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第29話 予期せぬ遭遇

 予想外のことが起ったのは、二人がマンションについた時だった。

 マンションの前に植樹されているヤマボウシの樹の下ベンチに、かなり高齢のおばあさんと、中学生くらいの女の子が座っている。

 その二人を目にした日野君はどういうわけか、車椅子を押す手を止めた。


「まさか、ありえない。いやでも……」

「どうしたの日野君?」


 何故か動揺している感じの日野君を私は振り返った。

 二人に視線を向けたまま、彼の目は大きく見開かれ、まざまざと驚嘆の表情を浮かべていた。


「あーっ!」


 大きな声を上げたのは、ベンチに座っていたツインテール女の子だった。

 白を基調にした花柄のワンピースを着たその女の子は、こちらを指さして立ち上がると、勢いよく走って来た。

 猛烈なダッシュで駆けてくる女の子にビビった私は、思わず上ずった声を上げていた。


「ひ、日野君、なんだかこっちに来たよ!」

「そ、そうみたいだね」


 真っすぐぶつかって来そうな勢いの女の子は、そのまま私の脇を素通りした。


「はやてー!」


 大きな良く通る声で日野君の名を呼んだ女の子は、振り返った私の目の前で日野君の胸に飛び込んでいた。


 えーーーーっ!


 声には出さなかったが、まずその衝撃的な光景に度肝を抜かれ、そのあと猛烈な嫉妬心に襲われた。


 なによ! その女は!


 これも口には出さなかったが、彼を抱擁し続ける女の子と、されるがままの日野君に怒り心頭だった。

 しばらくしてようやく落ち着いたのか、日野君が女の子を引き剥がした。


四葉よつは、どうしてここに?」


 その言葉でツインテールの女の子が、日野君の話に出て来た娘であることが分かった。

 ここに彼女がいるということは、島からはるばるやって来たということになる。それで日野君はあり得ないものを見たような顔をしていたのだ。

 なるほど、この子が日野君が前に言ってた娘か。しょっちゅう日野君の家に上がり込んでご飯を食べているという噂の……。

 妙に親密そうな二人に、私は頭に血を上らせつつ、今は落ち着こうと深呼吸した。

 観察してみるとツインテールの女の子は目鼻立ちがはっきりしていて、眉毛が少しクイと上がっていた。見た感じなんとなく勝気な印象だ。

 そして内側からたぎる様にエネルギーが溢れ出している。そんな雰囲気の快活な女の子だった。

 女の子は凝視している私にお構いなく、また日野君にくっついて甘えた声を出した。


「だって颯が心配で、居ても立ってもいられなくって迎えに来たんだよ」

「え? そうなの? いったいどうなってるんだ……」


 かなり険しい顔のまま、日野君は日陰のベンチに座る一見おおよそ八十歳くらいに見えるおばあさんの前まで車椅子を進めた。

 おばあさんは、ゆっくりと腰を上げると私に会釈した。


「あなたが颯を助けて下さった方かしら?」

「あ、はい。というか助けられたのは私というか……」


 戸惑う私に、日野君が紹介を兼ねて説明した。


「星野さん、この人がババ様だよ。それと幼馴染の牧村四葉。ババ様、この人が僕の恩人の星野紗月さんなんだ」


 簡単に紹介されて、前からどんな人なのか興味のあったババ様が目の前にいることを知った。

 開いているのかそうでないのか、判別しにくい細い目をこちらに向けている。

 皴は多いけど、肌には艶がある。少年からほぼ一世紀生きてると聞かされていたが、そう考えると若々しく見えた。


「あ、あの私、星野紗月と申します。おばあ様のお噂は日野君から聞いています」

「そうですか。わたくし日野フサエと申します。颯のこと本当にありがとうございました。何日も泊めて頂いたみたいで、紗月さんやお母様に色々とご面倒をお掛けしたのではないですか?」


 うやうやしく頭を下げたババ様にそう言われ、ただ恐縮するしかなかった。


「いえ、面倒なんて、こちらこそ溺れているところを日野君に助けて頂いて、本当に感謝してるんです」

「ほう、それは手紙に書いておらなんだな……」


 日野君はババ様に宛てた手紙の内容をある程度省略していたようだ。恐らく彼は、能力に関することを他人に知られている事実を隠したかったに違いない。

 ババ様は、細い目を頑張って見開いて、瞼の奥の薄茶色の瞳を私に向けた。


「どのような状況でしたかな? 颯に助けられた時というのは」


 明らかに私がどこまで知っているのかを探っている感じがした。

 どう応えたらいいか考えていると、日野君が口を開いた。


「それは僕から話すよ」


 日野君はあの日、湖で起ったことを、偽ることなくババ様に聞かせた。

 ババ様はただ黙って日野君の話に耳を傾けていた。


「それから僕が途方に暮れていた時に、星野さんから声を掛けてくれて、ずっと手助けしてくれていたんだ」

「そうだったのかえ、ようわかったよ。でも紗月さんが無事で良かった」


 そう言ってもらえたものの、ババ様は日野君の秘密を他人に知られてしまったことを憂慮しているように見えた。


「星野さん」

「はい」

「勝手な言い草かとお思いになられるでしょうが、このことは口外しないで頂けないでしょうか。この子を守るためにも」

「はい。勿論です。誰にも話したりしません」


 ババ様はようやく安堵した様子で、薄茶色の瞳を閉じて何度か頷いた。


「そうですか。あなたを信用していますよ。颯があなたを信頼しているように」

「はい。その信頼に必ずこたえます」


 日野君が私を信頼してくれているのだとババ様も認めてくれている。そう思うとなんだか嬉しかった。

 そしてババ様は、当然気にかかっているであろうことを尋ねてきた。


「それで、お母様はこのことをご存じなのでしょうか?」

「母は何も知りません。私だけです」

「そうですか。ではすみませんが、お母様にはこのまま内緒にしておいてもらいたいのですが」

「はい。その方がいいですよね。このまま内緒にしておきます」


 日野君の秘密についての話を終えて、今度は日野君の方からババ様に質問を投げかけた。


「それでババ様、どうして来たの? こんなところまで」

「ああ、手紙をもらってから、颯が困ってると知って手紙とお金を送っただろ。多分舞には会えたんだろうけど、それからなんも便りが無いんで、またなんかあったんかと心配してな」

「え? お姉ちゃんから電話無かった? 連絡しとくって言ってたけど」

「舞は私には電話一本寄こさん。帰って来るのかはっきりせんので、こうして迎えに来たんだよ」

「そうだったのか……」


 話を聞く限り、どうやら舞さんとババ様の間には相当な確執が存在してそうだ。

 こうしていきなり現れた珍客に戸惑いつつ、私はまた謎の島からきた不思議な人々に翻弄されてゆくのだった。

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