ピクニック
……あれから一体何キロ流されたのだろうか。
私は朝焼けの太陽光によって目を覚まし、重い瞼を開いた。
意識が段々とはっきりしてくると、
「………」
「おはようございます、聖女様」
視線には、メイの下からの姿が見えていた。
メイは私に膝枕をしながら、手の平から緑色の温かい光を放ち、私の傷を回復させている。
彼女の手当てにより、少しずつ鈍痛は治まっていく。
「回復魔法です。……初級のものですが、あらかた傷は治せました……こうして回復は出来ますが……あまり無茶はなさらないでください」
次に地面に転がってぐったりとのびているスミスに近づき、「多少水を飲んでしまっているようですね」とつぶやくと、その腹部にめがけて思い切り拳をねじ込む。
「!?」
鈍い音と共に気が付いたスミスは大きく咳をしながら、息を吹き返した。
「お、俺の起こし方だけ乱暴じゃない!?」
「すみません、聖女様を回復させるために魔力を使い切ってしまったもので」
涙目で訴えかけるスミスをよそにメイは淡々と答え、荷物を確認する。
「奇跡的に荷馬車は無事なようです。……多少濡れてはいますが、この天候ならすぐに乾くでしょう」
「…………はぁ、そりゃよかったけどよ。……それよりお嬢さん、……さすがにあれは無茶苦茶だぜ?
……本気で死ぬかと思ったぞ」
「ご、ごめんなさい」
私は2人に頭を下げて、精一杯謝った。
思いつきであんな事しなきゃよかったかなと今になって後悔が押し寄せてくる。
「……まあ、皆の命が無事ならそれでよかったけどよ」
スミスは移動手段のトカゲ馬が怪我していないか確認し、無事なのを確認すると、軽く息をついた。怒っている様子は無い。
どうやら謝罪を受け入れてくれたようだ。
メイは最初から何も気にしていない様子で、自分の荷物を漁り、抜かりなくキャンプを準備している。
まさかメイドさんがこんなに強い人だとは夢にも思わなかった……。
「それにしても……ここって”今”出来たのか?
こんなだだっ広い湖畔は生まれて初めて見たぜ」
「”元に戻った”んですよ、スミスさん」
私は満足そうに頷く。
大陸のど真ん中に出来た湖畔は細い、いくつかの川を通じて王都のオアシスまで伸びている。
これでこの国の水不足なんかの問題は解決できるはずだ。
……今頃、王都は大パニックだろうけど。
既に湖畔周辺には草木が広がり、緑化が進んでいる。
この大陸が本来あるべき姿に戻っていくのも、時間の問題だろう。
「ご用意できました」
いつの間にかメイは焚火に火をおこし、鍋に水を入れ、湯を沸かせていた。
メイは手慣れた手つきで、食材をナイフで切って鍋の中に放り込み、あっという間に美味しそうなスープが完成し、それらを携帯していた木皿に盛りつけ、私に手渡した。
「この優雅な湖畔の風景を眺めながら朝食を食べるのも、中々おつなものでございますよ」
「ははは、まるでピクニックに来たみたいじゃねえか」
スミスはこう言いつつも、メイからスープを受け取り、まんざらでもない様子だった。
そして彼は荷物から人数分乾パンを取り出してきて、私とメイに手渡し、話す。
「お嬢さん、とりあえず腹ごしらえと行こうじゃねえか。
……物事はあせらず、ゆっくりとな。
そうすれば、きっと………上手い事行くだろうさ」
……正論だ。
私は、クロウを一刻も早く追いかけたいという焦る気持ちを一旦抑え、食事休憩をすることに同意する。
そのままでは歯が立たないほど硬い乾パンをスープでふやかしながら、少しずつ削るように、齧っていく。
決して王都で食べていたような豪華な物ではなく、すごく質素で淡泊で平凡な味だ。
だが、ゆっくりと噛み締める様におこなったこの食事はどの料理よりも味わい深く、決して忘れられないものとなった。
「……ところで、聖女様」
私がパンをネズミのように齧っていると、メイが話しかけてくる。
メイが指差した先には、
【SHAING FANTAGIA】
♪ いかにもなクラシック調のオープニング曲も、かすかにに聞こえてくる
「あの宙に浮く珍妙な物体は一体何なのでしょう?」
「……若さゆえの過ちです」
【好き嫌い】
私達が楽しい朝食を楽しんでいるころ。
スミスはスープを掬いながら、メイに話しかける。
「……ん?この葉っぱはもしかしてクチーパ草じゃないか?」
「ええ、丁度この辺りに生えていたので一緒にスープに入れさせていただきました」
「やっぱりか……う~、まずい、ぺっ」
それを聞いた瞬間、スミスは顔色を悪くして、それを吐き出した。
「!」
その行動をした瞬間、メイの怒りの鉄拳がスミスのこめかみに炸裂した。
スミスはその衝撃でつんのめって吹き飛ばされる。
「良い年した大人が好き嫌いしない!」
「だ、だってよ嫌いなんだよ、クチーパ草。……子供のころから食えねえんだって」
「聖女様をみなさい!あんな小さな子が黙って食べているのにお前って奴は!」
……小さな子扱いされるのは心外だが、私個人的にはこういう薬味みたいな草は全然許容範囲内だ。
なんてったって、元が酸いも甘いも経験した会社員の舌なのでね。
スミスは半泣きになりながら、メイに反抗する。
「だって、草そのもの味じゃん、クチーパ草。
なんで人間が草をもしゃもしゃと食べる必要があるんだ。
ウサギじゃないんだぜ?」
「薬草だってそのまま食べることもあるではないですか!」
「それとこれとは話が別だろ!あれは薬だからっていう前提があるからギリ行けるわけで……
そもそも薬草も美味しいと思って食べてねえし!」
「クチーパ草は美味しく食べられる食用の野草です!
……さあ!口を開けなさい!」
メイは生のクチーパ草を握りしめ、スミスの口にめがける。
「ひ、ひい!……そ、そうだ!お嬢も好き嫌いの一つや二つありますよね!?」
「え、……えーと……虫とかが苦手かな」
「ほ、ほら!俺にとってのクチーパ草はお嬢にとっての虫なんでさ!
スープに虫が入ってたら嫌だろ!?」
「言い訳無用!食べ物を粗末にする人間は死刑です!」
「ぎゃあああああ!」
スミスはメイによってクチーパ草を口内に詰め込まれる。
そのまま彼は倒れて、青い顔をしたまま固まってしまった。
ああ、スミス……可哀想に。
でもこればっかりはスミスが悪いよ。
せっかく作ってくれたものを無駄になんてするから。
人間花瓶となったスミスを横目に、メイは満足そうに額の汗を拭うと、今度は私に話しかける。
「聖女様。この世界には食べられる美味しい虫もございます。
今度ぜひご馳走して差し上げますから楽しみにしておいてください。
そうすればきっと貴方様の好き嫌いも治るはずです」
私は過呼吸になりながらスプーンを持つ手を震わせ、涙を流した。




