追跡者
「貴方は……お城のメイドさん?」
私は想定外の来訪者に思わず驚きの声を上げる。
確かに私の人形が彼女を足止めしてくれていたはずなのに……。
清潔感のある白いエプロンドレスに身を包んだ彼女は、こちらに向かって深々と頭を下げて非礼を詫びた。
「申し訳ございません、聖女様。
跡を付けるつもりは無かったのですが……」
「メイドさん?……カーン王の使用人か?」
「ええ、わたくしは”メイ”と申します。聖女様のお世話をするため、カーン王から託けられた者の1人です」
スミスの質問に、メイは淡々と答えた。
……ああ、本格的に城の人達に私が逃走した事がばれてしまったら一体なんて言い訳したら……。
そんな事を思っていると、メイはおもむろに私の前に跪いて、その手を取る。
シルク素材の手袋越しに彼女の手の感触が伝わって来て、不覚にも少し私はドキドキした。
メイは私に視線を合わせると、陽光で煌めく湖畔のような深い群青色の瞳を見据えて答える。
「……先ほどの話、しかとお聞きさせていただきました。
わざわざ偽物を雇ってまで、突然王都から出ていかれるなど、よほど聖女様はクロウ様に会いたい理由があるとお察しします。
……よろしければ、この旅路にぜひわたくしも連れて行って下さいませんか?」
「おいおい、ピクニックに行くんじゃないんだぜ?
ただの城のメイドがモンスターの出現する外界に出るなんて……」
スミスがそう言った瞬間、風切り音と共にメイの拳が彼の眼前に現れた。
目にもとまらぬ速度で素早く放たれたその拳撃は訓練された従者であるスミスでさえも、見切ることが出来ず、ただ立ち止まっている事しか出来ない。
「ご心配なく、腕には自信があります」
メイの手袋には鉄甲が仕込まれていた。
確かナックルダスターという名前の武器だったはず。
とても瀟洒なメイドさんには似合わない、不良や悪役レスラーなんかが使う厳つい武器がたった今、スミスの顔面を掠めていったのである。
スミスがそれに気づいた頃には、よろっと後ろに尻もちを付いていた。
彼は腰が抜け、焦った顔で苦笑いする事しか出来ない。
……まさかこういうタイプのメイドさんだとは思わなかった。
「わたくしの故郷である村に伝わる伝統的な古武術です。
……これでもわたくしが足手まといになるとでも?」
「はは……、うちのお袋よりもおっかねえや」
スミスはすっと立ち上がり、メイの方を向いて答える。
そのまま彼はズボンに付いた埃を払いながら、私に問いかける。
「……聖女様、いいんですかい?」
……私の答えは決まっている。
当然仲間は多い方が良いに決まってるよね。
私は、メイとスミスに向かって深々と頭を下げる。
「二人とも、私の我が儘に付き合ってくれてありがとう」
こうして私達3人は王都から脱出することになったのであった。
※
3人で街中を目立たないよう進む。
案外人々と言うのは他人の行動に興味無いようで、聖女が外に出るのを悟られずに、あっさりと街の外へ出る門の前へとたどり着いたのだった。
「前門に見張りがいますね、どうしましょうか?」
「……任せろ、策は考えてきた」
メイが王都の門にいる兵士たちを街角から覗いていると、スミスはいつのまにか路地からゴロゴロと荷台を引いてくる。荷台には木箱が複数積まれており、その中にはスミスお手製の武器や防具が入っているようだった。
「この中に隠れるんだ」
スミスの言いつけ通り、私とメイは武器は事故したら怪我しそうなので、防具が入った方の荷物の中に紛れ込む。
防具に囲まれ、非常に暗くて狭くて鉄臭いが、外に出るまでの少しの辛抱だ。
「行くぞ」
スミスは私達が荷物に潜り込んだのを確認すると、荷台をトカゲ馬に引かせつつ、門の前へと馬車を進める。
「止まれ、その荷物は何だ?」
案の定、門の前の兵士に止められるが、スミスは悟られないよう素面でその質問に答える。
「これは売りに行くための装備品です。今からキアタ聖皇まで商売しに行くところなんですよ」
スミスは兵士に対し、気さくに話し始めた。
兵士は荷物をちらりと確認し、スミスの姿をもう一度確認し、問いただす。
「お前、街の鍛冶屋だな?店の規模にしては随分と荷台の数が多いんじゃないか?」
「そりゃ最近になってようやく交易路が復活しましたからねえ、……在庫は売れるときに売っておきたいと思いまして……」
「……ほう」
疑り深い兵士は木箱をドンと叩き、何か隠してないか確かめる。
ーーガタン、…………ガタン。
荷台の木箱が叩いた後に変に揺れる。それを兵士は見逃さなかった。
「今、勝手に揺れなかったか?」
「ははは、まさかそんな……」
「荷物の中身を確認させてもらうぞ」
「…………」
表情が凍るスミスを横目に、疑り深い兵士はくまなく木箱の中身を漁る。
鉄製の剣、戦斧、槍……。
革や鉄を張り付けた鎧や盾。
一般的な兵士が使うであろう装備品が取り出され、それら全てが兵士によって見定められていく。
……そして木箱の中身を取り調べられてから早数十分。
「良い仕事をしているな。……商売頑張れよ」
「ありがとうございやす」
兵士はスミスを応援して送り出す。
スミスは兵士に向かって笑顔を作りながら、王都の門を過ぎて、砂漠地帯へと馬車を走らせて行った。
「……スミスさん?」
王都から離れた後、私とメイは木箱の底の板を剥がし、外に出る。
日光が照りつける中、私は彼に向かって文句を言う。
「……私が即興でスキルビルドで木の床板を作ってなかったら、ばれてたじゃないですか」
「まあ動いたときは焦ったけどよ、聖女様の魔法だったら何とかなるって信じてたぜ!」
馬車を操作しながら、スミスは能天気に笑っていた。
……この男、本当にそう思っているのだろうか?
大体中身なんて真っ先に調べられるだろうに、無策にもほどがある。
「これが聖女様の再生の魔法……噂には聞いてましたが、なんと素晴らしい」
メイは作られた木の板を両手で持ち、まるで子供のように目を輝かせ、それを眺めていた。
「家宝にします」
「いや、ただの木の板だからそれ」




