願い
勝負は決した。
これで東のダンジョンのすべてのエリアを攻略したことになる。
アストは頭のなくなった敵の大亀が絶命しているのを確かめると、アドルノの元に急いだ。
先にリカルドとパトリシアがアドルノのそばでひざをついて心配そうにアドルノのことを見ている。
「アドルノに蘇生魔法をかける」
アストがそう言うと、リカルドとパトリシアは何も言わずにその場をどいた。
アストは再びアドルノに魔法をかけた。さきほどよりも明るい光がアストの体全体から発せられる。
アドルノに魔法をかけてしばらくののち、アドルノは目を覚ました。
「う、うーん・・・」
「あ、アドさんが目を覚ました!よかったー」
「う、ううむ・・・あ、おまえたち、亀は、やっつけたのか?」
「そこで首なし死体になってるよ」
と言って、アストはうしろを指差した。
「やっぱアストはすげーよ。一撃であいつを倒しちまった」
「いやいや、リカルドがあいつの動きを止めてくれていなければ、勝ち目はなかったよ」
「うん、リカルドさん、すごかったよ」
「なに言ってんだよ。動きを止めたのはパティだって同じだろ?あの魔法がなけりゃ、勝てなかった」
「三人、力を合わせて勝ったんだな」
アドルノがそうつぶやいた。
「アドルノ、体調は大丈夫か?」
そう声をかけたのはアストだった。
「ああ、もう大丈夫だ。それよりもおまえたち、わたしはろくに役に立てなかった。本当にすまない」
「なに言ってんだ、アドルノ!最後に戦術を授けてくれたのはアドルノだろう?四人全員であいつを倒したんだよ」
リカルドは精一杯アドルノを励ます。
「アドルノ。お望みどおり百階層までクリアしたぞ。ここからは君の番だ」
そう言ったのはアストだ。
アドルノはここがロズベルグ連邦の命運を決する場所だと名言していた。
そして、願いを叶えてもらうと。
しかし、誰に願いを聞いてもらおうというのだろうか。
アストにはそれがわからなかった。
「ああ、これで充分だ。ありがとう。心から君たちにお礼を言うよ。これできっと、我が国は安泰だ」
「それの意味がわかんねーよ。だいたい願いなんて誰が聞いてくれるんだ?」
リカルドが腕組みしながらアドルノに聞く。
「いや、そうだが、ちょっと待ってくれ」
「はあ。まあ、東のダンジョンは冒険者のころから攻略するのは夢のひとつだったからな。これでひとつ夢がかなったぜ」
リカルドはアドルノの発言にはやや不満そうだったが、自分たちがいま成し遂げたことには満足しているようだった。
「はあ。もうあたし、魔法使う元気ないよ」
「パティもお疲れさま。よくやったよ」
そう言って、アストはパトリシアの頭をぽんぽんと軽く撫でた。
「ひゃうん!アストさん!ありがとうございますううううう!」
なぜかパトリシアは泣き出してしまった。泣いているが、顔は笑っている。
「おいおい、泣くことはないだろう。変なやつだな」
アストは普段男っぽいパトリシアが泣くところを見るのは初めてで、意外だった。
「うわあああん。あいつめちゃくちゃ固かったよおおお!もうあんなのと戦いたくない!」
「安心しろよ。あんな化け物、そうそう出遭うことないから」
アストはそういってパトリシアを慰めた。
「うう・・・ありがとう、アストさん・・・」
「さてと。アドルノよお。これから俺たちはどうすればいいんだ?」
リカルドが尋ねる。
「見ろよ」
元気になったアドルノは服の襟を正すと、まっすぐに前を見据えてから言った。
「え?」
とアスト。
「ああん?・・・え?」
リカルドは自分の見ている光景に目を疑ったようだった。
「う、うそでしょ」
それはパトリシアも同じだったようだ。
彼らが目にしたのは。
いま倒したはずの大亀の首がもとに戻っていたのだった。
「ひ・・・、い、いま倒したはずなのに・・・」
パトリシアは腰を抜かしたのか、その場にへたりこんでしまった。
しかし、アドルノだけは平然としていた。
「おまえたち、よく聞くんだ」
「へ?聞く?なにを?」
リカルドはわけがわからないというように素っ頓狂な声をあげた。
「ぐああああああ」
大亀はまたしても大きな声をあげた。
ただ、さきほどのような洞窟中に響き渡るような咆哮ではない。
リカルドは薙刀を構えた。
しかし。
