訓練開始
アドルノがまずやったことは、参謀本部の改築だった。
もっと大がかりな施設にし、士気を高めないといけない。
今までの参謀本部は小さくてみすぼらしかった。
戦争というのは国力の差だけで決まるのではない。むしろ兵士と民衆の士気こそがもっとも重要だ。
だからこそ革命軍は強いのだ。
士気の高さでいえば、革命軍は歴史上もっとも高い軍隊といって差し支えないだろう。
それと比べると、ロズベルグ連邦の参謀本部のみすぼらしさといったらない。
こんな貧相な建物が軍のトップだと、士気も上がろうはずもない。
だからアドルノは参謀本部の改築を命じた。
訓練は開始された。
徴兵されたばかりの兵士たちはまず槍の扱い方から習う。
しかしアドルノが重視していたのは、アストを守る訓練法だ。
アストの家系は代々、その水晶の継承者だ。
この水晶玉の圧倒的な攻撃力から、はるか昔にハミルトン公国が作り出したのがセバスチャンの地下要塞である。
地下であれば、さまざまな遮蔽物によって水晶玉の攻撃をかわせるというものだ。
ここ数百年はハミルトンとロズベルグの間に平和が訪れていたので、戦争自体がなかった。
しかし、ここにきて戦争に突入しようとしていた。
ハミルトン公国が千年前にセバスチャンの地下要塞を作ったときと今の最大の違い。
それは鉄砲と大砲による攻撃が加わったことだ。
これによってハミルトン公国にとっては、水晶玉からの攻撃も以前ほど脅威ではなくなっていた。
とはいえ、アストの水晶玉の攻撃から次の攻撃へと移るスピードは依然として他を圧倒する。
必然、ハミルトン側ではアストを殺すか捕らえることが最優先事項と考えているだろう。
逆にいえば、アストをやられたら、ロズベルグの側にはほとんど勝機はないといっていい。
だから訓練のうち、早い段階からしておかなければならないのは、アストを守るための陣形の構築とその訓練だ。
地下要塞に潜入したとき、もしくは地下要塞からなんらかの理由で撤退したときの陣地だ。
アストだけを丸裸にしていては、いくら彼の力が強いとはいえ、多数の鉄砲や大砲の前にアストは敗れ去ってしまうだろう。
であるならば、こちらとしてはアストを守りつつ、彼に敵への攻撃を仕掛けてもらう、というのが最も優先すべき事柄となる。
アストを真ん中にし、アストを守る形で円形にまず弓隊、その次の外側の円形が鉄砲隊だ。
こうやってアストを円形に取り囲みながら進撃する。
しかし、鉄砲隊は玉こめ、点火などと発射までに時間がかかる。
玉こめ、点火、そして発射の三段階の円形にするべきか。
しかしそうすると、一番アストに近い弓隊も入れると四重の円ということになる。
それだとアストから敵が遠くなりすぎて、アストが敵を狙いにくいという話になった。
アストを守るのが最優先だが、アストの早い攻撃の邪魔をしてはならないのだ。
そういうわけで、鉄砲隊は玉こめの人間だけ後ろにさがり、点火と発泡する人間は円の外側にいることにし、三重の円でアストを守ることになった。
案山子を敵に見立てて何度も実弾での訓練を積んだが、これでなんとかなりそうだった。
ちなみにだが、移動するときはアストの指示で行う。
訓練を終えたばかりのアストがアドルノに声をかける。
「なあアドルノ。俺が攻撃する相手は、人間なんだよな。」
「もちろんだ」
「あんまり人間は攻撃したくないんだよな」
「わかっている。だが今は危急のときだ。どうか、わかってくれ」
「ああ」
アストは暗い表情のままアドルノから顔を背けた。
(東のダンジョンに行くのはいい気分転換になるかもしれんな)
そうアドルノは思うのだった。
食糧事情を考えれば時間がない。
だから訓練はセバスチャンの地下要塞を落とすためのものばかりが採用された。
地下に下りた場合に、柱の陰に隠れて敵の鉄砲玉や矢をよけたり、逆に隙をついてこちらから仕掛ける場合など。
あとは大砲の玉が近づいてきたときに極力被害を抑えるために地面に伏せる訓練も何度も行われた。
また特に重視されたのは、指揮官の命令は絶対、というものだ。
これまでの戦争では傭兵が主体になることが多く、命令系統も杜撰なことが多かったが、今回はそれを徹底させることにした。
これにより、よりきびきびした動きが兵士に根付くようになった。
とにかく各部隊との連携が重要だ。
傭兵に任せっきりのバラバラに動いた戦術はもう通用しない時代なのだ。
