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交代式

その日は曇天で、日の光はまるで届かない中で参謀総長交代の儀式は行われた。

この曇天が、まるでロズベルグ連邦の不穏な空気をそのまま映し出しているようだった。


参謀総長の交代式は、三つの部族をまとめる統領、参謀総長、神官の通常の交代式と同じ方法にのっとって行われることになった。

交代することになるお互いの部族の者たちがそれぞれ左右に分かれ、神殿の一番奥の席に、現参謀長のプロストが座っている。

そこに向かってまっすぐに歩いてゆくのがアドルノだ。

通常はひとりでやってくるものだが、事前にアドルノは、控えとしてパトリシアとリカルドをうしろから連れてこさせることを申し出ていた。

これは断られるかと思ったが、特にどの部族からも拒絶されることはなかった。

プロストも何も口出しをしなかったという。

もしかすると、仮にパトリシアとリカルドがうしろに控えていなかったとしても、この場でアドルノを物理的に殺すというのは、ちょっと難しいのかもしれない。

なにより神殿の廊下の左右には、参謀長を務めてきたモレノ族と、アドルノの属するラッツ族の者たちが控えているのだ。

そしてプロストの属するモレノ族のひとびとも、もはやそのほとんどがプロスト派ではなくなっている。

暗殺者を潜ませておくにしても、この場においてそんな場所がどこにあるというのか。

もしもアドルノを襲うにしても、それぞれの左右にいる部族の者たちが黙ってはいないだろう。

だからプロストは、パトリシアとリカルドを帯同することに異を唱えることはなかったのかもしれない。

そうなると、この場における残る懸念点は、アドルノの毒殺ということになる。

しかし、ここで毒殺するというのも目立ちすぎる。

遅効性の毒を使ったとしても、あとでバレバレだろう。

ましてやすでに支持を失っているプロストの指示だったとしたら、そのあとプロストも無事では済まない可能性が高い。


さて、儀式はアドルノとパトリシア、リカルドが神殿の奥にいるプロストのもとへと歩み寄り、ここまでは滞りなく行われていた。

プロストから参謀総長の証である印綬(印鑑みたいなもの)を受け取ったアドルノは、それを自分と同じラッツ族出身の者に手渡すと、プロストの傍らからひとつの椅子が運ばれてきた。

アドルノはそれに座ると、プロストと向かい合ってあいさつを交わした。


「これでつつがなく、アドルノ殿が我がロズベルグ連邦の参謀総長になられました」

「はい。ありがとうございます」

アドルノはそれに応えた。

それからのち、ふたりの儀式を司る神官らしき人物が、それぞれお盆に載せられた杯をふたりのもとに運んだ。

一瞬、うしろに控えているパトリシアとリカルドの表情が険しくなった。

しかし、アドルノは飲むつもりはなかった。

プロストはその杯を一気に飲み干した。

一方のアドルノは、一切手をつけようとしない。

手をつけられない杯を持った者は、その場で、ただアドルノの横で直立不動している。

「どうなされた。せっかくの杯。アドルノ殿もお飲みください」

プロストはそう言った。

場に緊張が走る。

いまやパトリシアとリカルドだけではない。

モレノ族も、アドルノの属するラッツ族のひとびとも、ともにプロストのことをにらんでいた。

アドルノはプロストの言葉には応えず、しばらくプロストの顔をじっと見据えていた。

うしろのリカルドとパトリシアは怖い顔をしてプロストを見ているが、アドルノは実に平然としていて無表情だ。

それからしばらくののち、アドルノは杯を見た。

杯をお盆に載せた者は、なおもそれを持ったままじっとしている。

アドルノは杯に手を伸ばした。

うしろに控えていたパトリシア、リカルドが口をあけてあせった表情を見せた。

アドルノは、杯を、手に取った。


がちゃん!!


瞬間、プロストの飲んだ杯を手にしていた人物が、プロストの杯を床に落とし、前に進み出ると、アドルノから杯をひったくった。

あまりに一瞬のことでアドルノは無表情のまま、手のなかから消えた杯の行方を追った。

アドルノから杯をひったくった者は、それを一気にあおり、飲み干した。

パトリシアとリカルド、そして左右の部族のひとびとは皆あっけにとられ、一瞬のことに、声もあげられなかった。


杯を飲み干したのは。

リリーだった。

リリーはプロストと同じモレノ族出身者。

彼女はこの場において、アドルノの杯を飲み下した。

リリーは。

ごくん、とそれをすべて飲み終わると、口から一筋の液体を滴らせていた。

液体はただ透明のものだった。

リリーは平然としている。

そして、いきなりその場にひざまずくと、アドルノに向かって土下座した。

「す、すみませんでした」

ひとびとは一瞬わけがわからない、というふうに皆ぽかんと口をあけていたが、そのうち何が起こったのかを、めいめいは理解した。

プロストは

「なにをしておるのかね」

とリリーをとがめるような口調で言ったが、

「まあまあ、よいではありませんか。きっと喉が乾いていたのですよ」とアドルノが機転を効かせて言った。

「ふん」

とプロストは言うと、顔を背けてつまらなそうな表情をしていた。


結局、参謀総長交代の儀式は何事もなく終わった。


しかし、これで万事終わったわけではない。

これからプロストはどうするのか。

その動向に注目しなければならない。


すでにアドルノは、このあとのプロストの動きを注視すべく、プロストの屋敷や、主だった軍の施設に監視役の兵士や間者を大勢解き放ってあった。


問題はまだまだ続くのである。


神殿から一度参謀本部に戻ったプロスト元参謀総長を乗せた馬車の列が、本部をあとにしてゆく。

今やアドルノの部下となった大勢の兵士が参謀本部内からプロストを見送っていった。

その間にも、プロストの馬車列に何か異変がないか、本部の屋根の上や、民家の屋根の上からプロストを監視する兵士たちがそこかしこに配置されている。

プロストの家の近くにも複数の兵士を配置してある。

プロストの家の近くにはアストも存在する。

リカルドは国境の城門を、パトリシアは軍の主要な訓練所を、パトリックとリリーはアドルノの自宅を守ることになった。

それぞれの場所は、早馬ですぐにでも連絡を取り合えるように事前に連携を取ってある。

アドルノはこの状況を実際の戦闘のようだと思い、いい機会だから皆訓練のつもりで事に当たるように、と伝えてあった。

まだまだこの国の練度は高いとはいえない。

プロストが引退したらすぐにアドルノが取り掛からねばならないことは軍備増強である。

そして連日の訓練の実施だ。

そうしてハミルトン公国や、革命勢力に対しての実力の差を埋めなければならない。

正直、アドルノにとってはプロストのことなど、こうした軍の事情に比べれば取るに足らないことと思っていた。

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