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第32話 嘘と真実

 東京見物終えた日野君たちを車に乗せて、母はそのまま都内のホテルへと向かった。

 今日はババ様と四葉は都内のホテルらしい。そして日野君もホテルに一泊することになった。なんでも今までホテルに泊まった経験がないということで、じゃあ一泊してみなさいとなったのだった。

 宿泊先のレストランで皆で夕食をとった後、ババ様がいるとはいえ、四葉は大喜びで日野君と一緒にホテルの部屋へと向かって行った。

 対抗心をあからさまに見せつつ、勝ち誇ったような顔で去って行った娘に、私はかなりモヤモヤしてしまった。つまるところ、私も彼女に対して嫉妬してしまっているということだった。

 しかし一方で、この流れになったことに私は安堵していた。

 明日の日曜日、私はまた、舞さんの治療を受けるために病院へ行かなければいけない。

 母には、私がリハビリを再開したというのは、内緒にしておいてと頼んでおいた。

 私の気持ちを察してくれた母は、黙っておくからと約束してくれた。

 ただのリハビリと母に嘘をついていることが辛かった。

 本当は明日、腰の神経を解していくという、未知の治療を受ける。

 いったい自分はどうなってしまうのだろうか。

 殆ど感覚の無い腰から下の感覚を、完全に喪失してしまわないだろうか。

 言いようの無い不安感にさいなまれながら、私は願うのだ。

 彼と並んで歩きたい。

 そんな夢を呪文のように呟きながら、長くて短い一日を終え、私は眠りについた。


 そして治療の日が来た。

 病院に着くと、白衣を着た舞さんが私を迎えてくれた。

 何も知らない母が、笑顔で挨拶する。


「娘をよろしくお願いします」

「はい。では今日は一時間半から二時間程度お待ちください」


 軽く母に手を振って、私はロビーを離れた。

 舞さんは私の車椅子を押しながら、落ち着いた声で話しかけてきた。


「先週言ったけれど、今日は神経を触っていくわね」

「はい……」

「緊張しているみたいね。大丈夫よ。私を信じなさい」

「はい。お願いします……」


 先週とは違う部屋。心電図の他にまた別のモニターがある。

 私はまた硬めの診察台にうつぶせに寝かされ、下着をずり降ろされた状態になった。

 そして舞さんの手が私の腰骨に触れた。


「さあ始めましょうか」

「お願いします……」


 舞さんの冷たい指が、患部を探る様に、皮膚の上ををなぞっていく。

 ひやりとしたその感覚に、鳥肌が立っていくのを私は感じていた。

 その時だった。


 ドンドンドン!


 部屋の扉が激しく叩かれた。

 舞さんは手を止めて、扉の向こうの誰かを睨みつけるように鋭い目を向けた。

 そのままドアの近くまで行った舞さんは、扉の向こうの誰かにイライラしたような口調で対応した。


「今、手が離せないの。用件があるなら、ナースに伝言しておいて」

「いいから開けなさい」


 返って来たその声に、舞さんは明らかにうろたえた表情を見せた。

 そして私もその声の主が誰であるかすぐに分かった。

 少ししわがれたその声は、ババ様のものだった。

 私は慌ててずり下げられた下着を上げた。


「ババ様……どうして……」

「舞。ここを開けなさい」

「いやよ。今患者を治療中なの。邪魔しないで!」

「開ける気はないんだね、じゃあ、勝手に開けさせてもらうよ」


 力を使ったのだろう。ババ様の言葉通り、扉はすぐに開いた。

 そこにはババ様と日野君が立っていた。

 そしてババ様より先に日野君が中に入って来た。


「お姉ちゃん、なんてことを……」


 日野君は見たことも無いような顔で、姉と向かい合った。

 普段穏やかな彼の顔は、怒りに溢れていた。

 その怒りの激しさを直視できず、舞さんは目を逸らした。

 日野君はそのまま診察台の私の傍へ来て、やや目を伏せたまま尋ねた。


「大丈夫かい?」

「え? うん……」


 まだショートパンツを上げ切れていなかった私は、下着丸出しだった。

 顔から火が出そうになりながら服を直す。


「ごめんね。事情はあとで話すから取り合えずここを出よう」

「うん……」


 そして私は日野君に抱えられ部屋を後にした。

 一体何が起こったのか分からないまま、私は彼に下着を見られてしまった羞恥心で、消えてしまいたい気持ちになっていた。


 病院の使用されていない一室で、私はババ様とテーブルを挟む形で向かい合っていた。ババ様の隣には大人しくなった舞さんがいて、日野君は私の隣に座って静かな目を姉に向けていた。

 まず、事情を全く把握できていない私に向かって、ババ様は口を開いた。


「ごめんなさいね。びっくりさせてしまって。でも間にあって良かった」

「間に合ってって?」

「舞の行おうとしていたことについてです。今回のこと、私の方からあなたに謝罪しないとなりません。本当にすみませんでした」

「謝るって、舞さんは私の脚を治そうとして……」

「それが、いけないことなんです」


 そしてババ様は、黙り込んだ舞さんに代わって、ありのままを話したのだった。


「あなたにはすべてを話しておきます。まずはあなたに施そうとした治療に関することの前に、我々のことについてお話しします。颯から聞いていなさるかも知れませんが、我々の島の民は皆、大なり小なり能力者なんです。でも、この能力にはある代償がありましてな」

「代償って?」

「我々の島の民は何故か男だけが短命なのです。女は逆に長生きで、このババのように一世紀近く生きている者も数人いるのです。そして統計では、能力の高い男ほど短命であることが分かってましてな。それは颯にも当てはまるんですよ……」


