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第10話 課題と構想

 クマゼミというのは、まるで声量の大きさを競い合っているように鳴くものだ。

 そこいらの街路樹で大合唱している蝉の声を聞きながら、私はマンションの前で予定時刻を過ぎても現れない友人を待っていた。


「さつきー」


 五分遅れで手を振りながら走って来たのは石井知里いしいちさと。幼馴染であり、私の唯一気の許せる友人だ。

 汗っかきの知里はまあまあな汗染みを、オレンジ色のシャツの襟元と脇につけた状態で軽快に現れた。

 おかっぱ頭のちょっと丸顔の女の子。色白の肌に目鼻立ちはそこそこ整っていてソバカスがあった。

 私は彼女のソバカスをチャームポイントだと評価していたが、彼女の中では全く歓迎できない余計なものらしい。

 まあそれはさておき、私は色々考えあぐねた末、この友人としばしの時間、約束していた漫画の構想を練ることにしたのだった。

 知里に車椅子を押してもらいながら、私はしばらくぶりの友人を振り返った。


「退屈してたんじゃない?」

「まあね。それより北海道どうだった?」

「うん。良かったよ。知里も前に行ったことあるって言ってたよね」

「私は中学の時。富良野に行った」


 知里は手慣れた感じで、いつものように車椅子を押してくれる。私は無意識に日野君と知里を比べてしまっていた。

 押してもらっている感覚。これが普通なのだが、昨日遠出した時は自走式の乗り物に乗っているような感じだった。


「私も富良野には行ったよ。あと美瑛と美馬牛も周って来た。ドライブスルーって感じだったけど、写真はいっぱい撮って来た」

「へえ、まああとで写真は見せてよ、ところでどうして今日は紗月の部屋は駄目なの?」


 やはり聞かれた。当然予想はしていたので、用意していた苦しい弁解をしておいた。


「それはその、今ちょっとお隣さんの犬を預かっててさ、その犬がとんでもない獰猛犬で、五月蠅くって叶わないのよ」

「なるほどね、そりゃ仕方ないわ」

「ごめんね。あとでジュース奢るね」

「ゴチになります」


 あっさりと納得してくれた知里は、時々額の汗を拭いながら、機嫌よく私の車椅子を押すのだった。


 本当なら少年を一人にしたくはなかった。

 だが昨日の電話で知里が言っていたように、漫画を描き始めるための最初の構想を打ち合わせておかないと、二人とも何も手を付けられないだろうと思い、大まかな構想だけでも会って決めておこうと行動に移した。

 そうしておけば、あとは原稿を分担して描いたらいい。

 そして少年が無事姉と再会できてから、知里とはゆっくり会えばいいと、スキのない計画を立てたのだった。

 気がかりな少年には、ディズニーのDVDを観ておいてといい残して出て来た。

 私が出掛けると言ったら、たいそう心配をされてしまったが、友達が迎えに来るからと説明して、ようやく納得してくれた。

 お昼ご飯までに戻れば、きっと大丈夫だろう。

 そうして、私と知里は、母と時々来る家の近くのファミレスの一角で一息ついていた。

 外の暑さと車椅子を押してたせいで、向かいに座る知里の顔は真っ赤になっていた。


「いや、暑かったー、ここは天国だわ」

「ごめんね知里。ドリンクバー奢るからさ」


 ここのいい所は単品で何か一つでも注文すれば、飲み放題のドリンクバーが注文でき、いつまでもいられることだった。

 客層がファミリー寄りなので致し方ないが、そこそこ騒がしいのさえ気にならなければ、特にこの時期は重宝する。

 私はそこそこいっぱい入っているフライドポテトと、二人分のドリンクバーを注文した。

 知里にドリンクバーをお任せすると、何かの罰ゲームのつもりなのだろうか、やっぱり色々甘いやつをブレンドしてきた。

 知里は自分だけアイスコーヒー。

 知里がわくわくした顔で見守る中、ちょっとグロい色になってしまった甘いばっかりの液体をストローで吸い込む。


「どう?」

「美味しいわけないでしょ」


 思った以上の微妙な味に、軽く友人を睨んでやった。これがもし美味しかったとしても再現できないのだろうなと思いつつ、塩辛いポテトを口に入れた。

 そうこうしているうちに真っ赤だった知里の顔は普段通りに戻った。相変わらず汗染みは酷いものの、元気そうになった友人と、早速、構想を練り始めた。


「ねえ、知里はどんな感じの物語にしたいの?」

「私はねえ、今回はファンタジーもの。魔法を扱う少女の話なの」

「異世界ってこと?」

「それはちょこっと違うのよね。魔法を扱うヒロインは普通の女子高生なの。でも異世界から転生して普通の女子高生になったヒロインは、転生前に発動させた魔法をそのまま持ちこんじゃったの。感情が昂るとその魔法のエネルギーがヒロインの手に持つものに流れ込んで大爆発を起こしてしまうって話なの」


