生存戦略
「……戻りやしょう」
「……」
スミスの提案にメイは重くなった腰を上げ、立ち上がる。
「俺たちは何も見なかった。……という事にしときやしょう」
「……ありがとうございます」
落ち込んでいるメイをスミスは励ますと、二人は踵を返して、モンスターの赤子が鳴き続ける空間を離れた。
……二人とも大丈夫なのだろうか。
洞窟の外から出てきて、戻って来た二人はひどく落ち込んでいる様子だった。
スミスは瓦礫で気絶しているキメラからナイフで毛を数本こそぎとり、革袋へと仕舞う。
そして、ゆっくりと崖上へ戻って来て、それを私に見せびらかす。
「キメラの毛。これを村長に渡して討伐したと報告しようぜ」
「……モンスターにとどめをささないんですか?」
「ああ、あのモンスターは気絶しているだけだろうが、今回で相当痛い目にあったから当分人里には現れないだろう。………行きやすぜ」
スミスはそう言うと、メイを庇いつつ彼女を馬車に乗せた。
なんだか彼らの距離感が近くなっているような気がする。
……洞窟の中で本当に何も無かったのだろうか。
私はすぐに思った疑問をぶつける。
「洞窟の中で何かありました?」
「え?何も無かったでやんすよ?……な、メイ」
「……はい」
メイはしおらしく答え、これ以上話さなかった。
本当に何も無かったら、この妙な雰囲気は何!?
……もしかして。
……これがいわゆる。
”吊り橋効果”って……ヤツ!?
私は落とされた橋を尻目に彼らに何があったかを妄想しながら、やきもきと馬車に揺られていた。
※
ヨーミル村に戻った3人は、事情を説明し、キメラの毛を渡す。
すると開口一番村長は祝福の声を上げる。
「旅人様、まことにありがとうございます。……これは少ないですが金貨です」
そう言って、金貨の袋をスミスに手渡した。
思ったより小さな革袋を彼は訝し気に見つめ、答える。
「……たったこれだけか?」
「これがこの村の精一杯です……芋で食いつなぐしか脳の無い貧乏な村でして」
「……分かったよ、悪かった。
それよりすぐに大工を寄越して、橋を早急に直してくれ」
「それはもちろんでございます……。
……ところで……また機会があればうちの村に寄って下さりますかな?」
「………機会があればな」
「ありがとうございます、では村の者総出でお見送りいたします。……聖皇国までお気をつけて」
村長は深々と頭を下げると、私達を乗せた馬車は村民たちの歓喜を受けながら発進した。
馬車を走らせて暫くした後。
「……あの村は何度も同じ事を旅人にさせるだろうな」
「え!?フラグ管理ミスってます!?」
「……? 何言ってんだ?」
突然の事でついメタ的な事を口走ってしまった。
イベントが終わっても延々と同じイベントを繰り返せてしまうのは、ゲーム制作における初歩的なミスのあるあるだ。
私はゲームの製作者としてではなく、聖女としてのロールプレイを思い出すため、会話を誤魔化す。
「いや……村長は管理者として大変だなあって」
「管理者ねえ……まあ、人に頼るのは弱い立場の人間なりの生存戦略ってとこか。
そう考えると、あの村民たちは意外と強かなのかもしれねえな」
……今度は私がスミスの言っていることが良く分からない。
メイは崖の下の戦い以来、ずっと黙ってしまっているし。
……本当に何があったのだろうか。
気になって夜しか眠れないよ。
『何があったかの続きは製品版でお楽しみください!』
そんなもん作ってないわ!
私は妖精の戯言に対し心の中でツッコミを入れた。
※
――ヨーミル村から出立して、あれから数週間ほど経った。
馬車での旅も慣れて来たなあと思いつつ、景色を眺めていると鼻の上に冷たい感触が舞い降りてくる。
……雪だ。
肌に触れればすぐに溶ける程度の新雪が振り始めた。
私たちはローブを深く着込み、寒さに備える。
いつの間にか道すがらに生えている木の種類も、寒冷地特有のものへと変わっているようだ。
「もうすぐ着きますぜ」
遠くには大きな城がぼんやりと見えた。
馬車の車輪が軽く積もった雪を掻き分けていく中、同じく旅人の馬車が交差する事が多くなっていく。
キアタ聖皇国の門に近づくにつれ、人通りは多くなり、活気づいていくのを肌で感じる。
門の前には獣の皮で編んだ服を着込んだ門番が2人待ち構えていた。
どうやら一人ずつ旅人を検問しているらしい。
しばらく行列を待つと、私達の番が来た。
「……予定は?」
「3日ほど。装備品の卸しでさ」
スミスは商人の販売許可証を門番に見せる。
門番はそれを確認すると、すぐに私達を通してくれた。
「キアタ聖皇国へようこそ」
門の前にいる門番の前を通過し、城下町へと入る。
マナ・カーンとはまた違った様式の縦に長い屋根の建物と、黒壇色をしたレンガ道。
曇り空によって薄暗いさまを照らす、ぼんやりとした街路照明が私達を迎え入れた。




