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スケープゴートの子守歌  作者: ふとん
9/10

消失

 久々に我が家の台所に立つと、懐かしくなった。最近では教会の台所に立つことが多かったためだろうか。

 メテリアは、取り出したまな板の角が大きく切れているのに苦笑する。

「出刃包丁と間違えて、牛の解体用の包丁で野菜を切ろうとしたのよね」

「そんな恐ろしいことをしていたんだねぇ。ミス・メテリア」

 耳元で聞き慣れてしまった声を聞いて、メテリアは思わず包丁を逆手に掴んだ。

「……危ないじゃないですか」

 喉元に包丁の刃先を突きつけられて上向いているのは、案の定神父だ。

「……いつのまに入り込んだんですか?」

「ちゃんと呼び鈴を鳴らしたよ?」

 ぬけぬけと神父は笑う。

「それより、会ったのかい? ダイ君に」

「!」

 メテリアの手が滑って神父の白い首に包丁の刃先が当たった。

「当たってる、当たってる!」

 首の薄皮がうっすらと切れて、神父は慌てた様子でメテリアから放れた。

「ダイのこと……!」

「彼はダンピールだから。分化が起こったんだろう」

 神父は首をさすりながら、メテリアを見遣る。

「ダンピール? あの子が?」

「言ってなかったかなぁ。君の住所録には混血児の記載はなかったって」

「それはつまり……」

「あの子は母親が人間らしいね。でも彼の家族は母親にダイを捨てさせたらしいよ」

 よくあることだ、と言わんばかりに神父は肩を竦める。

「とりあえず、きちんと戸締まりしておけば大丈夫だよ」

「ちょっと待って。先天性の吸血鬼があんなに錯乱するなんて聞いたことないわよ!」

「ああ、あれはねぇ……」

 のんびりと神父が話し始めた矢先、大きな破裂音が台所中に響いた。

「あ、来たかな……」

「何が!」

 掴みかからんばかりに神父を睨むと、彼は明後日の方向を見遣った。

「ダイ君が、君を探しに」

「それを早く言いなさいよ!」

 メテリアは包丁を置いて、台所を飛び出した。

 屋敷というには小さいとはいえ、中央ホールに全ての部屋がつながっている。二階へ上がる階段の正面は正面出口で、今はその観音開きの戸が無惨にも壊されている。

「こんな……!」

 息を呑んだメテリアの耳に、二階から爆音が聞こえてきた。

「ヴェティルが……」

 二階の居間にはヴェティルが居るはずだ。メテリアは二階へと駆けだした。

 一カ所だけドアが壊されている。

 居間だ。

「ヴェティル!」

 部屋へ入ると、目も当てられないほどずたずたになっていた。

 骨董品のソファは無惨にも引き裂かれて、高級木材のテーブルはまっぷたつだ。その間を、少年とヴェティルが走り回っている。

 少年の腕は既にずたずたで、血がしたたり落ちている。それにも関わらず、彼はヴェティル目掛けて、狩りをする獣のような形相で血塗れの腕を振り下ろす。それをヴェティルが剣閃で弾きかえしている。

 メテリアが部屋へ入ろうと駆け出すと、ふいに肩を掴まれた。

「危ないよ。お姫様」

 神父が例のごとく飄々とした口調で部屋の中の二人を見遣る。

「どういうことなの? ダイはどうしたの!」

「笑い上戸とか、泣き上戸とか聞いたことあるだろ?」

 いったい今になって何の話をしようというのだ。訝るメテリアに神父は根気よく続けた。

「人の血は俺たちにとって酒と同じなんだ。飲み過ぎれば酔っぱらった状態になる」

「……だから、百歳以下は駄目?」

「そう。今の彼は、アルコール中毒を起こしたようなものさ」

 神父はあっさりと応えて、

「だから近づくと危ないよ」

「だからって、ヴェティルを見捨てろっていうの?」

 相手は子供であっても疲労感覚のない中毒者だ。ヴェティルが先に力尽きるのは目に見えている。

 メテリアは神父の手を振り払う。

「そこでアンタだけ見てなさいよ!」

 踵を返すと、部屋へ飛びこむ。

「メテリア様! お下がり下さい!」

 メテリアに気を一瞬取られたヴェティルが少年の豪腕に弾かれた。彼はその力に押されて、床に倒れ込む。

「そんな状態で人を気遣うのはやめなさい!」

 ヴェティルに駆け寄ると、メテリアは彼から剣を奪い取る。

「こんな剣、扱えないくせに持ち歩かないの!」

 メテリアは剣を構える。

 少年はメテリアをみとめて少し怯むが、すぐに狂気の激情の押し流されて、標的をメテリアに変えた。

 少年の動きは速い。

 その俊足に任せて、少年は両腕を振り上げる。メテリアはその瞬間を狙った。

「……ごめんね!」

 胴に剣の柄をたたき込んだ。少年はふいをつかれて動きを止め、そのまま床に倒れ込んだ。

 倒れてしまえば、少年はごく普通の子供に見える。

 メテリアは剣を握りなおした。

 今、ここで彼の首をはなてしまわなければ、少年は吸血鬼になる。

 剣を持つ手が震えた。

 暑くもないのに、頬を汗がつたう。

「お見事お見事」

 神父だ。

 彼はいつのまにか部屋に入ってきたかと思うと、少年を担ぎ上げた。

「この子は貰っていくよ」

「どうして……!」

「まだ小さいから、更生の道があるんだよ。知り合いに預けてくる」

「そんな、その子は……」

 神父は目を細めてメテリアを見遣る。

「一つ、教えておいてあげるよ。俺たちは吸血鬼なんかじゃない。君たちの遠い隣人だ」

「……それ……」

 メテリアの父が彼女に言い聞かせたことだ。

 彼等は、遠い隣人だ、と。







 それきり、神父は姿を消した。











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