ドラゴン
「ぐおおおおあああああああああ!」
突如、広場に獣の叫ぶような咆哮が響いた。
いや、ほんとうに獣だった。
「あれは!?」
アドルノは驚いた。
驚いたのはリカルドもパトリシアも同じだった。
「リカルド、あれって!」
「あ、ああ・・・でも、なんでやつが、こんなところに」
それは巨大なドラゴンだった。
大きな翼を持ち、長い尻尾と巨大なふたつの前足を持つ緑色のドラゴン。
「『黄泉のドラゴン』!なぜこんなところへ」
アドルノがそう言うと、リカルドは持っていた薙刀を構え、ドラゴンの前に立った。
つづいてパトリシアも魔法を詠唱し始めた。
(こいつは、なんなんだ!?)
アストは事態が飲み込めなかった。
「うわああああああああ」
パトリックを収容しようとしていた衛生兵は、驚いてパトリックを置き去りにして逃げてしまった。
「待て!リカルド!パトリシア!」
そう叫んだのは白いひげ面の参謀長・プロストだった。
「ちょうどよいではないか、アスト殿に、水晶の威力を見せてもらおうではないか!」
「ええ」
パトリシアは驚きの声をあげ、
「なんだと!?」
リカルドもあまりのことに上司であるプロストに対して敬語を使うのを忘れるほどだった。
「ぎゃああああああああ!」
雄叫びをあげた黄泉のドラゴンは、口から光線を吐くと、付近の民家に火をつけた。
「きゃああああああ!」
住人の人々が逃げ惑っている。
「鉄砲隊!鉄砲隊はなにをしている!」
アドルノは自分の職務を遂行しようとした。
「待て、アドルノ!聞こえなかったのか!アスト殿の水晶の力を見せてもらおうではないか!」
「くっ!あんた、正気か!」
アドルノは上司である参謀長に対して露骨に嫌悪の表情を向けた。
「ぐおあああああああ」
黄泉のドラゴンは暴れまわり、そして、パトリックを踏みつけにしようとした。
「あぶなあああああああい!」
瞬間。
アストは水晶玉を右手に持ち、体の前に突き出すと、水晶玉から光線を一直線に放った。
それはドラゴンの巨大な右の足の裏に当たった。
「ぐおあああああああ!」
ドラゴンは熱線によってひるんだのか、あげていた右足を後ろへとさげ、パトリックは一命を取り留めた。
(しめた。ドラゴンは我々よりも背が高い。民間人に水晶の攻撃が当たる可能性は極めて低い)
そうアストは思った。
ドラゴンは身長十メートルほどはありそうだ。
つまり、アストの攻撃はすべて上方への攻撃となる。
「くらええええええ!!」
アストは右手の水晶を再び前に突きだし、ドラゴンの羽根をねらった。
アストの水晶の攻撃は一瞬だけ光線が飛び出すが、一度放った光線から次の光線を繰り出すまでのスピードは、わずかに一、二秒間といったところだ。
二枚の羽根の真ん中に穴をあけたアストは、今度はドラゴンのひざ下あたりを狙った。
「ぎゃあああああああ!」
雄叫びなのか悲鳴なのかわからない叫びをあげる黄泉のドラゴン。
ひざをやられたドラゴンは、足先から崩れ落ち、そばにあった民家の屋根に体ごと倒れた。
どーん、と爆撃にでもあったような音がし、屋根に積まれていた石はあたりにくだけ散った。
そうして、アストは再びバク転宙返りをすると、ドラゴンの倒れた家の隣の家の屋根に飛びうつり、ドラゴンの両目を狙った。
「ぎゃああああああああ!」
今度こそ悲鳴とわかる叫び声をあげたドラゴン。
そこからは一方的だった。
羽根と足を失い、目も見えなくなったドラゴンに対して、アストはひたすらに胸のあたりに水晶の攻撃を喰らわせ、最後に念のためか、頭にも一発水晶の熱線を喰らわせた。
最初の一発目を喰らわせてから、わずかに二分弱の攻防だった。
「あ・・・・ああ・・・ば、ばけものだ・・・」
ひとりの兵士が腰を抜かしてその光景を見ていた。
それを聞いていたアドルノは、
「どちらが?」
とつぶやいた。
アドルノは家屋の屋根にいるアストを見上げ、誰に言うでもなくつぶやいた。
「そう。おまえこそが、あの伝説の水晶使いの継承者。
千年前のハミルトン公国との戦いの際、そのあまりの強さに恐れをなした公国が、水晶玉の攻撃から身を守るためだけに作らせた、それがセバスチャンの地下要塞だ。
だからこそ、セバスチャン要塞を攻略するためには、おまえが必要なのだ、アストよ」
アストはパトリックのもとに戻ると、ひざまずいて彼に回復魔法をかけた。
すると、しばらくののち、パトリックは目を覚ました。
「うーん・・・
あれ?ここはどこだ」