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第14話 恋を知った日

 動物園に行った日の夜、お風呂に入ったあとで、私は先輩から出された課題である漫画制作に、ようやく手を付け始めた。

 結局知里と話し合った漫画の構想は、日野君と会ったことで、私の案で行こうと知里の方から言ってきた。

 無論、私も異存はなかったものの、知里が私と日野君をそういった目で見ているのは確実で、ストーリーを進めていけば、私の心情を知里に知られてしまうというのが厄介で頭が痛かった。

 空を飛ぶ少年についてはあまりに突飛な話なので、知里もまさか本当にそんな人間がいるとは思わないだろう。恋愛要素を大幅に削って話を進めていく手もあるが、そうすると少年漫画的になり、部長にクレームを入れられそうな気もする。

 色々悩みながら、取り敢えずは最初の出会いのシーンである、湖での場面をラフ画にしてゆく。


「ここは、そのまま実際にあったことを描いていったらいいわね」


 幼児を助けるべく湖に落ちていくシーンのラフを描き上げて、ヒロインが水中でもがくシーンを悩みながら画にしていく。

 水中でのシーンを描いた経験のない私は、出来上がったラフの貧相さに頭を抱えてしまった。


「これは頂けないわ。多分知里も描けないだろうから、このシーンは霞先輩に相談してみようかな……」


 取り敢えずこのシーンを後回しにして、新しい用紙を机に置いて筆を進めていく。

 もう駄目かと諦めかけたあの時に、私は白い飛翔体を見た。

 鮮明に憶えている。

 水中で聞いたあの音も、一瞬で舞い上がったあの空から見た桟橋も、背中から抱きしめられていた感触も。

 私はその時の記憶を、まっさらな用紙に描いていく。

 描きたいものが溢れ出す。ペンがまるで追いついていかない。今まで感じたことの無いもどかしい感覚だ。

 描きたい。そう、私は心の底から描きたいのだ。

 奇跡のように、どこまでも自由な世界が、私の目の前に広がった瞬間を。

 そしてペンを走らせているうちに、少年の登場シーンまで来た。

 空を飛ぶ少年の姿を、私はラフではない緻密さで描いていく。

 そして、ふと、私は描き進めていた手を止めた。


「これ……どう見たって日野君じゃない……」


 絵が形になって来るにしたがって、漫画の中の少年が彼とそっくりになっていた。

 これを知里に見られたら、滅茶苦茶冷やかされるに決まっている。

 かと言って日野君以外、空を飛ぶ少年にぴったりくるイメージなど浮かびっこない。

 また一つ頭の痛い問題が持ち上がり、私はとうとう筆を置いた。


「十一時か……」


 スマホを手に取って時間を確認すると、お揃いになってしまったナマケモノのストラップが手元で揺れた。

 

「日野君、もう寝ちゃったかな」


 いつもなら眠たくなってくる時間帯。動物園に行って疲れている筈なのに、どういうわけかまだ眼が冴えていた。

 ババ様からの手紙はまだ来ていない。離島であることを考えると、速達で出したこちらからの手紙もすぐに届いたとも思えない。

 そこからババ様が速達で手紙を出したとしても、まだ数日かかるだろう。あるいは普通郵便で手紙を出したとしたら、もう少し先になる可能性もある。

 私は手紙を待ちつつ、手紙の到着を望んでいなかった。

 手紙が来たとき、それが少年との別れの時だ。

 何時しか彼がここにいる生活を自然と受け容れていた。

 その時が来たとき、私は彼のいない生活を受け容れることができるのだろうか。

 ずっと続く筈のないこのひと時を、頭ではわかりながらも手放したくない自分に、もう気付いてしまっていた。

 どこまでも自由に空を飛ぶ少年と、どこへ行くにも誰かの手を借りなければいけない私。

 彼と私がつりあうはずがない。

 そう思いながらも胸が痛む。

 こんな気持ちになるのなら知らない方が良かった。


「あっ」


 ポトリと涙が机に落ちた。

 馬鹿だな。私ったらなに泣いてるのよ。


 ポト。


 ポト。


 最初の涙の後に次の涙が続いていく。


「恋なんて、しないって決めてたのに……」


 そのとき恋という言葉を口にした私は、もう恋に落ちていた。

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