痴話喧嘩
「申し訳ありません、グリンダ様の命令ですので」
兵士の一人が謝りながら、私達をVIPルームへ通す。
クロウは「気にするな」と一言気遣い、部屋のドアを閉めた。
豪華絢爛な装飾が施され、高そうな絵画が飾られている。
一見来訪者をもてなすための部屋にも見えるが、出入口のドア以外は窓一つない密室空間で……つまり実質軟禁部屋だ。
「すまんな、ドロシーちゃん。普段はあんな強引やないんやけど」
一緒に閉じ込められたレオンは私に顔を伏せ、精一杯謝る。
私は首を横に振り、レオンは悪くないと否定すると、彼は精一杯の笑顔を見せるとソファにどかっと座りこみ、考え始める。
「さて……これからどうしたらええんやろ?
本気でドロシーちゃんがウチの跡取りになるわけにはいかんやろうしな?」
「……私と付き合いたいってさっき言ってましたよね?」
「あんなの冗談にきまっとるがな、ワイの好みはもっとムッチムチのボインボインや。
ドロシーちゃんは残念ながらあと数年先の話やな」
私は舌打ちして、レオンに思い切りスキルビルドで作った立方体を顔面にぶつける。
彼はつんのめってソファから後ろに倒れ、ごろごろと転がっていった。
クロウはその光景を呆れながら見つめつつ話しかける。
「……キアタへの滞在は大体一週間くらいと言ってある。焦らなくても時期を過ぎればマナ・カーンから使者が迎えに来る。心配はいらないさ」
「でも、あのグリンダのアホがそれまでに何しでかすか分からんで?」
痛みをこらえながら、レオンは起き上がり、答えた。
「グリンダ様も他国の王子たちをどうにかしようだなんて本気で思ってはいないはずだ。
それこそ下手をしたら戦争の引き金になってしまうだろう。国民を第一に考える彼女は決してそんなことを望んではいない」
クロウは慣れた手つきで備え付けの紅茶を淹れ、私たちに差し出す。
そして自分も席について紅茶を飲みだした。
「せっかくの機会だし、ゆっくりと会話でもしようじゃないか。
……つもる話もあるだろうし。……特に俺はドロシーの言い分が聞きたい」
「あ……」
私は虚をつかれて声を詰まらせた。
確かにクロウからしてみれば、わがままで待っていてほしいという約束を破って勝手についてきたという事実しかない。私は頭の中をぐるぐると回転させながら、言い訳を考える。
「……ごめんなさい」
結局言い訳をするより、事実を話した方が良いと思い、私は今までの出来事をクロウに話すことにした。
…………。
「…………というわけでキアタまでやってきました」
「……はぁ、俺は仕事でここに来ているんだ。
そんな他国の女に現を抜かすような真似はしない」
「分からんで~?初心やからな、クロウは」
「お前は口を挟むな、ややこしくなる」
クロウはレオンを押しのけ、私の顔をじっと見る。
その顔は真剣そのもので、どちらかというと親が子供を叱るときの感じだ。
「俺は心配だから君に待っていてくれと言ったはずだ、だのに……」
その言い草にむっとして私は口答えする。
「……私だって守られるだけの存在じゃないです、私の事を本当に思っているなら、私だってクロウを守りたい意思を尊重してほしいな」
「君は聖女としての力があるのかもしれない。だがそれ以前にただの年端の行かない少女だ。
俺は君に傷ついてほしくないから、こうして口を酸っぱくして言っているんだぞ?」
「勝手な事言わないで、いつも無茶しているのはクロウの方じゃない。私だってクロウが傷ついているのを見たくないんだよ」
「……協力者がいるんだろう、彼らに連れて行ってもらって明日にでも馬車でマナ・カーンに帰って待っていてくれ」
「嫌です、もう絶対クロウから離れません」
私達が言い争う中、舌を真横に伸ばしたものすごい形相をしながらレオンはその様子を伺っていた。
「お前ら、もう結婚せえや」
レオンの言い分に私達はお互い顔を見合わせて、顔を赤くして恥ずかしがる。
「俺は国での仕事がある限り、そんなうつつをぬかすわけには……」
「アホか!そんなの両立している奴世の中にごまんといるわ!
結局は己に勇気がないだけとちゃうんかい!えぇ!?」
クロウはそう言われると、俯いて黙りこくってしまった。
何も言わなくなったクロウに代わり、レオンは私に話しかける。
「ドロシーちゃんはどうなんや。自分の気持ちに素直になってみい」
「………私は」
私にとって、クロウとは。
どんな存在だったんだろう。
私はうつ向いたままのクロウを見つめながら、幼少期の記憶をゆっくりと思い出していく。




