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第34話 ババ様の過去

 いわゆる高級住宅地と言える田園調布に、颯と四葉はババ様の御供として訪れていた。

 とはいっても、島から一歩も出たことの無かった颯と四葉は、ババ様が呼んだタクシーに乗って来ただけで、荷物持ち以外では何の役にも立っていなかった。

 どう見ても大豪邸であろう屋敷のインターフォンを、ババ様は骨ばった指でおもむろにグイと押した。

 インターフォンを押したことのない颯と四葉は、これから何が起こるのか興味津々で窺っている。


「はい。どなた様でしょうか」


 スピーカーから女の人の声が聴こえてきて、颯と四葉はビクッとなった。

 ババ様は落ち着いた様子で応対する。


「日野フサエと申します。山本喜三郎氏はご在宅ですかな」

「失礼ですが、ご用件は?」

「名前を告げてもらえれば分かります」

「お待ちください」


 ババ様は二人を振り返って、ニコリと笑った。


「心配せんでええ、昔馴染みを尋ねて来ただけだよ」


 暫くすると、大きな門が開いて杖を突いた老人が一人、介添えの四十代と思しき女の人と一緒に姿を見せた。

 頭頂部が禿げあがった白髪頭の老人は、皺に埋もれた眼を見開いてババ様の顔を凝視した。

 その表情には、まるで幽霊にでも遭遇してしまったかのような、畏怖のようなものが浮かんでいた。


「フサエさん、あなたなのか? まさか生きていなさったとは」

「あんたも、まだ生きてたんだねえ。お互いしぶといねえ」


 相当な期間会っていなかった感じの二人は、懐かしそうに冗談交じりの会話を交わした。どうやらかなり親睦があった仲のようだ。

 邸内に招き入れられて応接室に通された後、先ほどの介添えの女性が氷の入った緑茶を運んできた。

 程よく冷房の効いた部屋で、大きなテーブルを挟んで向かい合った老人は、一口緑茶を口に含んだ後、静かに口を開いた。


「半世紀ぶりくらいですかな」

「そうさね、もうそれぐらい経つかね」


 ババ様はグラスに口を付けてそう応えた。


「そちらの可愛いお二人は、ご血縁の方でしょうか?」

「ああ、二人とも島の子供だけど、血が繋がっているのはこの颯だけだよ。娘の方は牧村四葉と言って、私の付き添いで来ただけさ」


 ババ様が二人を紹介すると、老人も簡単な自己紹介をしてくれた。


「私は山本喜三郎と言います。フサエさんとは昔一緒に仕事をしていた仲でね、当時は本当にお世話になったものです」

「病院関係ということですか?」


 曖昧な老人の口調に、颯はそう聞き返した。


「そうですな。フサエさんは東京大学の病院で院長を務めておりましたな。私が言う仕事とはそっちの方ではなく、もう一つの方でして……」


 老人は話していいものかどうかを窺うように、ババ様に目配せをした。

 ババ様が小さく頷くと、老人は話を再開した。


「私は元軍人なんです。今は自衛隊となっている組織の、当時空軍と呼ばれていた組織に在籍していました。私はそこで戦闘機の性能強化を担当し、その開発に携わっておりました。戦争が終わって、もう七十年以上経ちますが、フサエさんは一時期、戦闘機の技術革新に軍の要請で力を貸してくれていたのです」


