願いの洞窟
アストはため息をつくと、アドルノの屋敷の居間に置いてあるソファに腰かけて仰向けに寝ると、両腕をソファの後ろに回して腕をだらんとぶら下げて天井を見た。
今は夜だ。
天井のシャンデリアが派手に点灯している。
そこへ、アストの視界を遮るものが現れた。
パトリシアだ。
「アストさん~。なに難しい顔してるんですか?」
アストの眼前に現れたのは、まずパトリシアの大きな露出させられた胸、そしてパトリシアの顔の順だった。
アストは顔を背けることもせず、頭上のパトリシアに向かって答えた。
「これが難しい顔せずにいられるかって。そんな簡単に半年でセバスチャン要塞が落とせると思ってるのか?」
「でも、こっちにはアストさんがいるから」
そう言うとパトリシアは、閉じた口を大きく横に伸ばして、ニッと笑った。
「あのなあ。あれは千年ものあいだ、俺の先祖の継承者たちがいても落とせなかった要害なんだぜ?」
「でもそれは平和に慣れきって、現状維持してたからでしょう?」
「ん・・・まあ、そうだが」
「それじゃあなんとかなりますって。なんかこっちの士気も高そうだし」
「あのなあ」
そう言うとアストは前足を踏ん張って、ソファの前のほうに座った。
「でも確かに半年で攻め落とすなんて言いきっちゃって、アドさんはすごいなあ」
「ああ。おかげで余計に士気が上がったような感じだったな」
「はーあ。これから訓練の日々かあ。なんか退屈そう」
そう言うと、パトリシアはアストの座ってるソファの隣に腰かけた。
なんだかパトリシアは嬉しそうだ。
パトリシアは尻を少し浮かせると、ちょっとだけアストのほうに寄って体を密着させた。
だがアストのほうは特にそのことに気がついてないようだ。
「冒険者のときとは違うんだぞ?
相手は生身の人間だ。高い知能を持った人間なんだ。油断してるとあっという間にやられちまうぜ」
「はーい、わかってまーす」
そういうとパトリシアはソファの上で仰向けに背伸びした。
(ほんとにわかってんのかな?)
とアストは心の中で思った。
「ああそうだ、パティの魔法で火縄銃って無効化することは、水の魔法を使ってできるんだろ?」
「一定の範囲内の敵はね。でも一気に数百人とか来られたら、あたしも討ち死にかも」
「不吉なことを言うなって」
「えへっ!」
パトリシアは体を前に出すと、アストの真横に来て同じように前足を踏ん張ってソファの前のほうに座った。
ちょうどふたりが仲良く並ぶような形になった。
そこへ新参謀総長のアドルノが自宅に帰還したらしい。
リビングのソファにまっすぐにやってくる。
「おや、今日は先客がいるな」
「いえーい」
パトリシアは白い歯を見せてピースしながらそれをアドルノに向けた。
仕方ないのでアドルノはすぐ横に置いてある椅子を引っ張り出すと、それに座り、アストたちのほうを向いて話し始めた。
「一週間後くらいだな。いよいよ東のダンジョンに行くぞ」
「え?このくそ忙しい時期にか?」
アストは目を丸くした。
「その一週間のあいだに、訓練の仕方を参謀本部の主だった者たちにみっちり仕込んでおいて、俺たちがいない間にばっちり訓練しててもらうのさ」
「なるほどね」
「やったーー!またこのメンバーで冒険できるんだね!」
「パティ。そうはいっても倒す相手は一体だけだぞ。東のダンジョンの・・・」
「わかってるって。アストさんがいれば、倒せるよね?」
「いや、俺の力だけじゃぜんぜん足りない」
「えっ!?そうなの?」
「東のダンジョンの百階層のボスは俺の水晶玉でも傷はほとんどつけられない。体が固すぎるんだよ」
「え、それって、やばいの?」
「頭の部分はそれほど固くはない。とはいえ、普通に狙ったんじゃ難しい」
「普通に狙ったんじゃ?じゃあ、普通じゃなかったら?」
「そこでパティ、君の番だよ」
「へっ?あたし?」
