砂上の王国
気が付くと、目の前に広大な砂原が広がっていた。
その見渡す限りの大自然は塵となり、容赦なく眼前に吹きすさぶ。
無慈悲な砂粒を退け、遠くを確認するが、植物一つ無い殺風景な景色が地平線まで広がっているだけだった。
「……」
執拗に太陽光が私の後頭部を焼いていく。
赤く火照った顔からは尋常ではない汗がしたたり、蒸発する音とともに大地に吸収されていく。
今の状況を一言で表すなら、……命の危機である。
……今なら干し海老の気持ちが分かる気がしてきた。
馬鹿みたいなことを考えている間にも刻一刻と自身の命が削れていくのが、ひしひしと焼けた素肌から伝わってくるのを感じた。
「何考えてんだ、小学生の頃のわたしーーーーー!」
私は精一杯力を振り絞り悲痛な叫び声を上げたが、その声を聞くものは誰もいなかった。
※
ごく一般的で模範的な社会人として、私は遅くまで残業し、確かに私は家に帰ったはず。
……しかし気が付けば、謎の光と共に異世界に飛ばされてしまっていた。
そしてその世界はかつて私が小学生の頃に作ったゲームである”シャイニングファンタジア”の世界だと確信する。
……どうしてすぐに分かったかですって?
【SHAING FANTAGIA】
♪ いかにもなクラシック調のオープニング曲も流れている
「タイトルが空にでかでかと映っているから!しかもスペルミスしてるし!恥ずかしい!早く消えなさい!」
私は虚空に手を振りながら過去の黒歴史に目を背ける。
この汗はきっと暑さだけのせいでは無いのだろう。
私は動けば動くほど、身体に疲労が溜まっていくのを感じ、諦め気味にその場にへたり込む。
「はぁ……これから一体どうしたら……」
何の意図があって小学生の頃の私はスタート地点を砂漠のど真ん中に設置したのだろう。
せめてオープニングくらいは作りこんでくださいよ、小学生の頃の私……。
♪クラシック調の音楽がペースを上げて盛り上がって来た
「うるさい!気が散る!」
「――――!」
私が空に向かって解決されることもない苦情を言っていると、唐突に地面は揺れ、それは段々と大きくなっていった。
「え、何事!?」
大地を揺るがす地鳴りが私の方へと向かってくるような感覚がしたかと思うと、目の前の大地がくりぬかれ、怪物が現れた。
それは体長数十メートルほどの細長い醜い化け物で、砂地にいるこういう奴は大体”サンドワーム”という名前だった気がすると、自分の中のファンタジー知識を総動員しつつ、その化け物を私の視線は捉えていた。
サンドワームも私の方向に向き直し、こちらを注視していた。
……私を明らかに捕食しようとしている。
か、観察なんてしている場合じゃない!
私は咄嗟のことで声が上げられず、その場で固まってしまい、腰が抜けて倒れ込んでしまった。
サンドワームは低い唸り声を上げながら、無造作に生えた鋭牙と共に大口を開けて、私に迫ってくる。
あ、死ぬわこれ。
私は目の前の突進する怪物から発せられる砂ぼこりを浴びながら自分の死を悟るも、生存本能なのか反射的に顔を背け、防御態勢を取っていた。
「――――!」
私の目の前に一瞬四角い物体が現れたかと思うと、サンドワームが弾き飛ばされていった。
訳も分からず、私はその光景を見ているだけだったが、その化け物は再び獲物を狙って、襲い掛かってくる様子だった。私は恐怖心が再び込み上げると、その場から逃げるために必死で立ち上がろうと、ふらふらと身体を揺らす。
その瞬間、
「危ない!」
凛々しい青年の声と共に、サンドワームに複数の投擲された槍が突き刺さった。
サンドワームの体表は槍によって突き破られ、体表から緑色の体液を吹き出し、つんのめってその巨体を大地に転がす。
突然の攻撃に驚いたのか、サンドワームは刺さった槍を振り払い、自身の頭部を大地に穿つとあっという間に砂の中に逃げていってしまった。
私は体液をもろに浴びつつ、怒涛の状況に硬直し、困惑しながらも、トカゲと馬が合体したような生物に騎乗する部隊に視線を送る。
すると、そのリーダー格であろう青年が気づき、近づいてきた。
「……聖女様、お怪我はございませんか?」
青年は私に優しく問いかけ、手を差し伸べる。
……は? ……聖女?それって私のこと?
私は一瞬聞き間違えたかと思ったが、彼のターバンの中に隠れた綺麗な黒髪と整った風貌がちらりと覗き、私は記憶の片隅にあった彼をかろうじで思い出す事が出来た。
「……ありがとう、クロウ」
それを聞いたクロウは私の近くまで寄り、誰にも気づかれないよう耳打ちする。
「外は危険だから近づくなとあれほど言っただろう……、お転婆なのは勝手だがもっと周りの事をだな……まあ、怪我が無ければそれでいい……立てるか?」
私はクロウが差し伸べた手を取るまでもなく、すくりと立ち上がる。
「本当に……クロウなの?」
「……?何を言っているの……でしょうか?……早く王都に戻る……戻りますよ」
雷槍のクロウ。
それは紛れもなく私が小学生の頃に作ったゲーム”シャイニングファンタジア”の主人公だった。
4月13日
クロウの見た目の設定を金髪から黒髪に変更しました。