また大砲に関しては的への命中度を高める訓練は何度も実施された。
これも、大砲を持っているだけで、当たらないのでは意味がないからだ。
大砲の命中率上昇もかなり重点的に行われた訓練だった。
難攻不落にして千年間一度も陥落したことのないセバスチャンの地下要塞。
今ロズベルグ連邦は、ついにこの要害に挑もうとしていた。
ロズベルグ連邦の訓練は日夜続いた。
一方で、このままだと食糧がなくなる。
しかしこちらには切り札のアストがいる。
そのことが、兵士たちの士気を大いに高めた。
千年ものあいだ落とされていない要塞といっても、その間は現状維持することばかり考えているやつらばかりでほとんど戦をしていなかったのだ。
本気でやればあんな要塞などいつでも落としてやる。
初の国民軍に沸くロズベルグ連邦の士気は高かった。
人間初めて体験するものには興奮するものだ。
今まで自分には関係がないと思っていた戦場に自分も参加できる。
しかも国を守るためにだ。
これは多くの徴兵された平民出の兵士たちを奮い立たさせた。
この時代はまだ大量殺戮兵器は戦場には登場しておらず、まだまだ戦争といえば騎士道にのっとったものであった。
だから戦場に行くことになると知って、ワクワクする者が大量にいた。
さて、概ね革命軍式の訓練術を軍にほどこしたアドルノは、自身にとっての大仕事、東のダンジョンのクリアに向けて準備を進めることにした。
ここは最後の百階層エリアのボスだけが倒せていない。
そして、その百階層にこそ、アドルノは用事があった。
アドルノはアスト、パトリシア、リカルドの三名に東のダンジョンに行くための準備を整えるよう伝えた。
「訓練を見ていなくても大丈夫なのか?」
アストがアドルノに聞く。
「無論だ。すでにセバスチャン地下要塞内部の情報まで伝えてある。そしてそれにのっとって行動する場合の訓練方法も授けてある」
「地下要塞の?なんで地下要塞の内部について知ってるんだ?」
「アストほどの者がそんなことを聞くのか?情報は大事だぞ。わたしは多くの間者、つまりスパイを、向こうに放ってある。内部の構造ならもう地図も手に入っているくらいなんだよ」
「すごいな。さすが軍師」
「これくらいで褒められてもなんとも思わんよ。それより、今は東のダンジョンの攻略のほうが大事だ」
「なあアドルノ。ダンジョンを攻略したら、何を叶えてもらうつもりなんだ」
「それはアスト。君の能力をさらに高めるんだよ」
「俺の?」
「そう」
「具体的に何を高めるんだ?」
「それはまあ、秘密だ。任せておけ」
「おいおい、そこは別に秘密にしなくてもいいだろう?」
「言っただろう?極秘だと」
「やったーーー!久しぶりに四人で戦えるんだね!」
パトリシアはひとりでぴょんぴょんと跳び跳ねている。
「おいおいパティ。遠足に行くんじゃねーんだぞ。それに、俺たちは九十九階層のエリアボスも倒せなかったんだぞ」
リカルドがパトリシアに苦言を呈す。
「今回はアストさんがいるもん」
「あ、そうか」
突然アストは何かを思い出したようにつぶやいた。
「九十九階層のエリアボスをやつけたのも」
「そうだな。この前言っていた、スチュワートってやつだろう」
「それに、ソフィア・キエーサ」
パトリシアの顔が急にこわばった。
「じゃあ、プロストに黄泉のドラゴンを渡したのも」
「そのスチュワートってやつかもしれんな」
「使役してたのはソフィア・キエーサかもね」
パトリシアは右のこぶしを握りしめた。
「まあ、スチュワートだかキエーサだか知らねーが、今回は俺たちにもアストがいるじゃねーか」
「まあ、そうだが。でも、アストでも百階層のボスはそう簡単に倒せないと思うぞ」
「アスト、君はたしか、百階層のエリアボスがどんなやつか、だいたいのところは知ってたよな?」
アドルノが尋ねた。
「皮膚が固すぎて、俺の水晶玉の攻撃でもびくともしないことくらいは知ってる」
「うん。それだけ知ってれば充分だ。で、弱点はどこだと思う?」
「それはたぶん、頭なんだろう?」
「ははは。そう。頭だよ。頭」
「水晶で頭を砕いてしまうのか?」
「いや、頭もかなり固いらしい」
「ダメじゃん」
「いやいや。そこはほら、この前話しただろう?パトリシアの魔法で」
「ああ、そういえばそうだったな」
そうやり取りをして、アドルノは自分の屋敷の玄関を開けた。
途端に外からの太陽光がまぶしくアストたちを照らし出す。
「さあ、行こう!久々に四人の冒険だ」