パトリシアは驚いたらしく、珍しく体をあとずさりしてしまった。
「パティがやつの頭を凍らせるんだ。
凍った敵の頭なら、それを水晶の攻撃で粉々に砕くことができる」
「へー!なんか、冒険者パーティーっぽいね」
「なに言ってんだ。俺たちは元から冒険者パーティーだろう?」
「だって、本気になったらアストさんだけで倒しちゃうからさ。あたしたち、いらないみたいじゃん」
「そんなことないよ。俺は何度もパティに助けてもらったよ」
「そうかなあ?あたしの助けてもらった回数のほうが多い気がする」
「回数を張り合ってどうするんだよ?ほら、またよろしく頼むな」
そう言って、アストは右手でパトリシアに握手を求めた。
一瞬だけパトリシアはアストの顔を見上げるとすぐに、アストの右手を両手で取り、満面の笑みで「うん!」とうなずいた。
「おいおい、俺も忘れないでくれよ」そばでそのやり取りを見ていたアドルノが不服を申し立てる。
「無論だ!」
「アドさん!よろしく!」
「俺も頼むぜ!」
そう言ったのは、今しがたリビングのドアにやってきたリカルドだった。
アスト、アドルノ、パトリシアはリカルドに対して右手親指でグーサインをしてみせた。
さらにそこへ入ってきたのはリリーとパトリックだった。
「お、おらたちも連れていってくだせえ!」
「リリーにパトリックか。それはちょっと難しいんじゃねえか」
と言ったのはふたりのそばにいるリカルドだ。
「ああ、そうだ、リリー。参謀総長の交代式のときはありがとう」
アドルノが言ったのは、参謀総長の交代式で毒が入っているかもしれないアドルノの杯を無理矢理奪ってそれを代わりに飲んでくれたリリーに対する感謝の意だろう。
「え、そんな。わたしは、アストさんを襲って殺そうとしたのに、アストさんを始め、みなさんに助けてもらったからです。お礼なんてそんな。わたしはあの軍事裁判のときに一度死んだんです。一度いただいた命、それを差し出すくらい、わたしにとっては当然のことなんです」
リリーが切羽詰まったように言う。
「リリーの気持ちはわかるが、命を粗末にするようなことは言わないでくれ。でも本当にあの場面で咄嗟によくやってくれたよ。俺からもお礼を言うよ」
と言ったのはアストだった。
横にいたパトリシアはうらめしそうにアストとリリーの顔を交互に見ると、自分の白い右の手袋を歯で噛んで引っ張った。
「そうだな、リリーよ。一度なくした命だからこそ、粗末にしてはいけないよ。でも本当にありがとうな」
またアドルノはそう言った。
「はい、ありがとうございます」
「で、パトリック。話を戻すが、君たちを連れていくわけにはいかないんだよ」
アドルノはパトリックに向き合うと言った。
「え、なぜです?」
「はっきり言うと、君たちは足手まといにしかならないからだ」
「え、そんな」
「すまんな。でもはっきり言わないと君は引かないかもしれない。今度の敵は君たちが想像するよりもはるかに強い。たとえるなら、アストの水晶の攻撃並みに強い相手だ」
「ええ!そんなにですか!?」
パトリックは絶句した。
「そうだ。だから、君たちがついてきても、なにもできないだろう。それどころか、君たちを守る必要が出て、かえって敵を倒しにくくなってしまう」
「つまり、足手まとい・・・」
「そういうことだ。だから、すまんがあきらめてくれ。それほど相手は強いんだ」
「わ、わかりました・・・」
パトリックは放心したようにそう言った。
アストもパトリックのことを気の毒に思ったが、こればかりはアドルノの言うことに賛成だった。
今度の敵はアストの水晶の攻撃を当てても直接はまったくダメージを与えられないのだから。
そこでアストはあることを思いだし、アドルノに説明を求めた。
「そうだ。あらためて聞くけど、なんでこの時期に東のダンジョンの完全攻略を目指す必要があるんだよ?」
