儀式の前日
「……そういえば聖女様の儀式はいつだったかな?」
「明日の早朝に出立する予定です」
「……儀式?」
議論の途中、二人の会話から出た怪しげな単語に私は思わず声を漏らした。
その様子にクロウは思わずため息をついて答える。
「もしかして忘れていたのか?
明日はドロシーを聖女として完全に覚醒させるための、魔力解放の儀式の日だと前々から言っていたじゃないか」
「そ、そういえばそうだったね」
全っ然思い出せないがとりあえず返事をして誤魔化しておく。
「大事な儀式が明日に備えていると言うのに、勝手に外に出て、あげくサンドワームに襲われるなんて……君はいつも俺に心配をかけさせてくれる」
えっ?もしかしてこの世界の私、めちゃジコチューだと思われてる?
何とか威厳を取り繕わなければと思い、私は弁明する。
「こ、声が聞こえたの」
「声だって?一体誰の?」
「せ、精霊とか」
……自分で言ったものの、なんてイカれた発言をしてるんだ私は。
「……なるほど、聖女としての魔力が少しずつ目覚めてきているというのはどうやら本当のようだな」
くっ、真面目に返されるのが一番きついんですけれど。
クロウはこれ以上言及して来なかったので、上手く言いくるめられはしたようだが、何故だか腑に落ちない気分である。
「クロウ。聖女を守るのが勇者の役目だろう?」
その様子を見て発言したカーン王の言葉に、一番驚いたのはクロウだった。
彼は困惑した様子でカーン王に前のめりで返答する。
「お、俺が勇者ですか?」
「言い伝えでは聖女を守る騎士が勇者とされている。だとすれば、今の状況を鑑みると倅が勇者になるのでは無いかね?儀式の場にも当然ついていくのであろう?」
クロウは私に振り向き、視線を合わせた。
どうやら同行の是非を私に問うている様子だ。
私は先ほどの軽い仕返しも兼ねて、
「よろしくね、ゆ、う、しゃ、さ、ま」
わざとらしくそう言うと、聞いた途端クロウは素早く顔をそむけてしまった。
気を悪くしてしまったかなと顔を覗き込もうとするが、彼の耳がほのかに赤くなっていることに気づき、単純に恥ずかしがっているだけだと分かると、私はついつい顔をにやつかせる。
「勇者クロウ。王の名のもとに汝に明朝より旅立つ聖女の護衛任務を命令する。異論はないな?」
王様の顔はもっとにやついていた。
「……拝命した」
「なんと言った?……そんな小さな声では聞こえんよ?」
「その任務、拝命した!準備をするため、俺はこれで失礼する!また明日に会おう、ドロシー!」
クロウは大声を張り上げて、その場から逃げるように去っていってしまった。
カーンは出ていく息子の事を見届けた後、私に向かってポツリと、呟くように言う。
「倅は武術の腕は立つのだが、いまいち生真面目すぎるきらいがある。……聖女様も息子のことを頼むよ」
「は、はい」
何に対しての頼み事かは分からないが、私は間延びした声で返事をし、この場は一旦お開きとなった。
※
その日の夜。
(全然眠れない)
思えばこんなに早い時間に眠るのは久々のことかもしれない。
私はベッドの掛け布団を上半身から剥がし、頭部を振り向かせ、壁掛け時計の針を覗きこむ。
……まだ時刻は日が昇る時間どころか深夜にすらなっていない時間を指していた。悲しい事に、一度崩れてしまった生活習慣はどうやら転生しても治らなかったようである。
……明日早いとはいえ、まだ寝なくても多分大丈夫だろう。
私はベッドから起き上がり、部屋をうろうろとしつつ、物思いに耽ることにした。
聖女の儀式。
そのイベントの具体的な内容は正直私もよく覚えていないのだが、きっとこの物語にとってすごく重要な出来事なのだろう。
恐らく聖女にとっても、この世界全体にとっても明日がターニングポイントになる。
……何となくそんな気がする。
そんな大変そうなことが明日に控えているわけだけれども、意外にも自分の気持ちは平静が保たれていた。
それこそ最初は私が聖女なんて……と思っていたけれど、こんなありえない状況を何となくで受け入れている自分がいるのに、今になって気付いたからなのかもしれない。
全く……私って抜けているんだか、大物なんだか。
我のことながら自分の呑気さには、つい呆れかえってしまう。
私はふと何気に化粧鏡を見つめ、今の自分の姿を確認してみることにした。
明らかに以前より背格好は低くなり、顔つきも幼くなっていた。見た目の雰囲気も会社員時代の地味で整えきれてないお世辞にも美人とは言えないものから、髪から肌質から何から何まで綺麗で艶やかさのあるものとなり、まるで宝石のように輝きを放っているようにさえも見えた。
……こうしてまじまじと見ると可愛いな私。
いや、ドロシーの顔がと言ったほうが正しいのだろうか?
……それにしても可愛いな……まるでお人形さんみたいと言うのはまさしくこういう人間に使う表現なのだろう。
私はしばらく鏡で自分の顔を観察していた。
……。
……自画自賛するのにも飽きた頃、私は夜風を浴びるため部屋の窓を開けた。
人工的な明かりは当然一切無く、星々が綺麗に瞬いている。
世界を黒く包み込む夜空には満月が一際大きく光り輝いていた。
「…………ケタ」
……今なにか声が聞こえた?
「………」
……まさか妖精?
そんな馬鹿な。
多分寝ぼけて幻聴でも聞いたのだろう。
一息ついた私は明日に備えてベッドに潜り込み、目を瞑る。
そして、先ほど眠れなかったのが嘘のように私の意識は微睡みの中へと堕ちていった。