旅立ち
私はある人を頼りにするため、城の地下へと走る。
「アイゼン!」
地下の研究施設には人の姿は無かった。
混雑と散らかった状態のまま、あるいは何かの実験の作業途中のままに、その部屋の時間は止まってしまっている。
「……」
私がきょろきょろと辺りを見回すと、机の上に置手紙が置かれていた。
私はそれを手に取り、読んでみることにする。
『ドロシーへ。僕もクロウと共にキアタ聖王国に向かう事になりました。
貴方を置いてきぼりにするのは少し心が痛みますが……気持ちよく寝ているのを起こすのは悪いと思いまして』
……ちゃんと起こしてくれたら起床出来るよ、子供じゃないんだから。
私は目線を配り、さらにその手紙を読み進める。
『戻ってくるのは数週間ほどになります。それまでの間、聖女様はしばしの休息を。
たくさんお土産を持って帰ってくるので楽しみにしていてくださいね』
私は手紙を読み終わり、ため息を付く。
――私には分かってる。
数週間で2人は戻らないことに。
『これから彼らは旅の道中で様々な事に巻き込まれ、最終的に魔王討伐をするまで王都は戻る事はない。
あなたの書くシナリオではそうでしたね?』
気が付くと、手紙の前には妖精ルーミィが現れ、そう答えていた。
……物語がついに本格的に動き始めたって事?
ルーミィがピカピカ輝きながら、踊るように部屋を周りだす。
『まさか聖女抜きで旅立ちをするのは想定外ですが……まあ勇者パーティは強いので3人でも何とかなるでしょう』
「そんなのは駄目!」
私はクロウを追いかける。
一度決意した意思が崩れる事は無い。
『じゃあどうします?城を抜け出すにしても兵士たちが常に見張りをしているし……』
私は少し考えた後、アイゼンの部屋の隅に置かれた書庫を漁り、とある本を探すことにした。
『……一体何を?』
アイゼンがあらゆる分野を研究している魔術師なら、”その類の本”もきっと持っているはずだ。
僅かな希望を抱き、私は書庫を漁る。
……見つけた。
私は”人体解剖図”と名前の付く分厚めの本を手に取り、読み進める。
『今から読書の時間です?』
「……静かにして、集中できないから」
現代で言えば、医学系に位置する分野。
アイゼンの専門は魔術と薬学で、恐らく彼の専門外である知識ではあったが、あの好奇心旺盛で勉学を全く努力と思ってない彼だったら、絶対こういった類の代物を一つは持っているだろうと信頼していたからの行動だった。
……だって、アイゼンの設定を考えたのは私なのだから。
……この異世界に来るまで、すっかり忘れていたとはいえ。
「……」
私は受験の時よりも集中して、人体解剖図の本を暗記する。
以前アイゼンは言っていた。
建築魔法は、私のその物質に対する理解度によって能力の質が変わると。
だったら、この本さえ暗記できれば……きっと、私の考えが実行できると思う。
そう打算しながら私はページを捲り、読み進める。
数十分……いや、数時間は経っただろうか。
ページの最後までくまなく読み終えると、私はふっと息をついて本の最後のページを閉じた。
「覚えた……多分……いや、絶対に出来る!」
そう言い、私はスキルビルドを発動し、立方体を作り出す。
次に鏡で自分を見ながら、その立方体を丁寧に縦に引き延ばしていく。
……頭部を作って、身体を作って、手足を作って。
それをくっつける為の首や関節も作って……。
ひとしきり作ったパーツを全部、糊付けして組み上げていく。
『……こ、これは、聖女様ですか?』
衣服もスキルビルドで作り、それを着せると、あっという間に私そっくりの聖女様の人形が完成した。
私は人形に魔力を込める。
傀儡に青白い光が灯ったかと思うと、カタカタと動いて生気がみなぎっていき、しばらくして目を開け、すくっと立ち上がった。
誰がどうみてもドロシー本人にしか見えない自律式人形がこちらを見つめている。
「お願い、私がいない間に代わりを務めてほしいの」
聖女型人形は私の声を聞くと、無言でゆっくりと首を下げて了承すると、部屋から出ていった。
「……これでよし」
私は壁際に掛かっていたフード付きのコートを拝借すると、深々と被って顔を隠した。
「行きましょう」
廊下では聖女人形がメイドさんと楽しく会話している。
どうやら違和感なく溶け込んでいるようだった。
私はそれを見て安心しつつ、彼女たちを尻目に城から抜け出した。
『待って下さい』
「……なに?生命の倫理観がどうとか今更言うわけ?」
ルーミィが大きく身体を振って、否定する。
『それは別にいいんですけど……聖女様は武器などはお持ちでない様子で?
これからの旅路、どんなモンスターに襲われるか分かりません。
ちゃんと備えてから出ていった方がよろしいかと』
………一理ある。
確かに迷いの森の時でも私は基本的に丸腰で、戦いは大体クロウたちに任せっきりだった。
そうか、これからは私もモンスターと本格的に戦わないといけないのか。
……最初に襲われたサンドワームや迷いの森でのワーウルフ戦を思い出すと今でも震えが止まらない。
……いや、今更恐れるものか。
私はクロウたちを追っかけたいという気持ちは変わらない。
「すみません、お邪魔します」
城からこっそりと抜け出した後。
私は旅人のふりをして、街の鍛冶屋へと足を運んだ。