 淡々と説明しだしたババ様の言葉を、すぐに私は聞き返した。


「日野君はあまり長生きできないってことですか?」

「島の男たちの平均年齢はだいたい四十歳。しかし颯はそんなに生きられないでしょう。今の島民は昔に比べて衰退し、能力を持っている者のほとんどが掌に載せた物を軽くする程度の力しかありません。その中で颯は先祖返りのように、生まれながらにして空を飛ぶ能力を身につけていた。颯は恐らく島の歴史上もっともすぐれた能力者であると私は考えております。強力な力を持つこの子は、恐らくその力の強さに比例して短命だと推測できます。古い文献では、かつて空を飛んでいた者は、二十歳まで生きられなかったと記載されておりました」


 あまりにその話が衝撃的すぎて私は言葉を失っていた。それが事実なら、彼の寿命はそんなにないということになる。


「現代の医療で何とかならないのですか? 日野君が、そんな……」


 冷静さを失いつつある私に、日野君は何も言わず、落ち着いた感じで私の肩に手を置いた。


「舞と颯の亡くなった両親は、飛行能力者の男子が短命である理由を解明しようと研究していました。そして颯が産まれて、飛行能力を持っていることを知った母親は息子を助けようと、さらに研究に没頭したのです」


 ババ様は、一度コップの水に口をつけてからまた話し出す。


「無理がたたったんでしょう、この子たちの母親は道半ばで若くして亡くなりました。それからその時十五歳だった舞は、両親の後を引き継ぐと言って弟を生き永らえさせる研究に没頭しました。そして、両親の研究成果と、最先端の医療、そして自分の特殊な能力を使って舞は行動を起こそうとしていた。あなたを実験台にして」

「実験台って……」


 私はその言葉を聞いて愕然となった。


「そうなんでしょう。舞」


 舞さんは、私の方を見ずに大きく息を吐きだした。


「そうよ。ババ様の言うとおりよ」


 ようやく口を開いた舞さんが、今度はババ様に代わって語り始めた。


「私は颯を治療するために医者になった。弟を治療するために、練習台として死体で実験したり、生きた動物に重力操作を試みたことだってあったわ。何もしないで手をこまねいているババ様とは違ってね」


 舞さんの目は静かな苛立ちを見せていた。


「最先端の検査装置で、私は今まで解明されていなかった脳内のある部分に、特殊な形状の腫瘍があることを発見したの。これは仮説だけれど、恐らく、我々の祖先はあの島で何らかのウイルスに感染したのだと思われる。そのウイルスが子供にも受け継がれ、幼い脳の中枢部に住み着いて特殊な能力を引き出しているのだと私は推測したの」


 舞さんは手元にあったファイルを机の上に置いた。


「ババ様ならこれを見れば分かる筈よ。私は半年に一度CTスキャンとMRI検査をして自分の脳の状態を確認するようにしているけど、私の脳内にもこういった腫瘍があるものの、この六年間全く変化していない。つまり、変化を起こさせるウイルスは死滅してしまっていると考えられる。それでも私がこうして能力を保持しているのは恐らく脳内にもうその仕組みが出来上がっているから」


 ババ様はファイルに目をとおし一度頷いて見せた。


「ふむ、あんたの言うとおりだね」

「恐らく、女性に関しては成長期に出るホルモンやたんぱく質の影響でウイルスは自然に死滅してしまうのだと考えていい。しかし颯の脳内にあるウイルスは今も活性化していて、肥大した腫瘍を取り除かなければどうにもならない状態なの。颯が来てすぐに私はこの子の検査をしたわ。映像では確認できなかったけれど、颯はあるたんぱく質の数値が異様に高い。私のそれと比べると二倍くらいの数値だった。今のまま放置すればそのうちに脳内の一部分が崩壊してしまう」


 舞さんの話を日野君は落ち着いて聞いていた。

 黙って私の肩に手を置く様子に、彼が全てを知っていたのだということを私は知った。

 冷静さを失ってしまったのは、きっと私だけだった。


「そんな……今の医療技術で何とかならないんですか」

「現代の医療技術でも、メスを入れることの出来ない場所に腫瘍はあってね。もし外科的手術をすれば、弟はほぼ100パーセント死んでしまうでしょう。リスクを冒す値打ちは全くないと私は考えているわ」

「じゃあどうすれば、舞さんならなんとかできるんですか?」

「できる。と言いたいところだけれど、可能性があるとだけ言っておくわ。肥大化した腫瘍に癒着している神経を傷つけないように引き剥がし、そのうえで腫瘍を重力の膜で覆ってから粉砕する。そして再発しないように特殊なたんぱく質を投与する。私はそれをやってのけるつもりよ」


 そう言った舞さんには、いつも見せるような自信は感じられなかった。


「でも今の私では確実に弟を救えるか分からない。そこで少しでも可能性を上げるために、星野さんに話を持ち掛けた。星野さんの脚は恐らく神経系の障害で動かなくなっているはず。かなり繊細な場所だけど、私の遠隔重力操作で治療すれば、上手くいけば改善する可能性がある。弟の脳神経の複雑さとは比べ物にならないけれど、実際の生きた人体内部を重力操作で手術する感覚をつかみたい。そう考えたの」

「そういう理由があったんですか……私は練習台だったと……」

「そう受け止めてもらっても構わないわ。実際私のしようとしていたことはそういうことなのだから」


 弟を救おうとしているこの姉は、非情とも思える言葉を私に言ったあと席を立った。


「でも、あなたの脚を治そうとしていたのは嘘では無いわ。今更って思われるかも知れないけれど」


 このとき、私は舞さんが私にしようとしていたことよりも、これから舞さんが弟にしようとしていることに、ゾクリと身を震わせたのだった。

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