迷いの森
森林地帯が近づくにつれ、足場は木の根とぬかるみで悪くなっていく。
「ここからは徒歩で行こう」
先程からガタガタと馬車が大きく揺れていた。
これ以上馬車では前進できないと判断したクロウは、留守番を1人の従者に任せ、荷馬車に積んだ装備を整え始める。
私も急いで山歩きの支度をし、数人の従者と共にクロウの前に並んだ。
「……スミス、ロドリグ。周囲に危険が無いかこの辺りを調査してくれ」
「御意」
クロウに命令された二人の従者は、邪魔な枝葉を小剣で刈り取りながら、前方へと進んでいく。
訓練を積んでいるであろう兵士は疲れるそぶりも無く、どんどん道を切り開き、森の奥底へと入っていった。
しばらくしてスミスとロドリグは、すぐにその方角から戻って来た。
その様子にクロウは二人と目を見合わせる。
「どうした?」
「途中で隙間なく大木が生えている地帯に辿りつきまして、どうしても今持っている装備では開墾できませんでした」
「……案内してくれ」
クロウと私は二人が開けた道を進んでいく。
すると本当に木々が壁のように隙間なく埋まり、侵入者を防いでいた。
「確かに植物のはずなのに、まるで鋼鉄のように硬くてびくともしません」
スミスはそう言うと、クロウに刃こぼれした小剣を見せた。
クロウは小剣を確認した後、考え込んだ様子で辺りを見回している。
「火はどうです?丁度ランプに使う油が馬車に積んでありますが」
ロドリグは腰に付けたランプを手で軽く叩いてみせて言う。
「これだけ湿気のある地帯の植物は燃え広がりにくい。
それに万が一山火事にでもなったら危険だからそれは止めた方が良いだろう」
クロウはその意見を拒否し、答える。
そして代替案を出した。
「回り道は無かったのか?」
スミスとロドリグは同時に首を横に振った。
「理論上はぐるっと辺りを回っていけば、どこかにはあるかもしれませんが……。
このような大規模の面積の森林地帯を一周しようとなると、何週間……いや何か月かかるか」
「糧食も多めには確保してきましたが、精々持って一週間程度です。この辺りには補給できる町や村もありません。万が一用意した分が尽きた場合は途中で引き返す必要が出てくるかと」
「そうか……一体どうしたものか」
クロウはリーダーとして決断を下すため、再び考え込む。
彼の役割はきっととても重要なものなのだろう。
「……あの~」
私は申し訳なさそうに彼らに問いかける。
「どうしました聖女様、……もしお疲れでしたらキャンプを設置いたしますが」
「いえ、疲れは全然大丈夫なんですけど……ちょっと出入口に……心当たりあるなーと思って」
それを聞いた従者二人は驚いた様子で私に目を見開いていた。
「聖女というのは、精霊の声を聞く力があるらしい。恐らくこの森に住む精霊から出入口の場所を教えてもらったのだろう」
「なるほど、さすが聖女様です!」
……その設定を他に広めて欲しく無い。
いや、私が先に言ったことなんだけれども。
……心当たりがあるというのは本当だ。
だってこの森を作ったのは小学生当時の私なのだから。
私は歩き出し、他と変哲ない大木の前に立つ。
「多分……ここに触れば森の中に入れるかと」
私はそう言うと、その大木に手で体重をかける。
そしてふと樹表の感触が無くなったかと思うと、視界が暗転し、気が付けば極彩色の花が咲き乱れる森の中へと飛ばされていた。
……やっぱりだ。
当時の私、ここにしか出入口を作ってなかった。
【自分の武器】
森の小道を数分ほど歩いた頃。
「不躾ながら隊長!質問よろしいでしょうか!」
ロドリグが快活にクロウに質問する。
「何だ?」
「いえ、大したことではないのですが、クロウ様の武器はどうして長槍なのでしょうか?」
「そんなに気になるか?」
「ええ、旅をするならやはり小回りの利く小剣なんかがよろしいかと思いまして……決して隊長のこだわりを否定しているわけではありませんよ!何かお考えの事があってというのは分かっていますから!」
「それ私も気になってたかも」
メタ的に言えば、当時の私の逆張りで剣じゃありきたりだから槍にしたんだけども……本人はどう思っているかまでは分からないからね。
クロウは少し考える素振りをして答える。
「なぜかってそれは……リーチが長い方が有利だからに決まっているだろう」
「リーチ……ですか?」
「そうだ。相手が獣だろうが、どんな名刀を持った達人だろうが槍のリーチには勝てん。一方的にこちらは攻撃出来るというわけだ」
「……結構卑怯な理由なんだね」
「戦いに卑怯も何もあるか。やるかやられるか。
命の取り合いとはそういうものだ」
感心する従者2人をよそに私は冷めた目で見つめる。
「その理屈で言ったら槍じゃなくて弓が最強じゃない?……遠距離魔法なんかもあるし」
「そんな一方的に相手をなぶるような卑怯な武器は俺は使わん!」
「えええ〜……さっきと言ってる事矛盾してるじゃん…」
「槍にはロマンがある。お前たちも槍を使ってみるといい。きっと良さが分かるはずだ」
クロウはそういうと自分の背負っている長槍をロドリグに持たせてみる。その瞬間ロドリグはバランスを崩し、スミスに何とか支えられてようやく槍を手に取った。
「お、おもっ……?!クロウ様は毎日こんなものを振り回して……?!」
「さすがです!隊長!」
「ふっ、お前たちも鍛錬を怠るなよ。……鍛錬すれば、いずれ俺の言っている事も分かってくるだろう」
「……分かる気がしないなあ」
盛り上がる3人をよそに私はその光景を冷めた目で見続けていた。