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第41話 空のポケット

「やったー!」


 大きな歓声が上がった管制室で、私と舞さんは手を取り合って喜び合った。


「やったやった。やっぱり私の弟は最高だわ。帰ったらいっぱい抱きしめてあげちゃう」

「舞さん、それ止めて下さい。彼、もう高校生なんですから」


 喜び合いながらも、この豊満ボディの姉に抱きしめられている日野君を想像して嫉妬した。

 私と舞さんが緊張から解放されている間も、通信は慌ただしく行われていた。少年が大仕事をこなしたことで、ようやく自分たちに仕事が回って来たのだ。


「ワイヤー巻き上げ完了。少年を回収後、けん引開始します」

「よし。頼んだぞ」

「長官、海上封鎖はどういたしますか?」

「そのまま封鎖しておけ。それと万が一に備えて救助艇はそのまま待機」

「了解」


 慌ただしくなり始めた管制室で、居心地の悪さを感じていると、先ほどの八代さんがやって来てぺこりと一礼した。


「日野颯君のお陰で、何とかオーバーソニックをけん引できそうです。空港に近づくまではけん引して、あとは滑空状態で着陸できますので、少し遅れますがセレモニーも出来るでしょう」

「セレモニーはするんですね」


 トラブルのせいだとはいえ、実際は自力で到達できなかった超音速旅客機を、もう私は全く凄いとは思えなかった。実際に凄かったのは乗客500人を救った少年なのだが、そのことが明るみになることは無いのだろう。


「あと一時間もかからずにオーバーソニックは到着しますよ。こちらにおられても慌ただしい所をお見せするだけですし、先ほどのラウンジに戻られますか?」


 すっかり忘れていたが、母と知里と四葉は、特に何も知らされていない状態で、あの見晴らしのいいラウンジでオーバーソニックの到着を待っているらしい。


「いいや、私はここに残るよ」


 そう答えたのはババ様だった。


「颯が戻ってくるまで、私はここを離れんよ。舞もそうだろ」

「ええ。勿論颯が帰ってくるまでここにいるつもりよ」


 日野君は今、輸送機に乗っている状態だ。何も無いとは思うが、ここにいれば何かあった時にすぐに知ることができる。知ったところで役に立てるわけでは無いのだけれど、私もここを離れることなど考えられなかった。


「私も、日野君が戻ってくるまでここにいます。もしかしたら彼から何か連絡があるかも知れないし」

「個人的な通信は出来ませんが……そうですか、ではそちらのテーブルに飲み物でも用意してきます」


 八代さんが部屋を出ていった後、ババ様は大きな窓から遠くの空にじっと目を向けていた。


「どうかしましたか?」


 その様子に何か違和感を感じて、私はそう尋ねてしまった。

 ババ様はそのまま遠い空に目を向け続ける。


「いえ、なんだか嫌な雲が出てきよりましたんでな」

「雨が降りそうということですか?」


 少し雲はあったが、窓の外は何の変哲もない夏らしい晴天だった。


「我々空を飛ぶ民は天候に関して敏感でしてね、天気図とかを読めるわけではありませんが、何かこう、感じるんですよ」

「それは何なんですか?」

「敢えて言うなら、そう、予兆といったものですかね」


 曖昧に話を終わらせたババ様だったが、このとき、私の胸の中にも、言い表すことの出来ない何かがあるのを感じていた。


「どうだえ? 舞も感じるかい?」

「ええ、何だか嫌な感じがするわ」


 舞さんもババ様と同じ空に目を向けて共感した。そして二人はお互いの顔を見て一つ頷いた。

 そしてババ様は、ちょっと待っていて下さいと言い残すと、舞さんを連れて管制室の中央へと行ってしまった。

 いったいあの二人は何をしようとしているのだろう。

 様子を窺っていると、いきなりババ様が何やら忙しそうにしている長官を捉まえた。


「颯と連絡を取っておくれ」

「え? あの、すみませんが個人的な通信は出来ないんです」


 先程父親から一喝されていた長官は、ババ様に詰め寄られて一瞬怯んだものの、そこは丁寧に断りを入れた。

 しかし、ババ様は一歩も退く気配がない。


「個人的な通信をする気はないよ。もしかしたら天候が急変するかも知れない。ここからだとはっきりしないから、現場にいる颯の意見が聞きたいんだ」

「天候に関しては、我々も随時チェックしています。データによれば、そこまで天候が乱れることはありません。ご心配なく」

「いいから颯と話をさせなさい!」


 99歳とは思えない物凄い声量だった。

 長官と言えども、ババ様から見れば、ひよっ子といったところなのだろう。

 ババ様に威厳も何もかもを吹き飛ばされて、長官は渋々輸送機C2と連絡を取った。


「こちら管制塔。日野颯君はそこにいるか?」

「いいえ、彼は格納庫の中で待機しています」

「連絡は付くか?」

「今は飛行時に耳につけていた通信機は外しています。こちらに上がってきてもらいますか?」

「通信機をもう一度つけてもらえ。少し話がある」

「了解しました。少しお待ちください」


 しばらくすると通信が繋がった。

 管制塔のスピーカーから日野君の声が聴こえて来た。


「何かお話があるみたいですけど?」

「颯、今お前のいるところから外が見えるか?」

「ババ様? いや格納庫なんで、外は見えない状態なんだ」


 ババ様は皴だらけの顔を少し険しくさせて、すぐにこれからの指示をした。


「颯、今すぐ操縦室に行って、進行方向の空に異変がないか確認しなさい。お前なら何かあれば気付けるはずだ」

「わかった」


 その緊急性を察して、日野君はすぐに行動を起こしたようだ。

 そして、しばらくして再び日野君から連絡が入った。


「ババ様。雲の感じと僕の感覚では、恐らくもうすぐ下降気流にこの輸送機は入る」

「そうか、回避は出来そうにないみたいだね」

「急激な旋回に後ろのオーバーソニックは付いてこれない。どうすればいい?」

「そうだね……」


 ババ様は一度目を瞑ったが、すぐに顔を上げた。


「長官、繋いであるワイヤーを切ることは出来るかい?」

「出来ますが、まさかご冗談でしょう」

「今すぐワイヤーを切りなさい。下手をしたら輸送機とオーバーソニックはぶつかるよ」

「まさか、今ここでワイヤーを切ったらオーバーソニックは空港までたどり着けずに海上に墜落してしまいます」

「今ワイヤーを切らないと、そこで墜落してしまうよ。輸送機ともどもね」


 最悪のシナリオを突き付けられて、長官は青ざめていた。

 ババ様の言っていることが真実であると、本能的に感じているのであろう。


「早くしな。タイムリミットが迫ってるよ」

「でも、いや、しかし……」


 決断を迫られた長官は、それ以上の言葉を失ってしまった。

 それはそうだろう。500人が乗った超音速旅客機を海上に墜落させるという決心が、そう簡単にできるわけがない。状況を先読みし、冷徹なまでの判断をしたババ様の方が異常なのだ。


「図体ばかりで役に立たない奴だね。もういい、颯、すぐに輸送機から飛び立ちなさい。下降気流に巻き込まれる前にオーバーソニックに取り付けたフックを外すんだ」

「わかった。やってみる」

「頼んだよ。颯」


 託すように少年の名を口にしたババ様の言葉には、切実なものが含まれていた。

 未曽有の大惨事がこれから起こるという恐怖に、少年はまた一人で抗おうとしている。

 少年の闘いはまだ終わっていなかった。

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