会食
しばらくしてカーン王は、ゆっくりと玉座へ座り直した。
「……しんみりさせてしまってすまない。本来は喜ばしい出来事なのに」
「いえ、私達の方こそ帰りが遅くなって申し訳ありません」
私は王に気遣いの言葉を言った。
そしてカーン王は私を一目見て、何かを思い出したかのような様子を見せ、途端に嬉しそうな表情に変わった。
「会食は本日の昼前には準備しよう。……そこで重大発表もさせてもらう」
「重大発表?」
「まあまあ、後の楽しみにしておいてくれ」
カーン王はにこやかに私たちに笑顔を向けた。
私はその意図に気づき、冷や汗が止まらなかった。
ああ、ついに婚約のイベントが来るんだ。
きっとカーン王は会食の場でその事を発表する気なのだろう。
そうなれば周りも応援して、断るなんてこと出来ない流れになってしまう。
断る……?
そもそも私は断る必要なんかあるのか……?
私はクロウに振り向く。
彼は王が何を発表するかさっぱり浮かばないらしく、その場で考え込んでいた。
クロウは私の理想から生み出されたキャラクターだ。
なし崩し的にとは言え、推しと結婚できるのは願っても無い事のはずなのだが……。
ゲーム的な視点でも聖女である私はヒロインで、彼が主人公。
旅路の末、二人が婚約するのは使い古されていると言ってもいい王道の流れだ。
断るなんて、選択肢がそもそも無い。
とはいえ……。
……ま、まだ心の準備が……。
私達はその後、会食が準備できるまで自由行動をもらったが、私の心のざわつきは一向に収まらなかった。
※
「……」
私は時間になると、お付きのメイド集団にドレスアップとメイクを施され、会場へと姿を現した。
広々とした会場には既に複数人の貴族たちがすでに何十人と並び、他愛ない世間話で盛り上がっている。
王様、これのどこがささやかな会食なんですか……。
この規模は国の要人たちのほとんどが集まっている感じじゃないですか……。
貴族たちは私の存在に気づくと、軽く会釈をし、拍手で迎え入れる。
うう……完全にあの王様は私達に既成事実を作る気だよ。
私はウェイターからグラスに入った炭酸水を受け取ると、落ち着かない様子でうろうろとその場を歩き回る。
「うっ!」
慣れないドレスの裾を踏み、私は転びそうになった。
危うく地面に激突しそうになったところを、後ろから支えられ、助けられる。
「大丈夫か?」
クロウは私をその場に起き上がらせる。
辺りの貴族からは拍手や盛り上がる声が聞こえてくる。
恥ずかしい気持ちで一杯でクロウの顔を直視することが出来ない。
「……はい」
私は勇気を振り絞って、彼の方を向く。
彼は白色のパーティースーツに身を包み、胸元のポケットチーフには薔薇の花飾りが添えられていた。
一見すると気障なそれだが、彼は華麗に着こなし、非常によく似合っている。
彼はやっぱり王子様なんだな……という認識を改めて得た気がする。
「顔が赤いぞ……?間違えてワインでも飲んだか?」
「ち、違う違う!これは炭酸水!人が多くて暑いせいかな~!あははは!」
この身体の熱さは確実に会場のせいではないのだが、私は能天気に彼に振る舞う。
その様子を見ていたクロウは、私の額に手を当て、熱を測りはじめる。
「!?」
急なスキンシップに私の情緒は完全に吹き飛んだ。
「……微熱だな。……本当に大丈夫か?」
「……」
もう何も言えない。
何か返そうと努力するが、パクパクと魚のように口を上下させる事しか出来なかった。
「ウェルカム!皆の衆、今日はよくぞ来てくれた!」
ド派手に王の装束を着こなしたカーン王が、会場に勢いよく現れた。
私はその大声にはっと我に返る。
「………親父、年甲斐もなく燥いで……」
クロウは呆れて、ため息をついていた。
いつのまにか辺りの雰囲気はカーン王によって支配されており、彼は迫りくる貴族たちに軽快に挨拶をしながら、会場の上座へと辿りつく。
「今日の主役は儂ではない!聖女様とその勇者である!さあ二人とも前に来なさい!」
カーン王に目線で促され、クロウはしぶしぶ私の手を引いて、上座へと登る。
王はクロウにすかさずハグすると、クロウは照れくさそうにすぐにそれを引きはがした。
「シャイボーイの倅~!今日は無礼講だからハメを外してもいいんだよー!」
「親父……酔ってるのか?」
カーン王の顔は立派な髭で隠れてはいるが、ほのかに赤みがかっている気がする。
「こんな素晴らしい日に飲まずしていつ飲むのだ!さあ、お前も飲め!」
カーン王は高そうな蒸留酒を大きめのグラスに並々と注ぎ、クロウへこぼしそうな勢いで手渡した。
クロウは王を睨み付けながら酒を飲み干すと、周囲から歓声が上がる。
……なんだか貴族のパーティというよりも、会社の飲み会的な雰囲気になって来た。
その光景を楽しそうに眺めていた王は、表情を固めて咳払いをすると、客人の方に振り向き、答える。
「今日は皆の者に重大発表がある!心して聞くが良い!」
ああ、こんな時に突然邪魔が入って有耶無耶になったりしないだろうか?
