聖女の決意
披露宴も順調に終え、お開きとなり私は一人自室で佇んでいた。
「……」
星空を見上げ、夜風が丁度良い温度で私の髪を優しく紡いでいる。
婚約破棄か……。いや、今はこれで良かったんだよね。
私も気持ちの整理がついてなかったし、クロウもああ言ってたし。
……でも、何だろう。
このもやもやとした晴れない気持ちは。
窓枠に私の瞳から垂れた水滴がぽたりと落ちた。
……やっぱり駄目だ。
我慢しようとした感情が抑えきれない。
私は袖でゴシゴシと流れ続ける滴を拭うと、ベッドの中へと逃げるように潜り込んだ。
※
次の日、起きたのは昼過ぎだった。
今までの疲れが溜まっていたからか、太陽が昇りきるまで、ぐっすりと眠ってしまっていたようだ。
私は寝ぼけ眼をこすりつつ、寝間着から着替え、城の廊下を歩く。
……クロウに会いたい。
その一心だった。
「おはようございます、聖女様」
廊下ですれ違ったメイドさんが大量の洗濯物を抱えながら、私に挨拶をする。
「クロウがどこに行ったか知らない?」
私が不躾に言った質問をメイドさんはいつも通りの柔和な態度で返す。
「おや?聖女様はまだお聞きにならなかったのですか?
クロウ様は今日の朝一で従者を募って隣国の”キアタ聖皇国”へと旅立ちましたよ」
「……え?」
寝起きの意識で理解が一瞬遅れたが、私は反射的にカーン王のところにダッシュしていた。
……また、昨日みたいにすっ転ばない程度に。
「王様!クロウが旅立ったって本当!?」
開口一番、勢いよく入って来た私に対しカーン王はきょとんとした顔を浮かべ、事態を察すると、しばし落ち着くようにと両手でジェスチャーをした。
「気持ちは分かるが落ち着きたまえ、……今、説明しよう」
急かす私を窘めつつ、事の発端を彼は語りだす。
「隣国から今日の朝、書状が届いてね。迷いの森のモンスターがいなくなり、前よりあった交易路が開通したことで、国交を再開することになったのだ。……キアタ聖皇国、迷いの森からさらに北側の方角にある凍土を拠点とした宗教国家でこの国とも以前より親交を深めていた国だ」
「なんで私も連れて行ってくれないんですか!」
「何故って……聖女様に雑務をさせるわけにはいかぬだろう」
う、それは確かにごもっともです。
地位の高いものが自ら現場に赴くのは、RPGのお約束ですけど、確かに常識的に考えればおかしいのかもしれない。
「倅にも兵士たちだけで行かせればいいと言ったのだが……あいつは聞かなくてな。
久々に十年来の友人にも会いに行きたいと言って自ら志願したのだ」
「友人……ですか?」
「うむ、キアタ聖皇国は知っての通り、聖キアタ教皇が代々国を治めている。
友人というのはきっとその御子息である”レオン”のことであろう。
クロウが幼い頃、儂と一緒に聖皇国に行った時に、彼と一緒に仲良く遊んでいたのをよく覚えておるよ」
炎髪のレオン。
このシャイニングファンタジアにおける仲間の一人だ。
クロウ、ドロシー、アイゼン、レオン。
本来はこの4人パーティで魔王討伐をするシナリオになっているはずなのだが……。
……なんでよりによってメインヒロインの聖女が置いてきぼりにされてるわけ?
「……心配せずとも数週間ほどで部隊は戻る予定だ。
聖女様は自身の身体を労わってゆっくりと休暇を過ごしていただきたい」
カーン王の言葉に私は納得したように答えることしか出来なかった。
※
私は特にすることもないので、城から抜け出して街中を歩いていた。
そしていつの間にか整備された歩道から外れ、城下町の端にある農産部へとやってきていた。
ここが砂漠の真ん中であるにも関わらず、住人の努力あってか数多くの果物や穀物が艶やかに実っている。
「聖女様、こんにちは!日差しが強いのでお気を付けて!」
彼らは汗水たらして畑仕事に精を出していた。
なのに私はこうやってだらだらと……本当にこれで良いのだろうか?
社会人として働いていた時は「不労所得者になりてえ」としょっちゅう口走ってはいたが、いざ仕事が無いとなると、手持ち無沙汰になってしまっている。
私はやるべきことを考え、建築魔法を発動させて、農民たちに話しかける。
「お手伝いさせてください!」
私はスキルビルドで農具を作り出し、住民に手渡した。
「いいんですか?……こんな立派な農具、今まで見たことねえ」
住民たちは早速私が作った農具を使い始める。
すると一気に仕事の能率が上がった。
「す、すごい!この鍬、いくら振っても疲れない!」
「この鎌も!まるで穀物がバターのように切れていくわ!」
ははは、テレビショッピングの謳い文句か。
……しばらくして、あっという間に農作物の山が生成された。
「聖女様!ありがとうございます!」
農民たちは私に農具を返却しようとするが、私は「これからも使ってください」と手で押し返す。
「じゃあ、せめて……」と農民たちは私に手のひらサイズ程度のの西瓜のような果物を持ち切れないくらいに手渡した。
「ありがとうございます」
私はそれを一口齧ってみる。
現代人の舌を持つ私にとってはとても水っぽくて決して美味しいものでは無かったが、熱波による喉の渇きを潤すにはまあ充分といえる代物である。何より味の感想を求める農民たちの視線もあるし滅多なことは口走れない。
私は感想を微妙な微笑みで返すと、住民たちは喜んでさらに果物を渡してきて、思わず隠しきれず困り顔を浮かべてしまった。……住民たちは全然私の思惑には気づいていないようだったのが救いか。
「そういや、クロウ様がエウロス聖皇国に今日旅立ったって?」
「聖女の儀式が終わってすぐだというのにな、あの王子様も中々働き者だね。
王様も出来の良い息子を持ったもんだ」
大量の果物をどうしようか考えている最中、休憩中の農民たちが木陰でクロウの事について話しているのが聞こえてきた。私は思わずそれに耳を傾ける。
「確か聖皇国には皇太子であるレオン様の他に、代々聖女が仕えているとか。
その聖女は次期皇后の候補となりうる人物で、……どうやら希代の美人ばかり揃えているらしいな」
「随分下種な話題だな……まさかお前、クロウ様が他の国の聖女に靡くとでも?」
「まさか、クロウ様に限ってそんな粗相はしないと思うが……。
だが聖皇国からすれば、他国の王子が氏を受け継ぐのは国交的にも好都合だろ?
俺がその国の偉い人だったらそんな優良物件をほっとかないかなー……なんて」
「……」
「……ひぃ!?聖女様、聞いておられたのですか!?」
私はその話題を目つきを鋭くぎらつかせながら、黙って聞いていた。
握りしめた果物がメキメキと音を立て、割れる。
私の心にどす黒いものがこみあげてきているのを感じていた。
――私は決意する。
この王都から旅立って、クロウを追いかけてやると。




