脱出劇
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「クロウは……王子様で……強くて……かっこよくて……」
小学生時代の私はそんなことを無邪気に考えながら、スケッチブックに絵を描いていた。
大きな槍を持ったきりっとした表情の黒髪の男。それがクロウのはじまりだった。
名前もいつ決まったかも今となっては覚えていないが、彼は常に私の隣に立ってくれていた。
嬉しい時、悲しい時、落ち込んでしまったとき。いつも彼は私を励ましてくれていた。
「○○って子供っぽいところあるよね」
それが唐突に揺らいだのはある同級生の言葉だった。
この時は何となくで流していたが、それが”引っ掛かり”になったことは今になってようやく分かったことだ。この言葉が直接的な原因で無いにせよ、私は学年が上がるにつき、次第に幻想から遠ざかり、現実へと目を向けるようになったからである。
……そして次第にクロウの事は自ら作り出した幻想と共に、忘れていってしまっていた。
※
「……クロウは」
私は感極まって俯きながら、涙目になって答える。
「いつでも、私を支えてくれて、いつでも強くて、優しくて」
私が初めて幻想に触れた時に生まれた存在で。
「幼馴染で」
昔からの付き合いで。
誰よりも大切にしていた思い入れがあって。
「今でも一番大事に思っている、”王子様”だよ」
そう言い終えると、私が泣きじゃくるのをクロウは優しく抱いて受け止めた。
「相変わらず泣き虫だな」
「……相変わらず?」
「……何か変な事言ったか?」
「……いや、何でもない」
今居る彼は私の記憶の中のクロウとは大きく逸脱した、ゲームのキャラクターではない”人間”だ。
しかし本質は決して変わってない。
私は彼の腕の中で静かに泣いて、気持ちをぶつけた。
やっぱり、私は――クロウが好きだ。
言葉に出すことなく、彼も私の言いたいことを察して、問いかける。
「俺は自分の事ばかりで君の事を見ていなかったのかもしれない。
……本当にすまなかった」
私は彼の胸元で彼の言葉を首を振って否定する。
続けて彼は答える。
「マナ・カーンに帰ったら、もう一度婚約の披露宴を開催しよう。
前よりももっと派手に、盛大に祝ってもらうんだ」
私は彼の衣服をぎゅっとつかみ、さらに大泣きする。
「エエ話や……」
後ろでレオンが拍手をしながら、二人を祝福していた。
光景を見られていたことに私達は恥ずかしくなり、預けていた身体を思わず離す。
「ええんやで?ワイのことは気にせんでも。
邪魔ならここから出て行こか?」
「……その必要は無い」
クロウは恥ずかしがりながら、私から目線を遠ざける。
「チューはせえへんのか?」
「なっ……!?」
完全にそういう雰囲気では無くなってしまった。
涙が引っ込んだ私はレオンを睨み付けると、彼は笑いながら答える。
「ははは、それは二人っきりになってからの楽しみにしとき。
……となればこんな辛気臭い城とはおさらばやな」
レオンはドアをノックして番兵に話しかける。
「ちょっとお出かけしたいんやけど、ええかな?」
「レオン様……しかしグリンダ様の命令で……」
「簡単な話や。グリンダと皇太子の俺、どっちを信用したいんや?」
少しの無言の後、外鍵がガチャリと開く。
「はぁ……個人的にはあんまり利権なんて振りかざしたくないんやけどな。……行くで」
レオンは一礼する番兵を横目に、合図する。
そして一行は廊下に出て、城の出口を目指すために歩いていった。
「……待って下さい、私を連れ出してくれた人たちがいるんです。
彼等に合流させてください」
「なるほど、じゃあ寄って行こか……」
「待て!」
城の番兵が自分たちに気づき、列をなして捕まえに来る。
彼等は大盾を構え、廊下の前方を完全に塞ぎ、行く手を遮った。
「……うーむ、一応ウチの兵隊やし、怪我させたくはないんやけど」
レオンが考えていると、後方から兵士たちがどんどん吹き飛ばされていくのが見えた。
「聖女様!ご無事でしたか!」
メイがドレス姿のまま飛び回って、兵士たちを気絶させて回っている。
その光景を見て、レオンは思わず口笛を鳴らした。
「メイ!実はこの国から脱出することになったんだけど!」
「……何か事情がおありのようですね、分かりました、すぐにスミスと合流しましょう」
超速理解をしたメイは、私達を連れて馬車を泊めている宿屋まで急ぐ。
「何があったんですか?」
いつの間にかアイゼンがいつも通りマイペースについてきていた。
「あ、もしかして僕の実験で作った爆弾で石像を壊した事がばれちゃいました?
えーと、だとしたら、……すみません」
石像はお前のせいかよ!
突っ込む暇もなく、私達は兵士に追われながら、宿屋へと入る。
「……お嬢?随分早いお帰りで?」
「起きなさい、出立しますよ!」
酒を飲み、へべれけになっているスミスをメイは叩き起こし、馬車へと乗せる。
スミスは酔っぱらって役に立ちそうもないので、代わりにクロウがトカゲ馬に乗り込むと、馬車を勢いよく発進させる。馬車はガタガタと街路を走り、困惑する門番の前を風のように走り去っていった。
「このまま飛ばすぞ!」
スピードを出した馬車は勢いを衰えさせないまま、マナ・カーンまでの道を一直線に駆け抜け、あっという間にキアタ聖皇国から見えなくなった。
「あらあら、騒々しい方たちですわね……まあ……いいでしょう、私にも考えがありますから」
キアタ城の屋上でその光景をグリンダは物欲しそうに見つめ、高らかに笑っていた。