「さあ、願いを言え。実現可能なことならなんでもひとつ願いをかなえよう」
大亀はしゃべった。
アドルノ以外の三人は目が点になってしまった。
「か、亀がしゃべったぞ!」
「化け物だああ!」
パトリシアはまだ状況が把握できていないらしい。
アドルノは冷静だ。
「さあ、アスト。君の願いをかなえてもらうんだ」
「え?」
アストは面喰らった。
「そ、そんなこと言われても」
「さあ、願いをなんでもひとつ言え」
大亀はじれったそうに同じことを繰り返し言った。
「こいつ、生きてやがる」
リカルドは目の前の大亀を見上げながらポカンと口を開けている。
「願いをかなえてやるといっているのに、『こいつ呼ばわり』とは心外だな」
と、大亀はリカルドに抗議した。
「あ、ああ、すみません」
リカルドは反射的に謝った。
「アドルノ。確か、俺の能力を上げると言っていたよな?」
アストはアドルノに聞いてみた。
「ああ。さて、アスト。願いをかなえてもらう前に、セバスチャン要塞の攻略法について君に教えておかなければならないことがある」
「え、今か?」
「ああ。そうだ。亀さん、申し訳ないが、ちょっとだけ待ってもらえますか?」
「ああ。たったひとつの願いだ。じっくりと考えるがいい」
「あ、あたしが願いをかなえてもらうのは無理なの?」
横からパトリシアが割って入る。
「とどめを刺したのはアストだろう?パティは無理だよ」
「ちぇー」
と言ったパトリシアは、一瞬だけ右頬に右ひとさし指を当てて何やら考え込んでいたが、やがて、いやん!と言って、ニヤニヤ笑いながら両足のかかとをうしろにむけて両方の足で飛び上がった。
(なにしてるんだろう?なんか変な想像でもしてるのかな?)
とアストはパトリシアの行動をいぶかしんだ。
「アスト。セバスチャン要塞は、前面に地下要塞があり、後方に城塞があるのは知っているな?」
「ああ。城塞のほうが事実上の国境だろう?」
「そうだ。セバスチャン要塞の厄介なところは、地下に何万もの兵士が潜んでいることだ」
「うん」
「だから、やつらを誘き出す必要がある」
「・・・」
「しかし、誘き出したら、今度は城塞のほうから大砲をやたらめったら撃ってくるはずだ。なぜなら地下要塞の入り口はせまいからな。地下要塞の入り口付近に押し寄せた我が軍の兵を狙い撃ちにしてくるはずだ」
「な、なるほど」
「そこでだ。君は軽業師としても身のこなしはかなり軽い。この前のプロストのときにも、敵の馬車にすぐに追い付くことができたくらいだ」
「ああ」
「だから。セバスチャンの地下要塞で敵を誘き出したら、その後は城塞から出てくる敵の大砲を、その水晶玉でぶっ壊しまくって欲しいんだ」
「え、でも、セバスチャンの地下要塞から城塞までは四キロも距離があるだろう?そう簡単にうまくいくとは思えないが」
「そこで、願いをかなえてもらうのさ」
「え?」
「水晶玉の射程距離を四キロにしてもらうのさ」
「え?そんな無茶な」
「いや、実現可能な願いのはずだ。ねえ、そうでしょう?亀さん」
「ああ、できないことはない」
大亀は悠然として答えた。
「ねえねえ、世界一の大金持ちにしてもらうとかも、できるの?」
そこでパトリシアが口をはさんだ。
「ああ、それくらいたやすいことだ」
「お、おいおい。パトリシア」
止めに入ったのはアドルノだ。
「冗談だって」
パトリシアはぺろっと舌を出した。
「まったく」
「アドルノ。射程が四キロになったところで、大砲に正確に当たるかどうかはわからないぜ」
「ん?どういうことだ?」
「射程が伸びても、当たらなければ意味がないだろう?だったら、俺の視力を、より遠くまで見えるようにしてもらったほうがいい」
「ああ、そうか。当たらないと意味がないもんな。確かに。じゃあ、視力をよくしてもらうか」
アストは大亀のほうを振り向いた。
「視力をかなりあげてもらうことはできるか?」
「それくらいたやすいことだ」
「よし、決まりだな」
「願いは決まったのか?」
大亀は言った。
アストは大亀に向き合った。
「ああ。俺の視力を、なるべく良くしてくれ」
「8.0くらいでいいか?」
それがどれくらい視力がいいのかアストにはわからなかったが、
「お願いします!」
とアストは言った。




