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第5話 少年は語る

 客のまばらになり始めた船内レストランの一角で、空を飛ぶ少年、日野颯ひのはやてはようやく説得に応じて自分のことを話し始めた。


「えっと、何から話せばいいのでしょうか」

「そうですね……」


 色々聞きたいことはあったけれど、まずはなぜ少年があのような芸当をできたのかということを聞いておきたかった。


「日野君はどうゆう理屈で空を飛べるんですか?」

「理屈ですか……」


 腕を組んで悩み始めた少年の様子に、ひょっとしてなんとなく飛んでいるのではと想像した。

 しかし少年の口から出て来た内容はそんなものではなかった。


「僕は自分の身の回りの重力を操ることができるんです。論理的に何故重力を操れるのかは島の大人でも解明できていない七不思議の一つで、そのことについてそこまで説明できる力は僕には無いんです。すみません」


 重力を操作する理屈を上手く説明できなくて、少年は申し訳なさげに下を向いた。

 もしそれを説明することができたとしたら、人類にとって偉大な発見であろう。この目の前の朗らかな高校生に、私もそこまでの期待をしているわけでは無い。


「いえいえ、それだけ分かれば大したものです。ところで、もうちょっと日野君がどんな感覚で重力を操っているのか聞いていいですか?」


 今度は上手く説明できそうに思ったのか、少年は顔を上げて話し始めた。


「それなら説明できます。意識の先端の方向を決めると、いま足元に引っ張られている力の向きがそちらに変わるんです。つまり頭上に意識の方向を決めれば体は上に向かうというわけです」

「すごい。嘘みたいな話だけど、実際この目で見てますし、信じます。じゃあ日野君が決めた方向に落下していっている感覚ですか?」

「すごい。星野さん、そのとおりです。まさにそんな感覚です」


 うまく説明するのに歯痒さを感じていたみたいで、意外とすんなり理解を示した私に、少年はパッと笑顔を咲かせた。


「大した説明もしていないのに、僕の言いたいことを、あっという間に簡潔にまとめてくれましたね。いや恐れ入りました」


 褒められてなんだか嬉しくなった。

 当てにいって、たまたま正解しただけなのだが、少年は尊敬の眼差しをこちらに向けていた。

 気恥ずかしさの方が勝ってはいたが、褒められると悪い気はしないものだ。


「いえたまたまです。たまたまですよ。まあそんな気がしただけなんで、あまり褒めないで下さい」

「いえ、ちょっと触りの部分を話した途端、核心を突いてきた星野さんは流石です。一を聞いて十を知るというのはこういうことを言うのですね」

「いや、褒め過ぎですって。本当にたまたまなんですって」

「能ある鷹は何とやらですね。奢らず謙遜する奥ゆかしさに感服しました」

「もうやめてー」


 少年の話を聞きたいのに、いつの間にか自分がいい気分にさせられていた。

 こっぱずかしさを感じつつ、こちらに尊敬の視線を向けている少年に独特のやりにくさを感じた。

 目がキラキラしている。疑いを知らない眼というのは、差し詰めこんな感じなのだろう。


「私なんて全然。とにかく日野君の方がすごいです。なんだか難しそうなことを容易に扱っているみたいですし」

「僕のは大したことじゃないです。物心ついた時にはそうしてましたし」


 お互いに謙遜し合って、そこから話が進まなくなった。

 それと、なんだかやりにくい原因にまた気付かされた。

 会話の内容もそうだが、やはり話し方が問題なのだ。

 先ほど同級生なので気軽に話そうと提案したけれど、お互いにまだ他人行儀であった。

 なんとなく話し辛い感じなので、まずそこから崩していくべきかと考えた。とは言えども、普段話すことのない男子を前に、緊張しているのは間違いないので、まずは笑顔を作ることから始めてみた。


「へへへへ」

「あ、何か可笑しかったですか?」

「いえ、そうゆうんじゃなくて、和やかに話したいなって思いまして……」


 どうも埒が明かない。思い切ってここは壁を壊してみることにしよう。


「あのね、さっき、もうちょっと気軽に話そうって言ってたよね……」

「あ、そうでしたね」

「言葉遣いが綺麗なのはいいと思うけど、どうかな、その、と、友達だと思って自然に話したりしない?」


 言ってから顔が熱くなってきた。友達はあんまし多くない。というか滅茶滅茶少ない方だった。そして男子の友達なんて一度も出来たことは無かった。

 少年はびっくりしたような顔でこちらを見ていた。

 もしかしたら退いてる?

 私はやらかしたかもと内心青ざめた。


「あの、やっぱり今のは……」


 訂正しようとしたとき、少年が興奮気味に口を開いた。


「星野さんを友達だと思っていいってことは、友達になってくれるってこと?」

「え?」

「つまり僕を友達にしてもいいって思ってくれてるってこと?」


 少年の解釈にやや首をひねったものの、そこまで外れているわけでもなかった。

 ここは否定的な返答をするのではなく肯定すべきなのだろう。


「その……まあ、そうゆうことです……」

「やった!」


 少年はガッツポーズをした。


「生まれて初めて同級生の友達ができた」

「え、なに? そうなの?」

「うん。島には僕の学年は僕しかいないから」


 噛み締めるように感動している少年に戸惑いつつも、喜んでもらえたことについては私も歓迎していた。


「星野さん!」

「はい!」

「へへへへ」

「え? ひょっとして呼んでみただけ?」

「うん。へへへへ」


 ウキウキしだした少年にちょっと困りながらも、このとき私もちょっとした高揚感を覚えてしまっていた。

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