 知里はやや興奮気味に一気にあらましを聞かせた。

 これはだいぶ温めていたな。話し終えてアイスコーヒーをチューッと吸い上げる知里を見ていてそう分析した。


「へえ、面白そうじゃない。それで劇中の恋愛の方はどんな感じ?」

「そこなのよね。ちょっと魔法のことばっかり考えてたからそっちが疎かになってて、ヒロインの女生徒の魔法に気付いたイケメンの男性教師と恋に落ちるってのはどう?」

「それは却下。かすみ先輩にダメだし食らうわよ」


 霞恋かすみれん。我が漫画サークルの部長にして唯一の三年生。

 少女漫画の王道、純愛以外は認めないという古きマーガレット主義者だ。

 絵は上手いし少女漫画のハウツーを語らせたら右に出るもののない猛者だが、その漫画愛からくる徹底した純愛貫徹主義のせいで、気に入らない部員の首を平気で切り落とす暴君だ。

 霞先輩が首を切ったせいで二年の先輩は全員退部させられたらしい。そして今年の新入部員もすでに半分が辞めて四人になっていた。


「いま知里が言ったのって教師と生徒ってことでしょ。そんな生臭い感じのをあの霞先輩が許すはずないって」

「そっかー。純情教師って設定でもだめかなー」

「ムリムリ。先生が生徒に手を出すって霞先輩の中ではありえないから。原稿見せにいった時点で破り捨てられて首を切られるわよ」

「そっかー、まあ、そこんとこはまた考えるとして、紗月はどんなの考えて来たの? あの霞先輩にも認められた紗月のシナリオ作成力で考えたやつを聞かせてくださいな」

「私のは……」


 言いかけて言葉が出なくなってしまった。

 夏休みに入る少し前、ちょっと風刺の効いた学園恋愛物語の骨組みを作っていた。ある日スマホアレルギーになったヒロインは同じようにスマホアレルギーになってしまった少年に気付き、周囲に馬鹿にされながらも恋に落ちていくという物語だ。

 しかしあの旅行で空を飛ぶ少年に出会ってしまってから、漫画のことが入り込む隙も無いくらい、そのことしか考えられなくなっていた。

 今、渾身の一作を描くとしたら彼のことを描きたい。私は本気でそう思っていた。

 知里の期待を込めた視線を受け流しつつ、私は目に焼き付いた空を飛ぶ少年の姿を思い起こしながら口を開いた。


「あの、笑わないで聞いてね。今まで私、あんまりファンタジーものに手を出してこなかったんだけど、今回の話はちょっと不思議な話なの」


 私は今回の旅行中にこういった筋書きを考えたのだと前置きして、自分の身に起こった不思議な少年との話を、いくつかのフィクションを織り交ぜながら知里に話した。

 長く熱く語った私の話を聞き終えて、知里は何度か頷いた。


「空を飛ぶ少年ねー。なんだかロマンチックな響きだわ」

「そう? そう思う?」

「うん。でもそのヒロインって完璧に紗月でしょ。車椅子の少女なんてそうそういないよ」


 確かにそうだ。知里に指摘されるまでもなく、ヒロインが私自身であることは明白だった。


「でも珍しいね。紗月はあんまり自分似のヒロインを今まで描いてこなかったじゃない。どうゆう心境の変化なの」

「えっと、それは……」

「なあに赤くなって、もしかして、その空飛ぶ少年と恋に落ちたいって思ってるんじゃないの」

「なに言ってるの。そ、そんなことないんだから!」

「なにムキになってるの? 紗月が考えたただのシナリオでしょ」

「そ、そうよ。ただの空想なんだから。そんなこと何にも思ってないんだから」

「ヘンなの」


 情緒不安定の人を見るような目つきで、知里は冷めたポテトを齧った。

 動揺してしまった私は、氷の解けた甘ったるいブレンドジュースを飲み干した。


「お代わり入れてこようか」

「うん。今度はブレンドは無しね」

「なにがいい?」

「オレンジジュース。100パーセントのやつ」


 席を立った知里を見送ったあと、ぬるくなったコップの水を口に含んだ私は、なんとなく外に視線を向けた。そしてそのまま口中の水を吹き出しそうになった。

 大きな窓の向こうには、炎天下の中、汗だくの火照った顔をしたあの空を飛ぶ少年がいて、こちらをじっと覗いていたのだった。


 どうしてここにいるのよ!


 思わず叫びそうになったがグッとこらえた。

 クソ暑い屋外にこのまま少年を放っておくわけにはいかない。しかし、ここで知里に少年のことを知られるのはマズい気がする。

 いきなり襲ってきたピンチに、私は一人、あたふたするのだった。

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