宴会
その日の晩は、アスト・ライコネンを歓迎するパーティーが軍の施設で開かれた。
アストはいきなり陸軍中佐に任命された。
アドルノが大佐なのでそのすぐ下の官位となる。
もはや誰もアストの実力を疑う者はいなかった。
いや、正確にはパトリックを除いてだが。
パトリックはアストと「黄泉のドラゴン」の戦いを見ていない。
アストにやられてのびてしまっていたからだ。
まだ納得いっていないようで、鼻息荒く、アストのことを睨んでいた。
しかしアストはそんなことはつゆとも知らなかった。
なにしろ彼は大勢のひとからの杯を受けるので精一杯だったからだ。
(の、飲み会は苦手なんだ)
アストは次々に差し出される杯を受けながら、もはや足元はふらふらだった。
彼は酒は苦手だったし、飲み会での人付き合いも苦手だった。
そばで見ているアドルノがアストに耳元でささやく。
「お、おい。大丈夫なのか?おまえ酒は得意ではなかっただろう?」
「そ、そうだ。もう吐きそうだ」
「今のうちに吐いてこいよ」
「ああ、そうするよ」
そう言うとアストはそそくさと宴会場をあとにした。
アストがげーげーと外で吐いている間に、アドルノ、リカルド、パトリシアがアストのもとに集まってきた。
「よお、大丈夫かよ、アスト」
「アストさん。あまりご無理をなさらず」
「そうは言っても、みんなが酒を持ってくるんだから、無下に断るわけにもいかんだろう?」
ほとんどの中身を吐ききったアストは、真っ赤な顔から白い顔へとみるみる戻っていった。
「はあ。これでだいぶ落ち着いた」
アストは参謀本部の庭に置いてあった陶器でできた背もたれつきの椅子に腰掛け、空を仰ぎ見た。
満点に広がる星空だ。
この時代は電飾などないため、どこでもこのような空を見ることができ、特にこの光景に感動するといったようなこともない。
アストは昼間気にかかっていたことをアドルノに聞いてみることにした。
「なあ、アドルノ。ここの軍隊なんだが、俺がハミルトンで見た軍よりも明らかに規律が乱れているように見えたんだよ」
「え、ほんとか?」
それはアストにとっては意外な回答だった。
ことによるとアドルノは今のアストの言葉に怒るのではないかと思っていたからだ。
「意外か?」
アストは背もたれにもたれたまま、ひたいに右手の平をやり、左手はだらりと椅子の下のほうまでさげて空を見続けている。足はそばに置いてあるテーブルに右足だけだらしなく乗せている。
「我が国の国民軍はまだ創設されたばかりだ。ハミルトンのほうではもっと前から警戒感を強めて対処に当たっていたからな。それで今のところはその差が出ているのかもしれん」
「今のところは、か」
「おう。まかしとけよ。俺様がどいつもこいつもたっぷりしごいてやるからよ」
とリカルドはまたしても右のこぶしを見せつけている。
それについてはアドルノが苦言を呈す。
「リカルド。単にしごくだけじゃダメだ。指揮命令系統を明確にし、連携を常にとるように訓練するんだ。ただ筋肉にまかせてばかりの訓練をするだけじゃダメだぞ」
「わ、わかってるよ。そんなひとを脳筋みたいに言うな」
リカルドはやや不服そうに口許をふくらませると腕組みしてそれ以降は黙ってしまった。
四人ともが空を見上げている。
晴れた日の秋の夜空だ。
「またこの四人で冒険できたらいいのに。まさか戦争になってしまうなんて」
パトリシアは残念そうにそう言った。
「まだ戦争になると決まったわけじゃないさ」
そういうとアドルノはアストの向かいの椅子に腰かけ、テーブルに右ひじをついて右手のこぶしにあごを乗せた。
「それに、冒険なら、もしかしたら、ほんとうにこの四人で、近々できるかもしれんからな」
「え、ほんと!?」
パトリシアは拝むときみたいに両手を目の前で合わせると、両足で少しだけぴょんと跳び跳ねた。
「どういうことなんだ?」
アストが聞く。
「『黄泉のドラゴン』は東のダンジョンの九十九階層のエリアボスだった」
「うん」
「ということは?」
「最後の、百階層にはまだボスがいる、ってことか?」
「そういうことだ」
「いやまあそれはわかるよ。でも東のダンジョンはいま閉鎖されてるんだろ?戦の準備が最優先ということで」
「ふっふっふっふ」
アドルノは不気味な笑い声をあげた。
「な、なんだよ、いったい」
「まあ、それについてはな。ちょっとした考えがあるんだよ、わたしには」
「なんだよ、また隠し事かよ、軍師さんよ」
それはリカルドのあきれた声だった。
「敵をあざむくにはまず味方からというだろう。軍師としては当然の振るまいだよ」
「ちぇっ。そうかいそうかい」
「ああそうだ、アスト。君には言い忘れていた」
「ん?なんだ、いったい?」
「明日も参謀本部に来てくれ。明日は重大な会議があってな」
「また会議か。今日も会議、で、そのあと決闘に、『黄泉のドラゴン』との戦い、そんでこの宴会だろ。疲れるなあ」
「まあそう言うな。この国の運命を決める重要な会議だからな」
「それほど大事なのか」
「ああ」




