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第13話 小さなハートは風に舞う

 餌やり体験の出来る動物を全て網羅し、大満足で動物園を周り終えたあと、こういった園によくありがちな、出口に併設されたお土産物屋を日野君と二人で見て周った。

 色とりどりのお土産の山に目を輝かせている日野君を、私は何度も振り返って見た。


「ねえ、日野君、今日一番気に入った動物ってなあに」

「それはやっぱり、あれかな。あの動きがゆっくりの動物」

「あ、ナマケモノのこと?」

「そう、それ。ダラダラしていそうで、ずっと木にぶら下がりっぱなしで頑張ってるようにも見える。そこがなんだか優雅でさ」

「そうゆう見方も出来るんだね。なんだか日野君らしい」


 ちょっと新しい視点に感心しつつ、可笑しくて少し笑ってしまった。


「星野さんはどう? どの動物が気になったの?」

「じゃあ、私も日野君の真似してナマケモノにしようかな。ね、ストラップ買おうよ。ナマケモノの」

「ストラップって?」

「あれだよ」


 私が指さした方に、日野君は人を避けつつ車椅子を進めた。

 少し高い位置にあったナマケモノのストラップに私は手を伸ばすと、振り返って日野君に見せた。


「ほらこれ。可愛くない?」

「ホントだ。今日見たのとそっくりだ」

「じゃあこれに決まりね。日野君のプレゼント」

「いや、そんな、悪いよ……」

「こっちにいるときは遠慮しないでって言ったよね」

「うん。そうだけど……」


 お土産物を買って外に出ると、まだ高い午後の太陽が眩しかった。

 お手洗いに行った母を待っている間に、さっき買ったナマケモノのストラップを日野君に渡した。


「ありがとう」

「いいの。私は携帯につけるね、こんな感じで……」


 つけてみたストラップを見せると、日野君はちょっと感心したみたいな顔をした。


「こんな感じで、付けるものなんだね」

「うん。そうなの。日野君はいつか携帯を持ったらそこにつけてね。それまでは、リュックにつけといたらいいかもね」


 少年は今日は手ぶらで来ていたので、今はどこにも付けるところがなかった。


「帰ったら付けてあげるね」

「うん。ありがとう」


 日野君は手に持ったナマケモノのストラップを、大切そうにポケットにしまった。

 その少年の横顔を見つめていた時、ふいに背後から声を掛けられた。


「あら、星野さんじゃない」


 私はその声に自分の顔がこわばるのを感じた。

 あまり会いたくないクラスメートの声だった。

 振り返るとそこに、こういった場所で一番会いたくなかったクラスの女子が、年上の彼氏らしい男と腕を組んでこちらを見ていた。

 体の線を強調したへそ出しのTシャツに、露出の多いネイビーのショートパンツ。とても同い年には見えない大人びた雰囲気だった。

 後藤広美ごとうひろみ。クラスでも目立っている女子で、私のことを分かり易いくらい嫌っている子だった。

 脚の悪い私が先生たちにひいきされてると、聞こえるように囁いて回っている陰湿ないじめっ子。

 私はその囁きをずっと聞こえないふりをして一学期を過ごしてきた。

 こんなところで、しかも日野君のいるところで彼女に会うなんて。

 後藤広美はその口元に皮肉を込めて近づいてきた。


「星野さんもデート?」

「いや、そう言うんじゃなくって……」

「そちらの彼は見かけない顔ね。あ、ひょっとして中学生? 動物のシャツなんか着て可愛いじゃない」


 私は唇をかみしめた。私のことはいい。でも日野君をからかうのは許せなかった。

 しかし、からかい半分で近づいてきたクラスメートに、日野君はいつもどおり、全く動じていなかった。


「僕、日野颯って言います。星野さんのお友達ですか?」

「えっと、まあ同じクラスだけど」

「僕たちみたいに、お二人も動物好きってことですか?」


 その質問に、年上の彼氏は鼻で笑ってみせた。そして彼に合わせるかのように、後藤博美も馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに軽く手を振って見せた。


「好きってわけじゃないわよ。暑いし、臭いし」

「好きじゃないのにここにいるってことは、どうゆうことなんだろう……あ、この暑さで動物のことが心配になったって餌をあげに来たとか」

「なわけないじゃない!」


 的外れな日野君の解釈に軽くキレたみたいだが、彼氏の前だからか、彼女はすぐに取り繕った。


「まあいいわ。こんなおこちゃまにムキになっても仕方ないし、それにしても……」


 後藤広美は明らかに悪意を秘めた口調で、この場にふさわしくないひと言を吐いた。


「星野さんって、見かけによらず年下に手え出す人なんだ。ねえ、そこの彼、この子とどこまで行っちゃってるの?」


 少年に向けられた不躾な言葉にとうとう我慢できなくなり、いい加減にしてと、口を開きかけた。

 しかし先に口を開いたのは、またも明るく笑顔を浮かべた日野君だった。


「どこまで行ったって言われても、僕はまだ、星野さんとそんな遠くまで行ってないよ。あ、でも北海道に行ったわけだし、遠いとこへは行ってたわけか……」

「え? なに? あんたたち旅行に行ったってこと?」

「旅行って感じかな? 星野さんは満喫できたって言ってたよね」

「も、もしかして二人って、そういう関係なの?」


 ややうろたえ気味に訊いてきたクラスメートに、日野君はちょっと照れながらこう返した。


「うん。帰りのフェリーで星野さんにオーケーしてもらって、そうゆう関係になったんだ。へへへへ」

「マジで! 船の中で!」

「うん。そうだよ。あれから星野さんの家でずっと一緒だから、もう毎日ドキドキで……」

「一緒に住んでるの!」


 大らかに語った少年の話をクラスメートは勘違いしたようだ。

 完全にズレているけれど、少年は全く嘘を言っていない。むしろ正直に話しすぎているくらいだった。

 完全にあっちの方に誤解したクラスメートは、なんだか悔し気に去って行ったのだった。

 私はさっきから我慢していた笑いを解放した。


「フッ、ハハハハハ」

「えっ? 何か面白いことあった?」

「うん。ちょっとね。でも気にしないでね」


 日野君がピンと来ていないのがちょっと可笑しすぎて、涙目になってしまった。

 日野君はそんな私をじっと見つめてくる。


「ねえ、あの、星野さんってさ」

「うん、なあに」

「笑うと、びっくりするくらい可愛いね」

「えっ!」


 心の中に風が吹き抜けた。

 舞い上がった私の小さくてささやかなハートが、クルクルと風に翻弄される。

 私は胸に手を当てて胸の動悸を必死で抑えた。

 そして猛烈に熱くなってきた顔を両手で押さえつつ、相変わらず朗らかな少年に、ほんのちょっとだけ腹立たしさを覚えたのだった。

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