「だから、それは極秘だと前に言ったろ?」
「なんだよ。冒険者パーティーのメンバーにまで秘密にする意味がわからないよ」
「ふふ。仕方ない。少しだけ教えるが、他言は無用だぞ」
「ああ」
「伝説があるんだ」
「伝説?」
「東のダンジョンの最下層までクリアしたら、つまりダンジョンを完全攻略した場合、それをした者にはなんでも願いを叶えてもらうことができるというな」
「ええ?そんな曖昧な伝説を頼りにしてわざわざ東のダンジョンまで行くのか?」
「いや。過去にひとりだけ本当に願いを叶えてもらった者がいるらしいんだ」
「まさかそれも、伝説じゃないだろうな?」
「いや、それは本当らしい」
「マジかよ?どこで聞いたんだ?」
「こっちのギルドでな。俺に自慢してるやつがいた。本人から聞いたし、叶えてもらった『物』自体も見たから本当だと思うよ」
「ほんとかよ、それ。で、そいつは、何を叶えてもらったというんだ」
アストがそう言うと、アドルノはメガネを外してそれを布で磨き始めた。
「気になるか?」
「なんだそれ?思わせぶりしてないで教えてくれよ」
アストの横のパトリシアはキョロキョロとアストとアドルノの顔を交互に見た。
「水晶をもらったらしい」
「す・・・え?」
「アストさん、みたい?」
パトリシアは右手ひとさし指を右頬にあてて首をひねった。
「そう。アストと同じように水晶での攻撃ができるように望みを叶えてもらったらしい」
「じゃあ、アストさん以外にも水晶使いの人間がこの世にいるってこと?」
「たぶんな」
「そ、そいつの名は?」
「ああ。なんかやたらと自慢げに語ってたからな。名前も教えてくれたよ。たしか・・・」
そこまで言うとアドルノはメガネをかけて、アストの顔を見た。
「確か、スチュワートと名乗ってたよ」
「スチュワート!?」
アストがいきなり大きな声を出すので隣に座っていたパトリシアは少しだけ飛び上がるように腰を浮かした。
「ビックリしたあ。もうアストさん、いきなり大声出さないでくださいよ」
パトリシアは上目遣いにアストを見て抗議した。
「あ、いや、すまん」
「アスト。知ってるのか?」
「いや。俺の知ってるスチュワートってひとかどうかはわからないが・・・」
「ふむ。確かにスチュワートなんてありふれた名前だからな。強いひとなのか?」
「強いも何も。俺がハミルトンにいたときに所属していたギルドのギルド長だったよ」
「ほお。でもギルド長だからと言ってそこまで強いとは限らないだろう?」
「いや、数々の伝説のあるひとだった。ただし、俺も噂で聞いた程度だけどな」
「まあ、それならそいつで間違いないだろう。そんなスチュワートという名前のやつで同じようにつよいやつがごろごろいるとは考えにくい」
「いったいどうやって百階層のボスを倒したんだろう」
「ああ、俺が話を聞いたときに、冒険者のパーティーが一緒に何人もいたよ」
「そいつらも、すごいやつらだったのか?」
「ああ。少なくともひとりは、よく聞く名前のやつだったよ」
「どんなやつだ?」
「・・・東海一の魔法使い」
「ソフィア・キエーサ!」
パトリシアはいきなり立ち上がるとそう言った。
「さすがだなパティ。同じ魔法使いとして、よく知ってるじゃないか」
アドルノはメガネの真ん中を右手ひとさし指で顔の側に寄せると応えた。
「知ってるのか?パティ?」
アストは、立ち上がったパトリシアのことを見上げながら聞いた。
「凄腕の魔法使いってことくらいね。あたしより強いと思う」
「そんなにか」
「待てよ」
そこでアドルノはあごに手の平を当てると思案顔になった。
「アスト、確か、そのスチュワートってのはハミルトンのギルドにいたんだよな?」
「ああ、そうだが」
「ということは、もしかしたら、俺たちの敵になるかもしれない、ってことか」




