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聖女の伝説

私たちが王城に入った瞬間、私のうす汚れた姿に驚いた召使い達は「急いで聖女様の為の着替えと風呂を用意します!」とバタバタと甲斐甲斐しく作業を始めた。

私は召使いたちにもみくちゃにされながら、汚れた身体と衣服を整えさせられていく。


「俺は王様に報告してくるよ」


クロウは召使いに囲まれる私の前でそう言うと毅然としとした態度のまま踵を返し、立ち去っていってしまった。


……それから数時間くらいは経っただろうか。

今現在は落ち着かないくらい広々とした空間に鎮座する天然革の椅子に座って、くつろいでいる最中だ。

煌びやかなで高そうな絵画や壁際の骨董品を眺めていると見張りの兵士が優しく微笑み返してくれたり、優しいメイドさんが紅茶や茶菓子の追加を持ってきてくれたりと、周りの皆さまは非常に気を使ってくれている様子だ。


……非常にありがたいことなのだが。

自分の気持ちはいまだ整理がつかないままでいた。


それにしたってよりによって私が聖女だなんて……。

ごく一般的な会社員であるはずの私がなんでこんな事態に?


「失礼するよ」


ドアのノックと共に低音だがどこか艶やかさもある壮年の男性の声が聞こえた。声の主の方へ方へ振り向くと、そこには白髪交じりの頭髪とお髭が良く似合う、一言で言えばイケてるオジさまがにこやかに微笑んでいた。


カーン王。

この砂の国マナ・カーンを統治する王様だ。

小学生当時は単純に王様だとしか漠然とした設定しか決めてなかったはずだが、実際本人を目の前にすると、こんなに聡明で威厳のある感じなんだなと私は勝手に心の中で感心する。


隣にはクロウも一緒に立っていた。

クロウは私の様子を一瞥すると、カーン王の方へ振り向き、話しかける。


「父上……いえ、カーン王。

彼女が聖女と言うのはまことなのでしょうか?

お……私は聖女という存在はこの国のおとぎ話のようなものだと幼少期から聞かされています……、お言葉ですが、まだ幼馴染のドロシーが聖女だというのは信じられません」


ああ、そういやクロウとドロシーは幼馴染って設定だったっけ。

流行ってたのかな当時、幼馴染ヒロインって。

私の呑気な考えをよそに、クロウの疑問にカーン王は答える。


「ふむ、二人にはしっかりと話をしたことは無かったかね?せっかくの機会だ、少し語らせてくれ。この国の聖女の伝説を」


カーン王は私の正面の座席に姿勢よく座りこむ。

カーンはお前は隣に座れという目線をクロウに送るが、彼は起立したまま、その場から動かなかった。

たった数秒の出来事だったが、カーンは諦めた様子でそれを鼻で笑いつつ、茶菓子を摘まみながら、すぐに私の方へと話題を向け始める。


「聖女の伝説。今ではこの国のものでも一部の研究者くらいしか知り得ないはるか昔の出来事を記したものなのだが……」


カーン王は侍女から渡された革の装丁が施された古文書を、軽く埃を払いつつ、机に置き、ページを開く。

そこには天空から舞い降りて光を手に掲げる聖女の姿と、その横に立つ騎士。そして大地から漏れる瘴気から現れる無数の黒い触腕の絵が描かれていた。



『この地に厄災の魔王現れし時、聖女は現れる。聖女は己が持つ再生の魔力を遣い、勇者と共に邪悪を払い、世の中を平穏へと導くだろう』



カーン王が書かれた古代文字らしき羅列を読み上げると、クロウはその書物を脇から覗き見ながら、質問をする。


「この古文書に記された聖女というのがドロシーのことだと?」


「ああ、占星術師によると、ドロシーこそ聖女だというお告げがあったそうだ、現に少しずつ彼女は魔力に目覚めてきている、……その自覚はあるのだろう?」


……全くその自覚はございませんが。


「……はい」


私はこういう状況になると、周りに合わせがちだ。


クロウはその言葉に驚いた顔を見せ、次の質問をカーン王に投げかける。


「ドロシーが聖女だというのは分かった。……この勇者と厄災の魔王というのは?」


当然の疑問にカーン王は申し訳なさそうに返す。


「勇者というのは恐らく代々聖女に仕えし者の総称であろう。厄災の魔王については……すまない、よく分かっておらぬのだ」


「分からない…とはどういった意味でしょうか?」


「……数千年以上前の記録だ。学者連中は自然現象だとか、長年生きたモンスターが強大な魔力を得たものだとか言っておるが、すべて憶測にすぎん。この厄災の魔王と言う存在だけぽっかりと記録から抜け落ちているのだ」


「まるで何者かが歴史から抹消したかのような……厄災の魔王……一体何者なんだ……!」


「…………」


……シリアスな雰囲気が流れているところ悪いが、製作者である私はその正体を知っている。


まず第一に小学生のボキャブラリーではそんな凝った設定は付けない。

魔王という存在は単純に強い敵という認識なのである。魔王=ラスボス。それ以上の理由などない。製作者もふわっとした設定しか作ってないんだから、そりゃ分からないのは当たり前だ。


「聖女様はどうお考えでしょう?」


「あ、えーと、……私にもよく……わかりません……ごめんなさい」


優しく問い正してくるカーン王に対し、私は誤魔化すように、か細い声で答えた。

その時一瞬カーン王の目つきが鋭くなった気がしたが、すぐに元の調子に戻り、話題は戻される。


「いえ、こちらこそすまない。一番この国を憂いているのは聖女様だと言うのに、不躾な質問だったよ」


ごめんなさい王様、俯いているのは憂いているわけでなく、単純に子供の頃に考えた稚拙なゲームの設定をこんなに真面目に議論されてむず痒いだけなんです。


心配そうに顔を向けるクロウを横目に、私は恥ずかしさで身体を震わせていた。

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