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第25話 治療の始まり

 日野君の姉、舞さんから電話がかかって来た時、もしかすると日野君がお忍びでここに来たのが露見したのかと冷や冷やした。

 しかしそのことには全く触れず、私の治療方針が決定したという知らせだけだった。

 そして日曜日から週一回で治療を進めていこうと言われ、私は不安と期待に揺れながら、承諾したのだった。


 日曜日の朝から母に送ってもらい、病院の入り口をくぐったところで舞さんは私を待っていた。


「よく来てくれたわね。早速始めましょうか」

「はい。よろしくお願いします」

「お母様、リハビリは大体一時間程度になります。一時間後にまたこちらのロビーにお越しください」

「わかりました。娘をよろしくお願いします」

「はい。お任せください」


 舞さんは母を安心させるように笑顔を見せたあと、私の車椅子を押して広いロビーを後にした。

 通された部屋にはベッドと心電図のモニターがあり、私は舞さんに軽々と抱えられてベッドにうつぶせに寝かされた。

 服をめくり上げられ、ショートパンツをずらされたあと、下着も同じようにずらされてお尻が丸出しになった。

 仕方ないのだろうが、相当恥ずかしかった。


 心電図モニターで状態を見ながら、舞さんは私の腰椎にそっと手を当てた。


「これから遠隔重力操作による治療を行っていくわ。かなり精密な作業だから、動かないように気を付けて」

「はい。分りました」

「もし痛みを感じたら言ってね。じゃあ始めるわよ」


 そして舞さんは私の腰骨に手を当てたまま集中し始めた。

 痛みは無かった。

 時折腰のあたりに圧迫感を感じ、足先にピリピリするような感覚が起こった。

 今は不確かな足先の感覚が、時折閃光のように蘇る。そんな不思議な感覚だった。

 目に見える治療は何も行っていないものの、遠隔で重力を操る舞さんが繊細な作業をしていることは感じ取れた。

 時折休憩を挟みながら、舞さんは約一時間、私の腰椎に手を当て続けた。

 そして舞さんは、ようやく手を放して、額の汗を拭った。


「どう?」

「え? ええと……」


 相変わらず足にはあまり感覚は無い。感想を求められて何を言えばいいのか出てこなかった。


「あの、時々ピリピリしてました。痛くは無かったです」

「そう、それでいいわ。変形した腰椎を少しだけ広げて、あと椎間板の変形も改善しておいた。神経の束をほぐすのは次回以降。今日はここまでよ」

「あの、来週ってもうお盆休みじゃないんですか?」

「ああ、弟と一緒に島に帰る件ね。それなら日曜日の夜に帰ることにしたわ。その方が空いてるから。だから予定通り病院に来てね」

「はい。ありがとうございました」


 ようやく丸出しだったお尻を下着で隠し、服を治せてほっとした。

 人前で一時間近くお尻を出していたかと思うと、かなり恥ずかしかった。

 日曜日の夜に日野君は帰ってしまう。それまでに一昨日のように一度は会えるだろう。

 車椅子に乗せてもらってから、私は舞さんに日野君のことをそれとなく聞いた。


「日野君って今どうしてますか?」

「あの子はほとんど家にいるわ。私は仕事だし、一人で出かけさせたら危なっかしくって。わかるでしょ」

「そうですよね」


 舞さんが言おうとしていることは、私には良く分かった。人を疑うことを知らない純朴過ぎる少年だ。都会に放り出してしまえば何が起こるか分からない。そしてうっかり人前で能力を使いかねないといった不安もあるのだろう。

 ここで私は気になっていたことを確認しておいた。

 

「金曜日って日野君って何してました?」

「金曜日? どうしてそんなこと聞くの?」

「いや、まあなんとなく……」


 サークル活動のあったあの日、日野君はいきなり現れた。空を飛んでやって来たことをお姉さんに知られていないか確認したかったのだ。


「金曜日は私がここに来てたから、颯は家でずっと動物のビデオを観ていたはずよ」

「動物のビデオですか……」


 弟が都会に来てもなお、姉は徹底的に情報封鎖を頑張っている。

 弟の純朴さを守るために何でもしそうな人だった。

 それでも一応、話の感じで、舞さんには日野君が私の所に来たことを知られていないのが分かった。


「あの子ホント世間知らずなの。だからね。颯は私がちゃんと守ってあげないといけないの。一人じゃ何にもできない子だから姉の私が、色々面倒見てあげないと。ご飯を食べさしてあげたり、添い寝してあげたり、お風呂に入れてあげたり……」

「ちょっと待ってください!」

「え?」

「聞き間違いかと思いますけど、添い寝がどうとか、お風呂がどうとか今言いませんでした?」

「言ったけど、それが何?」


 前にも感じたが、この姉は弟を寵愛している。確かに日野君はキュートだ。私だってホントはギューッと抱きしめたい。しかしこの姉、どの程度のブラコンなのだろうか。


「えっと舞さん、日野君とは一緒に寝ているわけでは無いですよね。部屋は一緒かもですけど布団は別々ですよね……」

「え? 一緒よ。だってベッド一つしかないし」


 えーーーー!


 声には出さなかったが、びっくりしすぎて心の中で叫んだ。

 はっきり言って舞さんは胸が平均よりもかなり大きい。同じベッドで寝てるとしたら色々当たったりしてるのではなかろうか。


「それって、どうなんですかね。もう彼も高校生ですし、いくらお姉さんだからって……」

「島を出る前まで、颯ったらすぐに私の布団に潜り込んできてたのよ。今更恥ずかしがることもないと思うけど」


 誰が見ても舞さんは妙に色っぽい。姉とはいえ、大人の色香に誘われて日野君が変なことになったりしないだろうか。


「それって、日野君がまだ小学生の時でしょ。やめてください」

「どうして? 妙に食いついてくるわね。姉弟って普通そんなものよ」


 いいや、絶対違う。この人は絶対健全じゃないイレギュラーだ。


「それと、お風呂に入れてあげてるって、まさか一緒に入ったりなんかしてませんよね」


 いくら姉とはいえ、女性の裸を、ましてや豊満な果実に生で迫って来られたら、いくら真面目な日野君でも、危ないのではないのだろうか。

 私の追及に、舞さんは笑って手を振って見せた。


「やあね、そんなわけないじゃない」

「あ、そうですよね。そんなわけないですよね」


 そこは常識的みたいだ。私は心底ほっとした。


「研修医の寮はお風呂がちっさくって、湯船に二人はきついのよ。体を洗ってあげてるだけだよ」

「何してるんですか!」


 やっぱりやってた。隙を見せたのを反省した。


「ひ、日野君は高校生なんです。お姉さんは節度をわきまえてください!」

「え? 島を出る前はよく一緒にお風呂に入ったわよ」

「だからその時は小学生だったじゃない!」


 最初の治療の日。結局ブラコンの姉の話を最後にがっつり聞いてしまい、私は悶々とした気分で病院をあとにしたのだった。

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