第1話 たった一度の契約魔法
木々やら茂みに覆われて足元が悪い中、どうにか走る。
周囲には狼の群れ、奴らは息を荒げながら俺を追い立ててくる。
「あれが魔物なのかッ!?」
武器もない俺は、奴らにとって絶好の獲物だろう。
「――このまま終わってたまるか!」
授けられた力はたった一度だけ使えるのは魔界から魔物を召喚し、従魔とする魔法。
「――これに賭けるしかないッ!」
頼れるものは、たった一度だけ使える力――魔界から魔物を召喚し、従魔とする魔法。
転移した直後から、こんな切り札に頼らざるを得ないとはな。
「頼む......来てくれッ!」
まるで示し合わせたように、転移して早々この魔法を使うしかなかった。
「頼むッ!」
死にたくない、このまま終わりたくはない、何も成せずに死ぬのは嫌だ――
「――来てくれ」
体中に鋭い痛みが走る。
何かが俺の中から引きずり出される感覚が全身を襲った――
「眩しッ」
激しい閃光が巻き起こる。
「......?」
突然の閃光に眩んだ目を開ける――そこには長い白髪をなびかせながら髪をツーサイドアップにした少女が立っていた。
目をさらに開いて辺りを見ると今に襲い掛かりそうだった狼をも怯んでいる様だ。
「......ここは?」
彼女も同じようにこちらを見て、周囲を右に左に見る。
赤い瞳に黒い上品なゴシックドレスを着ていた、もしかしたら何処かのお嬢様が呼ばれたのだろうか?
「貴方が呼んだの?」
どうやら状況を理解したようで俺に話しかけて来る。
「色々話したいんだが、周りのをどうにかしてくれないか」
彼女から紫のオーラのような物があふれ出て――
「......」
彼女が一歩踏み出すたび、周囲の空気がひりついた――
「ガルルルッ――ガウッ!」
一匹の大きな狼、恐らくは群れのボスが彼女に襲い掛かるがそれを――
「どいて」
彼女は右手で容赦なく振り払う。
ビュン――風圧が茂みを揺らしながらボスを吹き飛ばした。
「キャンッ!」
ボスは怯えながら逃げていきそれに続いて群れも逃げていった。
「あ、ありがとう!死ぬかと思ったよ助かった」
彼女は欠伸をしていたが、俺は構わず自己紹介をした、転移前にこちらの世界では名前と名字の順番が逆になると聞いていたので俺はハルフミ=ミネタと名乗った。
「ふーん......」
「名前を聞いても?」
「イグリア=キキラスカ」
と、彼女は名乗ってくれた、そしてそのまま自身のお腹をさすって。
「ふわぁあ、お腹空いちゃった」
「......はぁ、そう」
「ねぇ食べ物が欲しいの、甘味が良い」
あれ、命令されてる?
「その、俺も食糧事情に余裕がないと言いますか、一応従魔ですよね?」
恐る恐る聞く。
「貴方の契約は緩すぎるし、こんなの無視できるわよ?」
「え」
「それに貴方だって殺せるのよ、たとえやめろと命令したってね?」
早速ピンチでは!?
「......まぁ今はそれどころじゃないみたい......」
助かった。
「今は人の住んでいる場所に向かおうしてるところなんだよ」
「私は勝手についていくから好きにして」
イグリアはツンケンしながら辺りを見ているだけだ。
少しずつ交流していって彼女の人となりをわかっていきたい所。
「よし了解した、じゃあ、こっちへ行こう――」
■
「あああ、ダメだぁ出られねぇぇぇ!」
もう日が暮れてるし!
「随分と余裕な散歩だったわね、夜中も散歩させる気?」
クソ、手伝ってくれたっていいのに!
