良くはない。
「まぁ......しばらくは冒険者はお休みだな」
「ハルフミ......一人でやっていくつもりなの?」
半分閉じかけた瞼の奥から、するどい視線が飛んでくる。
「まさか!ソロだなんてそんな度胸はない」
「ふふ、でしょうね」
何より、そこまで無理する必要はないのだ。
「これを――見てみろ!」
革袋を手に持ちイグリアに見せびらかす、中に入っているのは今回の依頼の報酬!
「一人で金貨で5枚だっけ、結構な額だったはず」
「それがだね――」
じゃらじゃらとと鈍い音を立てて、金貨がいくつもベッドの上に落としていった。
「今回の報酬は見ての通り、結構増えてんのよ」
「――すごい」
イグリアが目を瞬かせる。
「一人金貨5枚の予定だったんだけど、ラヴァルト討伐と魔界門の報告が評価されたってさ、追加報酬込みで一人金貨20枚――合計金貨40枚だ!」
「こ、こんなに......」
ラヴァルトはそれほどの敵であり、魔界門の発見はデカかったらしい。
「イリスも言ってたがこれはもう、A級依頼並の報酬だってさ!」
イグリアは金貨の一枚を指先でつまみ、光にかざした、揺れる金色が夕日に染まってやさしく輝く。
「これで、家を買うのに近づいたわね」
イグリアは目を閉じ、ほんの少しだけ唇を緩めた。
「で、私はお腹空いたわけだけど」
「はいはい、わかりましたよ、買ってきますよ」
「甘いものとお肉が良い」
「......一応病人だろうに......」
仕方ない体力をつけて貰うためにも買いに行ってやろう――
「安静にしてるんだぞ?」
「はいはい、わかってるわよ」
こうして俺は宿屋を出た。
■
宿屋を出ると、すでに通りは夕食時の空気に包まれていた。
焼き魚の香ばしい匂い、香辛料たっぷりの煮込み料理を売る屋台の湯気、子どもたちの笑い声が細い路地にこだましている。
思わず鼻をひくつかせる。
「よし、今日......あの屋台だな」
いつも立ち寄る、路地裏の屋台通り。
値段はそれなりだが量があって味も悪くない。常連向けに少しだけ甘いおまけも出してくれる、気のいい爺さんの店。
「今日は肉の煮込みとパン付きのセットで、あと......甘味も一つ」
「やけに豪華だ、何かあったのか?」
「今回はイグリアがちょっと頑張ったからな、奮発だよ」
「ははは、あの娘がねぇ、それじゃあこっちも奮発してやんないとな!」
包みを受け取りながら湯気の立つ紙袋から甘い匂いがこぼれる。
ドライ果実と蜂蜜を練り込んだパイ――イグリアの好物だ。
普段は節約もあって乾燥パンと野菜スープが基本、たまに焼き芋や塩焼き魚を買って、味気なさを補っている。
それでも――今日は、ちょっとだけ特別だ。
荷を持ち直し、帰ろうとしたその時。
「――ハルフミく~ん!」
振り返ると通りの向こうにサーシャの姿があった。
シャランの入っているカバンを揺らしながら駆け足で近づいてくる。
「偶然だねぇ」
「そっちは帰りか?」
「そう!それよりもイグリアちゃんの様子はどう?大丈夫?」
「さっき目を覚ました、大丈夫そうだ、だから......今は飯を持ち帰るところ」
サーシャはホッとしたように肩を降ろした。
「ふふ、なら良かった、イグリアちゃん頑張ってたものね」
「そうだな」
「......もちろんハルフミ君もね?」
そう言って微笑むサーシャ。
「ま、まぁな、俺も冒険者として、イグリアの契約者として恥ずかしくない姿を見せないとな?」
「うんうん、カッコよかったよ」
な、何だか恥ずかしくなってきた。
「ははは、あまりおだてても何も出ないから、勘弁してくれ」
「本当の事なのにな~、あ、そろそろ帰らないとごはん冷めちゃうね」
「あ、そうだった」
「じゃあ、また!」
サーシャはそう言って、俺の横を通り抜ける。
「――そうだ」
すると彼女は赤髪を揺らしながら振り返り。
「今度さ、皆で一緒に依頼を受けようよ!」
「それ良いアイディア」
「でしょ?」
「イグリアもきっと喜ぶ」
「そうだよね、今は寝てるけどシャランも喜ぶよきっと、じゃあ今度こそ――」
サーシャが手を振ってきた。
「――またね~」
そんなやり取りをしてサーシャの背を最後に、俺は再び歩き出す。
――温かい食事の包みは手の中で小さく湯気を立てていた。
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