四角い月
……気が付けば私は机に突っ伏して眠り込んでいた。
背中には毛布がかかっている。
アイゼンがかけてくれたのだろうか。
実験室の部屋内を見渡すと、アイゼンは部屋の隅で毛布にくるまって、寝息を立てていた。
あざやかなキノコが生えたガラスケースを抱き、幸せそうな表情を浮かべて眠っている。
私は彼を起こさないよう、そっと部屋から抜け出した。
※
私はふとクロウたちが眠っている寝室へやってきていた。
クロウと従者たちは小さく寝息を立てて、布越しに身体を上下させている。
備え付けの机には飲み干されたポーションの小瓶が3本置いてあった。
あの後、アイゼンがちゃんと約束を守って患者に飲ましてくれていたのであろう。
私は少し安心し、クロウが眠るベッドの脇へ座る。
「……」
包帯ごしに大きく付いた青あざが見え、私は思わず息を飲む。
細かい切り傷や擦り傷も身体中至る所にあり、今までの彼の苦労を思い起こさせ、悲しくなる。
このまま守られるだけじゃ、駄目だ。
今度は私が……守る番だね。
クロウの痛ましくも精悍な顔つきを見つめつつ、私は心の中で決意を固める。
『……ケー』
外から声が聞こえた気がした。
私はまたモンスターが来たのかもしれないと思い、警戒し、耳を澄ませる。
『ダ……ケー』
ダケ……抱け?
私はその言葉の意味を考え込み、今の状況を鑑みて、顔を紅潮させた。
は、はぁ~~~????
何言ってんだぁぁぁあ!?
私は勢いのままに外へ走り、声の主のもとへと駆けていく。
「……」
外には誰もいなかった。
暗闇に目を凝らし、辺りを探るが、周囲は万全と星空と満月が輝くのみの、とても静かな夜であった。
一体誰がこんな素敵な夜に、卑猥な事を投げかけやがったんだ……。
そう思い、星空を見つめる。
何だかここに冒険してくるまでの前夜を思い出すなあ。
確かその日も綺麗な星空と満月の日だった。
……いや、待てよ。
ここに来るまで数日は経っているはずだ。
なのにずっと同じ満月っておかしくないか?
ここが異世界だとしても月の満ち欠けくらいはしているはず……。
小難しい事を考えつつ、満月を覗く。
満月は段々と形を変え、角が増えて、四角形になっていく。
うん、明らかに変だな。
それに……だんだんこっちに近づいてきているような……。
それが満月ではなく生物であることが確認できたのは、私の顔面にそれが激突してからだった。
『ヤット、ミツケター!』
私の視界は真っ黄色に染まり、訳も分からずにもだえ苦しむ。
「う、わあああ!?」
私はそれを力任せに引きはがし、目の前に投げ捨てる。
ふわっとその生物は宙に浮かび上がり、にっこりとした表情を浮かべた。
『ヤットダヨー!待チクタビレタヨー!』
黄色く発光する立方体の生物は踊るように私の周りをくるくると動き回る。
こいつって……もしかして妖精?
まさか前夜や儀式中に聞いた幻聴はこいつの仕業だったの?
『ソウダヨー!』
どうやら人の心が読めるタイプの妖精だ。
下手な事を思い浮かべる事すらできない。
私が怪訝そうにこちらを見ていると、彼?は自己紹介する。
『申シ遅レマシター!ボク、妖精ルーミィ!
聖女様ノ魔力ニヨッテ顕現シタ者デス!』
聖女の魔力によって顕現……だと?
あとそのカタカナ言葉やめて単純に読みづらいから。
『では普通の言葉に変えて説明しましょう。
ボクはルーミィ。代々聖女様が生まれた時に現れるとされる妖精。
我々は聖女様を導き、魔王を倒すという目標を達成するために存在する役目があります』
マジで急に切り替わった。
音声作品とかだときっとイケボになってたりするんだろうな。
……訳の分からないことを考えてないで、本題に戻ろう。
「えっと……ルーミィ?……なんで急に私の元に?」
『今まで語り掛けても無視してたからじゃないですか!ボクは聖女様に認知されないと姿を得ることが出来ないんです!もっと認知してください、ボクの事を!』
そんな不倫相手の隠し子みたいなこと急に言われても、妖精なんて本当にいるなんて思わなかったし。
たとえ何でもありの異世界とはいえ、当時の私はこんな奴の設定なんてしてないはずだぞ。
……本当にこの妖精は何者なんだ。
『ほっんとうに、聖女様があまりにも自由に動くから、いつまでもこの物語は進まないので困ってます!もうすぐ魔王が復活すると言うのに、こんな序盤の森でダラダラと過ごして!』
ダラダラって……失礼な。
色々苦難があった結果、今があるんだぞ。
私も数々のイベントがあったからこそ、聖女の力の使い方に目覚めたわけだし。
RPGとは元来そういうものだという認識なのだが。
『はぁ……まだその聖女の力が儀式由来だと思ってるんです?……まあそういう解釈で進めるのも悪くは無いでしょう。これから先の物語を円滑に進めてくれるなら何でもよろしいです』
……訳の分からないことを言ってくる妖精だ。
それに先ほどの発言も気になっている。
「おい、さっき私にクロウを抱けって言ったよね?
一体どういう意図で言ったのか教えてくれるかな?」
なるべく穏便に話すつもりだったが、語気の強さは抑えられなかった。
その様子を見たルーミィは気にする様子もなく、答える。
『そりゃ、物語のイベントを早めるのは悪くないかなーと思ったからですね』
「……どういう意味?」
私の疑問に、ルーミィは悪意のない声で続ける。
『だってこの森から帰った後、ドロシーとクロウは婚約して、結ばれる運命でしょう?
……あ、まさか…………覚えてなかった?』
特級の事実をぶつけられ、私は声にならない叫び声をあげた。