「し、仕方ない、ここで野宿するしかない......」
「......野宿......」
見るからに不服そうだ。
「俺だって避けたかったけど」
そもそもいきなり森の中に転移させるのもどうかと思う。
「イグリアさん?ちなみに炎とか出せたり?」
俺は出せない、魔法の知識はないからな。
「......」
イグリアは気だるげに小さく頷いた。
「頼むよ!」
「はぁ......貸しよ」
適当な牧を集めておいたそれに彼女は口から火を吐いた。
「口から......そういうものなのか?」
「......私は竜だから、出来て当然」
「なるほど......」
少しずつ彼女の事も理解していこう。
「まぁ、これでとりあえず......」
少しだけ休む、寝るのは危険だろうがそれでもずっと歩きっぱなしだったし、地べたに座るともう動く事は出来そうになかった。
「......イグリア?」
イグリアは森をじっと見つめている。
「何かあったのか?」
「......」
無視ですか、困るなぁ。
「ふぅ......」
しかし、本当にこの先どうなるのやら――
■
少し前――俺が転移する前の事を思い返す。
出勤中、目の前で轢かれそうになっていた子供を助けて自分は死んだ。
すると気が付いたら暗い空間と白い何かが俺に語ってくれた。
内容は大したものではなく、善良な俺に褒美として異世界に転移させてくれるとかそういう感じだ。ちょっと怪しかった。
俺に与えられたのは魔物を呼び寄せ従魔にする魔法のみ、一応無条件で強い奴を呼び出せる事が出来るとは言っていたが一度しか契約出来ないというリスクのある魔法、俺は異議を申す事も出来ずそのままこの世界にいた。
この世界については簡単な事は教えてくれたが魔物がいるとか魔法があるとか、その程度でこの世界についての知識はほぼない。
あるのは衣服と現地の通貨が少しだけ。
従魔を幸い召喚出来たとはいえイグリアを上手く扱えるのか、不安が残る。
彼女がその気があれば謀反を起こせるらしい、上手く扱えなければ......
――扱えなければ死ぬだけ。
それは嫌だ。
■
「――ねぇ、ねぇってば」
誰かの声がする。
「――......う」
......どうやら少し寝ていた様らしい日は既に登り始めている。
「もう、朝か......」
火は既に消えていて、辺りを見るとイグリアがこちらを見下ろしていた。
「遅い」
「悪い、もう起きてたか」
「早く移動しましょ」
さてさて、いつ人と出会えるのか。
■
森を歩いていて気付いた事がある。
イグリアは素人目に見ても強い。
「うわッ」
魔物はいきなり現れるがイグリアはそれをすぐに対応してくれる。
「実力差もわからないのね」
幸い魔物と遭遇する確率は低いものの時折出くわしてしまう、彼女は魔物を相手にしても臆する事なく蹴散らしていく。
「――」
手に黒赤い炎、黒炎を纏わせ、指を立てるとそれを――
「――竜爪閃華『《りゅうそうせんか》』」
鋭い爪の様に振り下ろし五つの一閃が緑色の皮膚をした小型の魔物、恐らくゴブリンを相手に襲い掛かる――
ザクッ
――炎の残像が消える間もなくゴブリンを斬り裂いた。
イグリアは近接攻撃が主な攻撃で遠距離攻撃を使っているところは見たことない、一応ブレスは使えそうだが、得意ではないという事だろうか?
「が、頑張れー!」
俺は後方応援係だ、惨めったらありゃしないがしかし戦えないので仕方ない。
「いや~お疲れ様です、イグリアさん!」
当然戦闘後はご機嫌伺いと賞賛する、彼女が生命線なので。
どれほど歩いたか、道中倒した魔物の肉を焼いて食べながら進んでいく。
「こんなのを食べさせるなんて」
イグリアは魔物の肉に不服を示したが俺はちゃんと後で甘味を渡すからと言ってどうにか抑えて貰う。
結局、今日も森を抜ける事は叶わず、今日も野営をする羽目になった。
イグリアは何処かを見ながら話しかけてくる。
「散々こき使ってくれてるけど、都市に出たらちゃんと――」
「わかってるって甘いモノとか美味しいモノを食わす」
こうして今日をまた終える。
■
「――......」
ふと目を覚ました。
「......まだ暗い」
二度寝しようか、ふと周りを見てみるとイグリアは変わらず何処かを見ていた。
「?」
何をしているのかわからなかったが、紫のオーラ......魔力だったかそれが溢れでているのがわかった。
そして彼女は森の茂みの方を睨みながらずっと立っていた。
「......」
静かに立ち上がりイグリアの方へと向かう。
「何をしてるんだ?」
俺が声をかけると少し驚いた表情をしてこちら見る。
「......起きたのね」
「ああ」
「私達を狙ってる魔物がいる」
「倒すか?」
「駄目、数が多いし夜だと分が悪い」
しかも森だから地の利も悪いか。
「気にしないで貴方は寝てて良い」
「そういう訳にはいかないだろ」
「良いわよ、昨日と同じだし」
昨日と同じ?
