第38話 空を飛ぶ一族
案内されたのは管制塔の一角だった。
自衛隊の隊員らしき制服を着た者たちが、そこにあるモニターを見ながら慌ただしくお互いに何かやり取りをし続けている。
ただならぬその場の空気に呑まれてしまった私は、手招きしている人影を見て、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「颯、星野さん、こちらへ」
ババ様だった。その隣には舞さんもいる。
日野君が車椅子を押してくれていたので、おまけのように私も付いて来てしまった。そのことを後悔しつつ合流すると、深刻な表情のババ様は日野君に向かって口を開いた。
「颯、実はお前に頼みたいことがあってな」
「なに? ババ様」
質問を返した日野君を遮るように、八代さんは奥の部屋へと私たちを案内した。
そこには先ほどの山本喜三郎と名乗ったおじいさんと、口髭を結わえた貫禄のある、歳の頃六十歳くらいの男が席に着いており、物々しい空気の中、向かい合うように設けられた席に、六人ほどの自衛隊の幹部と思しき制服の男たちが座っていた。
いかにも会議中であったかのような雰囲気に、私は車椅子に乗ったまま小さくなった。
「長官、お連れしました」
「ご苦労。では皆、退席してくれ。今からこの方たちと大事な話があるんだ」
口髭を結わえた男がそう言うと、皆一様に席を立って部屋を出ていった。
長官と呼ばれていたこの口髭の男は、航空自衛隊のトップで間違いない。
「ご足労抱いて申し訳ない。わたくし航空自衛隊の長官を務めさせて頂いております山本新八と申します」
「長官殿、挨拶は飛ばして、用件をこの子に聞かせてやってください」
ババ様がそう言うと、長官はすぐに椅子を勧めて、日野君に今起こっている事態を簡潔に話し聞かせた。その内容があまりにも突飛過ぎて、そこに同席していた私の頭は文字通り真っ白になってしまった。
「こちらへ向かっていた超音速旅客機がトラブルに見舞われてしまいました。復旧の見込みはほぼありません」
その話を聞いて、日野君は驚きと同時に、困惑した顔を見せた。それが自分がここに呼ばれたことと、どう関係しているのか疑問であるといった様子だった。
長官は、困惑している様子の日野君を横目に、更なる危機的状況を説明し始めた。
「電気的トラブルにより、現在オーバーソニックはエンジンを停止しております。このままでは東京湾の海上に墜落してしまうでしょう」
「墜落って、まさかそんな……」
日野君は、今置かれている状況の深刻さに絶句してしまっていた。
長官はモニターに映し出されている地図に目をやって、その赤く点滅している場所を指さした。
「現在、東京の南東三百キロの地点で、オーバーソニックは徐々に高度を下げながら無動力で水平滑空を行っている状態です。機体が軽いお陰でまだしばらくは持つでしょうが、あと一時間もしないうちに失速して墜落するでしょう」
日野君は事の重大さを噛みしめるように、一つ確認をした。
「飛行機には、大勢人が乗っているんですよね」
「ええ、500人ほど。パニックに陥らないよう、今はトラブルが起こっていることは乗客に公表していません」
「どうして僕にこんな話を?」
長官は少し身を乗り出すと、机上に肘を乗せて、両手の指を絡ませた。
「飛行中の機体をどうこうするのはほぼ不可能なんですが、幸いなことにこのタイミングであの一族の方がいると父から聞かされましてね。旧空軍の極秘任務に就いていた空を飛ぶ一族。なんでも君は、今でも生身で空を飛ぶことができるとか」
日野君は隣にいるババ様に目をやった。どう答えていいのか判断できなかったのだろう。
躊躇う日野君の代わりにババ様が答えた。
「ここにおる颯は本物ですよ。お父上と一緒に長年任務に就いていた私が保証いたします」
「そうですか。では、ここで少し見せてもらえませんか、その特別な力とやらを」
長官の目には好奇心がありありと窺えた。その好奇な眼差しに晒された少年には迷いのようなものが感じられた。
「おまえ、失礼だろ」
ボソリと、それでいて、ずしりと重い鉄のようなひと言を言ったのは、同席していた長官の父、山本喜三郎だった。
皴深い目の奥にある鋭い眼光に、長官は言葉を失った。
「フサエさんが保証したんだ、それ以上もう何も必要あるまい」
「は、はい……そうですね……」
生唾を呑み込む音が聴こえてきそうなくらい、長官の喉ぼとけが上下した。
「くだらない話をしている場合じゃないだろ。お前がすることはたった一つだ。ただこの特別な力を持つ少年に救いを求める。それだけじゃないのか?」
「すみません。おっしゃる通りです」
額に脂汗を滲ませながら、長官は日野君に向き直ると深々と頭を下げた。
「どうかこの危機を救うため、力をお貸し頂けないだろうか。君だけがトラブルに見舞われた機体に乗る500人を救うことができるんだ」
そして日野君は私が想像したとおりの返事を返した。
「僕でお役に立てることがあるなら喜んで」
はっきりとそう言い切った彼の姿に、私はヒーローを見ていた。




