刺客
かちん!
と音がした瞬間には、その者が手にしていた槍は、アストの左手によって掴まれていた。
かちん、と音がしたのは水晶だった。
だが、槍による一撃を受けた水晶玉は、まったく傷ひとつすらついていなかった。
「何者だ!」
アストは暗がりのなかでそう叫んだ!
侵入者は目出し帽をかぶっていて、誰なのかわからない。
それ以上に部屋が暗すぎてよく見えないのだ。
すると、寝室の窓ががちゃん!と音をたてて割れ、外からもうひとりの侵入者が現れた。
こちらも目出し帽をかぶっているようだが、窓の外からの逆光で、目元すらもアストからはよくわからないでいた。
「はなせ!」
アストが槍をどうしても放そうとしないので、槍を持った最初の侵入者はそう叫んだ。
だが、アストは絶対に放さないという気迫でそれを放さなかった。
しかし、そこへいま外から侵入してきた者の剣がアストの顔面をかすめそうになったので、アストは槍を手放し、瞬間的に水晶玉を持って後ろにあとずさった。
アストは軽業師でもある。
寝室はせまくて不利だ。
ここであっという間に水晶玉でこのふたりをやっつけてしまうという手もあるが、この水晶はなるべくひとには使いたくない。
「うおあああああ!!」
そう言うと槍をもった最初の侵入者はアストに対して槍を突き出した。
アストが避けた先には窓からの侵入者がいて、こちらは「いやあああああ!」と叫びながら剣をアストに対して突き出した。
しかし、せまくて動きづらいながらも、アストはなんとかその一撃を避けた。
「ブライト・ライト!!」
寝室内に声が響いた。
部屋の入り口に立っていたのは、アーマー(胸のところだけなぜか露出させてある)を着たパトリシアだった!
パトリシアは暗がりの中、あたりをしばらくのあいだ照らし出す魔法を放っていた。
「ぐわ!」
「ああ!まぶしい!」
ふたりの侵入者はひるんだ。
そこへ、割れた窓の外から飛び込んできたのはリカルドだった。
飛び込んできた瞬間には飛び蹴りの姿勢だった。
そのまままっすぐに、窓から入ってきた二人目の侵入者の足に蹴りを喰らわせた。
「ぎゃっ!」
もうひとりの槍の侵入者に対しては、パトリシアの光の攻撃で身動きが取れなくなっていたところを、アストが首に手刀を喰らわしてあっという間に気絶させてしまった。
侵入者ふたりはあっという間に制圧されてしまった。
「おまえたち、なぜ!?」
アストはなぜパトリシアとリカルドがここにいるのかがわからず声をかけた。
「アストさん!今はいいから!こいつらを!」
パトリシアは部屋に入ってくると、リカルドが窓からの侵入者をおさえつけ、パトリシアがその者を、なぜか持っている縄で縛って拘束した。
「は、はなせ!」
と、窓からの侵入者は抵抗しているが、怪力の冒険者リカルドを前に無駄な抵抗というものだ。
ついで、アストは自分に襲いかかってきた槍つかいの男の目出し帽を取った。
だいたい誰なのかは想像がついていたが。
やはり、以前に決闘したパトリックだった。
パトリックのほうはさきほどのアストの手刀の一撃で気を失っている。
やがて、パトリシアの放ったブライト・ライトの魔法は消え、寝室の中は再び暗くなった。
直前まで明るかったので、外からの月明かりがあったとしても、しばらくは真っ暗な空間にいるように感じられる。夜に目が慣れないのだ。
縄で後ろ手に拘束されたもうひとりの窓からの侵入者のほうも、リカルドの手で目出し帽を取られた。
こちらは、女だった。
「くっ!殺せ!」
女は開口一番そう言った。
「そういうわけにはいかねえ。誰の差し金か教えてもらわねえといけねえからな」
リカルドはそう言うと、ひざをついて、女侵入者の前に顔を近づけた。
「ぺっ!」
女侵入者はリカルドの顔に唾をはきかけた。
しかし、リカルドは怒るでもなく、不気味に笑っている。
横からの月明かりで顔の半分にだけ光の当たった薄ら笑いのリカルドの相貌は、女の侵入者をぞくっとさせるには充分だった。