例えばモンスターや盗賊の襲撃とか、別の国の王子が乱入してくるとか。
RPGにありがちなこと、マジで今すぐ起こってくれ!
「わが倅、クロウと聖女ドロシー!
この両名は本日よりこの国の跡継ぎとなるため、婚約することを認める!」
私の杜撰な考えも虚しく、カーン王の言葉は会場全体に響き渡った。
【研究の成果】
王から自由時間をもらった私は城の廊下を歩いていた。
「はぁ……」
その足取りは重い。
いきなり彼と婚約だなんて、心の整理がつかないからだ。
しばらく私は当てもなく歩いていると、
「ん?なにこの臭い?」
地下に続く階段から獣の皮を焼くような臭いが漂ってきた。
私はその醜悪なニオイの元を探るため、地下へと降りる。
「……アイゼン?……なにやってるの?」
迷いの森の実験場と遜色ないくらい散らかった部屋で、アイゼンが何かの研究に没頭していた。
彼は机の真ん中で動物の毛のようなものを燃やしている。
ふと、こちらに気づいたアイゼンは集中を解き、気さくに話しかけてきた。
「おや、聖女様。こんな埃っぽいところで一体何を?」
「いや……アイゼンこそ。……会食の準備はしないの?」
「僕はああいった場は苦手なのでパスです。……そんな事よりも僕はやりたいことがあるので。
……よし、数年ほど放置してましたが、まだ装置は作動するみたいですね」
アイゼンは物体に火を点ける装置を器用に操作し、そのスイッチをオフにすると、次に彼はガラス瓶から液体を取り出し、燃やした毛にゆっくりと流し込んでいく。
「何をしているの?……この毛?……みたいなのは何?」
「これですか?……ワーウルフの体毛ですよ。この辺りでは珍しいモンスターの素材ですので、その性質調査を行っている最中です」
「いつの間に拾ってたの……?あの死体によく触る気になったね……」
「研究者たるもの、死体のひとつふたつで怯んだりなんかしませんよ。
……なるほどなるほど、やはりあの時の判断は正しかったみたいですね」
アイゼンは実験した毛束をまとめ上げ、大切そうに小箱へと仕舞うと、嬉しそうにこちらに話しかける。
「ワーウルフの体毛は水を弾くためにびっしりと油脂で覆われていました。
迷いの森の豪雨などの急な天候変化に耐えるための進化でしょう。
しかし脂で覆われているという事は、非常に火に弱く燃えやすいという事。
貴方がスキルビルドの爆弾でワーウルフを倒したのは正に最適解な行動でした」
「へ、へえ~、それは、良かったです」
「とても良質な脂です。燃料だけでなくて、薬品や化粧品など様々な用途に利用が可能かと。
試しに先程ひとつ作ってみました、良かったらいかがですか?」
アイゼンはそう言うと、私に小さな丸形の器に収められた乳白色の粘液を渡す。
「これ……何?」
「ワーウルフの毛から採取した脂で作った軟膏です。
生憎ほとんど燃えてしまっていたため、一つ分しか作れませんでしたが……良かったら差し上げます」
「……ごめん、いらない」
「……そうですか、保湿効果も高く、軽い火傷や傷口も直す作用もあるのですが……では僕が使わせていただきます」
アイゼンはそう言うと、自分の肌にそれを塗りたくる。
彼の肌はほのかにハリと潤いを取り戻していっている気がした。
「ふぅ~、いいですね~!ワーウルフがもっといたら市場にも出回せられるのに、本当惜しいですね~!」
「……もし売るならワーウルフから作ったというのは伏せた方がいいかもね」
私はワーウルフに襲われた時のことを思い出し身震いしながら、彼がスキンケアするさまを、まじまじと見つめていた。