「まさか、夜の間ずっとこうやって監視しててくれたのか?」
「......だから何?」
「言ってくれれば俺だって手伝える」
「言ってどうするの?弱いのに」
「弱くたって......」
言い返そうにも言い返さなかった。
「......それでも教えて欲しいし、出来る限り手伝いたい」
「どうして?」
「......俺はイグリアの契約者だから、知っておくべき責任があると思う」
「......そう」
出来る事はないし応援係だろう、それでもだ。
イグリアは呆れた様な顔していた。
「......わかった、何かあったら教える」
さらに続ける。
「だから今は寝ていて大丈夫、無理をして朝に支障をきたす方が困るわ」
「イグリアは?」
「私は竜よ、少しくらい無理しても平気、あいつらが去ったら寝るわ」
俺が彼女の言う通りにした、無理して体調を崩してはいけないからだ。
「じゃあお休みイグリア、無理だけはしないしないでくれよ」
「......」
眠りに着こうとしていく中で視界に移るイグリア=キキラスカを最後に見て眠った。
■
「早く起きなさい」
イグリアの声がして目を覚ます。
「大物が来てるわ」
周りを見渡すと、奥から大きな紫の大蛇が静かにこちら見つめている。
「デカッ......」
頭だけでも2m以上はあるだろう、黄色い瞳が見える。
「貴方はさっさと後ろに――」
いつものように彼女は突き進もうとするが――
「あっ」
足をつまずきそうになり、咄嗟に手を取る。
「......早く距離を取って」
引き続き戦闘態勢を取ろうとするイグリアだが――
「......一旦退こう、それにあいつからは敵意も戦意も感じない」
それは直感、あの大蛇からは今までに襲ってきた魔物のような凶暴さを感じなかった、もしかしたら油断を誘っているだけなのかもしれないが無理をして戦う事は避けるべきだと判断した。
「――どういうつもり?」
「――ッ!」
真っ赤な瞳で、敵意を向けられる――
「......イグリア、夜ちゃんと眠れたのか?」
いや違う、正確には召喚されてからどれだけ休めていたのか。
「......だから何?」
返答はない――それが答え。
「......俺にも責任があるからな、だから――」
「――え、ちょッと!?」
イグリアをお姫様抱っこした――幸いにして彼女は華奢で軽かった。
「急いで脱出して安心して休める場所を探す!」
「は、離しなさいッ!」
「悪いけど、今だけは我慢してくれッ!」
走って、走って――
しばらくして俺たちはようやく森を抜ける――
「眩し――」
――視界が一気に開け陽射しが突き刺さる。
「おお」
足元にはなだらかな斜面と草原が広がっていた。一面には緑の草原そしてその先には高くそびえる白亜の城壁、そしてそこへと向かう多くの人や馬車の群れが見える
「大きい......王都かも」
イグリアがボソっと呟いた。
「王都ッ」
王都、そうかやっと森から出られたのか!
「やったなイグリア、ついに出られたぞ!」
思わず叫んだ、まずは宿屋を探して身体を休めよう。
「......ねぇ、そろそろ降ろしてはくれないかしら?」
「あ、ごめん」
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