女侵入者は泣き出しそうな顔になった。
「は、早く殺しなさいよ!」
女侵入者は目を閉じて、ついに涙を流しながら叫んだ。
「おいおい、でかい声を出すと、外にひとが集まっちまうだろ?そりゃ、おまえさんにこんなことを頼んだやつにとってもためにならねえんじゃねえか?」
リカルドは右手の人さし指で吐きかけられた唾をぬぐうと、今度はそれをぺろりと舐めた。
それを見てまた女は目に涙をためた。
「う・・・うう・・・」
「なんだよ。まだ子供じゃねえか。どうすんだよ、これ」
さっきからそのやり取りを聞いていたパトリシアは表情ひとつ動かさず腕組みしながら、後ろ手に拘束されて床にへたりこんでいる女をただ見下ろしていた。
腕組みをしたパトリシアの胸の谷間にも、横からの月明かりがあたっていて、光のあたっている部分とあたっていない部分の白と黒のコントラストによって、白く美しい胸が暗い中で映えている。光の当たっている部分だけは白い肌がテカテカと輝いている。
「まあ、誰の仕業かは、おおむね想像はつくがな」
寝室のドアの前に遅れてやってきたのは、アドルノだった。
「アドルノ。君もきてくれたのか」
アストはため息まじりに安堵した。
「ああ」
アドルノは右手ひとさし指でメガネを顔の側に寄せると、アストが右手にもっている水晶を見た。
「どうやら、連中はアストの水晶が決して割れることはない、とは知らなかったらしいな」
「みたいだな」
アストのそばで倒れているパトリックは、最初、アストを狙わずに水晶玉を狙っていた。
「おい、この家だ!気を付けろ!」
外から何やら声が聞こえてくる。
どうやら騒ぎを聞き付けて警察でも来たらしい。
「おい、もしかして、ちょっとまずいのかな、これ」
リカルドは女侵入者のもとから立ち上がると、他の三人に聞いた。
「ふむ」
アドルノは冷静だ。
アドルノのメガネにも月明かりがあたり、アストから見るとメガネだけが異様に光っているように見える。メガネだけが暗がりのなかで浮かんでいるようだ。
どかどかと階段を駆け上がる音。
そうしてしばらくして、部屋に入ってきたのは。
「アスト様!ご無事ですか!」
(なに!軍隊!警察ではないだと!?)
アストは何が起こっているのか理解できなかったが、アドルノは妙に冷静だ。
アドルノは冷たい視線でいま入ってきた兵士たちを横目で見た。
「侵入者は?」
と言ったのはいま入ってきた兵士のひとりだ。
アストの家の中に入ってきた兵士は少なくとも四人らしい。あとは下にも何人かいるようだ。
兵士たちは倒れているパトリックをふたりがかりで脇にかかえた。もうひとり後ろ手に拘束されている女のほうも立ち上がらせて、ふたりの兵士が両側に付き添うと、部屋の外へ出て行ってしまった。
「やだあ!殺せ!いま殺せえ!」
そう叫ぶ女侵入者の声を遠くに聞きながら、アストは呆然と立ち尽くしていた。
「では、アスト様!あとは我々にお任せください」
「・・・」
アストはそれには何も応えることができなかった。
兵士たちは去っていった。
あとに残されたのは、散らかった部屋の中にアスト、アドルノ、リカルド、パトリシアのいつものメンバーだけだった。
アストはアドルノに聞いた。
「そうだ!おまえたち、なんで俺の部屋に!まるで俺の家が襲撃されることを知ってたみたいじゃないか」
「確信はなかったがな、なんとなく嫌な予感はしてたので、念のためな」
そういうとアドルノはメガネを右手ひとさし指で顔の側に寄せた。
「あのふたり、どうなってしまうんだ」
とアスト。
「警察が来ると思ったが、軍のやつらだったからな」
そう言ったのはアドルノだった。
「ああ、ということは」
「まさか、あのふたりは」
リカルドの声が珍しく動揺している。
「なんだ?どうしたんだおまえたち」
アストは状況がわからず聞いた。
アドルノはメガネを取ると、胸ポケットから布を取りだし、メガネの鏡面を拭き始めた。
「軍法会議で死罪かもな」




