再生の力
私達はアイゼンの後ろについていき、部屋の隅にあった階段を降りる。
そして暗がりの道のりをランプを頼りにしながらしばらく進むと、一定の開けた空間に辿りついた。
「ここを使うのは、僕のお爺さんの代以来ですが……まだ魔法陣は生きているようですね」
そう言いつつアイゼンは部屋に描かれた魔法陣が欠けているのを見つけては、その部分をチョークで舗装していく。その様子を見て、一番心配そうな顔をしているのはクロウだった。
「……本当に大丈夫なのか?…………もし聖女に何かあったら……」
「そんな睨まないでくださいよ~、大丈夫ですから。私に任せてください」
クロウの言葉をさらりと躱し、アイゼンは持っているチョークがちょうど削れて無くなってきた頃、彼は無邪気な顔をしながら、私に手を振った。
「では聖女様、こちらへどうぞ」
大きく合図をし、魔法陣の真ん中に立つよう促す。
後ろに立っているクロウは相変わらず心配そうな表情を浮かべ、様子を伺っているようだった。
「お付きの方は少々離れて。具体的に言えば魔法陣の外へお願いしますね~」
クロウはため息を付きながら、仕方なく部屋の後方へと下がっていく。
私はそれを見届けた後、言われたとおりに魔法陣の真ん中へと立った。
アイゼンは私の目の前に立ち、咳払いをしつつ告げる。
「では聖女様。敬愛するカーン王の任命により、これより聖女の儀式を開始させていただきます。
難しい事はありません、これから僕の言ったことを順番にやるだけの話ですので」
「は、はい」
……なんだか今になって緊張してきたかも。
元いた世界の入社試験を思い出すなあ。
「まずはリラックスして深呼吸。……そのままゆっくり眼を瞑って。
それから丹田……お腹の底から力を身体の先々に行き渡らせるようなイメージをしてみてください」
「はい」
私は眼を瞑った先にある暗闇の中にいた。
次第に自分の暗闇の中に僅かな光があるのを見つけた。
その光は少しずつ大きくなり、そして無数に千切れていく。
千切れて四方八方に飛んだ光は宙に浮き始め、まるで星空のように輝き始めた。
「……このままの状態を維持してください。
しばらくすれば聖女の魔力が発現するはずです」
私は星空を見つめ続ける。
集中し、目を凝らしていくと一際大きな星が見えた。
しばらく観察すると星は私を中心に衛星として回り始める。
私は衛星が放つ微量なノイズに耳を澄ますと、それは言葉として意味を持ち始めた。
『……変ナノ』
「……何かしゃべりました?」
「聖女様、集中集中」
思わず疑問が口に出た私に対して、アイゼンはやんわりと注意する。
私は再び瞼をぎゅっと閉めて、星空の世界への没入を試みた。
……ノイズが再び、私の耳元で囁いてくる。
『コンナ事シテモ何ノ意味モ無イノニ』
『……モウ、魔法ハ、トックニ目覚メテルッテ』
『……分カッテルデショ?』
……どういう意味?
そう疑問を抱いた瞬間、衛星は目の前で溶解し、私の貌をべたりと濡らした。
瞬間、暗闇が青白く反転したかと思うと、身体全体が熱を帯びはじめ、目まぐるしい光量が眼窩を襲う。
耐えきれず思わず目を開けると、魔法陣と共に自身の身体からとてつもない光が放たれており、目の前のアイゼンが吹き飛ばされそうになっている光景が見えた。
「これが聖女の魔力……とんでもない量です……!」
私は違和感から、ゆっくりと手を開く。
そこには何重にも折り重ねられた直線で出来た幾何学模様が形作られていた。
模様は小刻みに震え、私の心臓の鼓動と少しずつ同期していったかと思うと、それは一つの形に安定していき……、
……コロンと白色の立方体が手から地面に転がり落ちた。
「……え?」
同時に身体から放たれる光はゆっくりと集束し、蛍が散るように消えていってしまった。
「……なにこれ」
「これが聖女の再生の力……、ふむふむ」
アイゼンはそれを指で軽く振れ、危険は無さそうだと判断すると、好奇心のまま大胆に掴み取り、調べはじめた。
「見たことない材質だ……柔軟性もあり、適度な硬度もある…………なるほど……文献にある再生の力とは、そういう事だったのか」
……えっと、この安物の紙粘土みたいなのを生み出したのが聖女の力なの……?
なんだか……地味?というか意味が分からないんですけど……?
「ドロシー様、これで聖女の儀式は完了です。……本当に素晴らしい、今すぐにでもこの物体を研究対象にしたいくらいです」
「……あの、これって一体何なんですか?」
私が質問をアイゼンにぶつけた瞬間。
「うわあーーー!」
家の外から従者たちの叫び声がした。
「――!」
部屋の外側にいたクロウはその悲鳴を聞いた瞬間、険しい顔で踵を返し、階段を駆け上がっていった。