 そこから老人は長い話を若い二人にしたのだった。

 それは第二次世界大戦と呼ばれる大きな戦争の時代に、実際に彼が体験したことだった。

 戦火が日増しに激しさを増していったその当時、戦局が猫の目のように目まぐるしく変化していくなかで、次第に海を制する者が覇者となるといった考え方が廃れ始めた。

 やがて時代は空の時代へと向かい、戦艦は戦闘機を満載するための空母へと取って代わった。

 世界が空の覇者を目指していた頃、日本では海軍将校を中心に、絶対的な戦艦信仰がまだ根強く残っていた。

 海軍と空軍の関係性に問題があった当時、戦艦を信仰する海軍に協調することなく、空軍は戦闘機の性能を飛躍的に高めることに心血を注ぎ、試験飛行を繰り返していた。

 資源の豊富な大国とは違い、空軍の所有する戦闘機を一機たりとも無駄にできない状況下で、空を飛ぶ人間の存在が脚光を浴びることになった。

 当時、島には三人の飛行できる若者がいた。

 空軍の開発する戦闘機は、飛行テストで何度もトラブルに見舞われて墜落し、機体もパイロットも消耗品のように壊れるアクシデントが日常茶飯事だった。

 しかし空を飛ぶ若者が空軍に配属されて、それが激減した。

 飛行中に墜落する原因は殆どがエンジントラブルによるものだった。

 空を飛ぶ者たちは、エンジンが停止してしまった機体の前を飛行し、そこで独特の重力の幕を形成し、機体とパイロットを着陸地点まで誘導した。

 空中分解する機体に関してはどうしようもなかったが、貴重な機体とパイロットを失うことなく、日本製の戦闘機は飛躍的に性能を高めることに成功したのだった。

 長い長い話を終えて、老人は氷の溶け切った緑茶を大きな喉ぼとけを動かしてグッと呑み込んだ。


「懐かしいねえ」


 そう呟いたババ様も、一口グラスにまた口を付けた。


「颯、四葉、この話は他の者には黙っていておくれ」


 ババ様は皺だらけの手でグラスを手にしたまま、さらにつけ加えた。


「でも、今聞いたことは決して忘れないでおくれ」


 歴史の陰に葬られた、決して明るみになることの無い事実。

 ババ様は当事者の老人の口からそれを聞かせるために、わざわざ二人を連れてここへ足を運んだのだろう。

 大きな窓から見渡せる広い庭園から、蝉の声が聴こえてくる。

 言葉も無く目を閉じたババ様の横顔は、するべきことをひとつ終えたような、そんな安堵感が浮かんでいた。


 懐かしい再会を終えて席を立とうとしたとき、介添え人の女性が電話を片手に部屋へ入ってきた。


「旦那様、お電話でございます」


 同じように席を立ちかけていた老人は、面倒くさげに電話を受け取ると、先にひとこと断りを入れた。


「すみません。どうやら息子みたいです」

「ええ、お出になって」


 その場で電話に出た老人は、相手の話を聞きながら何度か相槌を打っていた。

 五分程度で通話を終えて、老人はそのまま席を立つことなく、さっきまでとは違う話を始めた。


「フサエさん、いつまでこちらに滞在される予定ですかな?」

「あなたにも会えたことだし、まあ、あと二三日って、ところだね」

「今週末までこちらにおられては如何ですか? お招きしたいショーがあるんです」

「ショー? 演劇はあまり……」


 断ろうとしたババ様に、老人は首を横に振って、なにか勿体をつけるような仕草をした。


「ええ、知ってますよ。フサエさんがそっちに興味の無いことくらい」

「ほう、では何のショーですかな?」

「オーバーソニック。聞いたことはありませんか?」


 そのひと言に、ババ様だけではなく、颯と四葉も敏感に反応した。


「勿論ありますよ。あれだけ世間を騒がせている話題の超音速旅客機ですもの」

「これは失礼しました。どうです、フサエさん、それを実際に見てみたくないですか?」

「ほう、面白そうですね」


 ババ様が関心を示すことを確信していたかのように、それから老人は詳細を聞かせた。


「今週末、オーバーソニックはロスから東京までの処女飛行を行います。通常十二時間かかるところを、オーバーソニックは約半分の六時間半で飛行する予定です。うちの息子は私と同じ道を選んで、今は航空自衛隊で指揮を執っておりましてな、今回、式典を盛り上げるためにブルーインパルスを飛ばすそうです。それで羽田に私のために最も見晴らしのいい席を用意してくれたみたいなんですよ」

「そうですか、なかなかいい息子さんをお持ちですね」

「冥途の土産にって感じですよ。どうですか? そちらのお二人を連れて私と観に行きませんか?」


 その提案にババ様の食指が動いたのは間違いない。しかし、颯と四葉はそれどころではなかった。


「ババ様、行くよね。絶対行くよね」


 四葉がババ様の骨ばった肩を掴んでグイグイ揺すり出す。

 ババ様は二人の好奇心に応えるように、その提案を受けたのだった。

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