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第4話 難易度はヘルモード (前編)

事実しか話していないはずだが、確かにどうかしている質問ではあった。


今は4月中旬、新学期が始まり新入生も新しい場所や人間関係に慣れ始めてくる頃だ。


そんな時期に

'自分の教室がわからない'

なんて言われたらそう思うだろうに違いない。


しかし当時の俺はそんな考えには及ばず、



『素直に質問したのになんでそんな事を言われなきゃならないんだ』


『そもそもなんでこんな所に一人でいるんだ』



などとつらつら考えていたが、忘れていた。


会話とはつまるところターン制バトル


なにか言わないとあちらの不戦勝になってしまう。


そんな苛立ちめいた俺の口からは出てはいけない…イヤ、言わないのが武士の情けではあっただろうが、当時の俺はそんな事は露知らず。


『これは最強のレスポンスになるぜ』


としか考えておらず、ついにその言葉は喉を超え口先から溢れてしまった。


「俺だって好きで迷子になってるわけじゃない。それにおかしいのは君の方だろう?」


相手は反論したそうに口を開けようとしたが、俺は用意していた反論を矢継ぎ早に捲し立てた。


「(人のことは言えないが)授業はどうしたんだよ。さっきからずっと座って本を読むふりなんてして。1ページも捲ってないじゃないか。それに…」


次の言葉を紡ごうとしたその時、鉄仮面を貫いていた彼女の表情筋が初めて躍動したのを見た。


それはもう恐ろしい形相であった。

なにか地雷を踏み抜いたらしい。

俺がそう結論づけるのに時間は要さなかった。


何か言いたげな口元が微かに動いたが、すぐに元の無表情に戻り、文庫本を閉じて椅子から立ち上がった。


「あなたがどういう事情でそんなことになっているかは知らないわ。でも初対面の人間であるあなたの名前すら知らないのに教室の場所なんて知るわけないじゃない」


言われてみれば確かにそうだ。

そして俺は今から喋る内容を1度頭の中で繰り返し抜けやズレが無いかを確認し口に出した。


「確かにそれは君の言う通りだ。事情はまぁ無いこともないが、初対面だもんな。つい意地になって反論してしまった。ごめん」


多少は彼女の警戒心も柔らいだのか、はたまた勝ち誇っているのか、少し表情が穏やかになっているように見える。


「あら、本当に事情を抱えているのね。まぁ聞かれたくないのなら聞かないけれど、面倒そうだし」


『この女…言いたい放題だな…でも…』


「そうしてくれると助かる。平穏無事な学校生活を3年間送りたいからな。でも最初に俺は名乗ったんだが…」


彼女はこちらに見向きもせずまた本に向き直り


「あらそう?興味が無さすぎて覚えてないわ」


俺は苛立ちを押し殺して平然を装う。

それが紳士というものだ。

ここで怒って事態が悪くなれば平穏無事から遠のいてしまう。


「じゃあ改めて、俺は双葉秋夜。苗字は双子の葉っぱで、名前は秋の夜って書く」


丁寧に漢字の説明までしてやった。

これで流石に覚えてませんとはならないだろう。


名前の説明するまではずっと文庫本を見つめていた彼女だったが、今回はちゃんと聞いていたのか、漢字の説明をした途端にこちらに視線を向けてきた。


この時初めて彼女と目が合った。


改めて見つめられると視線を外したくなる程に顔が整っている。


茶髪の長いふわふわとした髪とは裏腹に、冷たい鉱物を思わせる表情の読めない顔立ちだ。


そこで俺はハッと我に返った。


恥かしさからではなく、これ以上見つめていると殴られそうな気がして目線を逸らしてしまった。


その一瞬

俺の目端に口角の挙がっている例の鉱物の姿が映った…ような気がした。


気のせいだと思いたい。

女子がそんな風に笑う時と言うのは自分の優位を確信した時か、嘲笑する時くらいだなものだ。


「そう。"双葉秋夜"ね。ご丁寧な説明ありがとう。」


ほらみろ。

嫌味をいってきたぞ。

ここからどんな耳障りの悪い事を言われるのだろうか…


「あなたの下の名前には'秋' の文字がはいっているのよね?」


思っていた罵詈雑言ではなく、少々驚いたが


「そうだよ?それが何か気になるのかい?」


彼女は顎に手を当て得意げにニヤリと笑った。


「えぇそうね。先程のあなたの質問に対して答えてあげることにしたわ」


その発言を皮切りに俺の思考が稼働し始めた。


『なんでこいつはこんなに上から目線なんだ』


『さっきの質問ってあれか?教室を知ってるのか?』


『なんで名前を聞いてからこんなに乗り気なんだ』


『というかなぜ名前で教室がわかるんだ』


聞きたいことは山ほど出てきたが、今は黙って聞くことにしよう。


「俺の教室を知ってるのね。じゃあ場所を教えてくれない?」


それを聞いて彼女はより一層ニヤリと笑っていた。


「いえ、それには及ばないわ。感謝して私について来なさい」


「いやいや、教えてくれるだけでいいのだけど…」


「遠慮することは無いわ。そろそろ体育の授業が終わる頃だから私も教室に帰るのよ。そのついでだから気にしなくていいわ」


俺がいい切る前に彼女に言葉を遮られてしまった。


これは従うしかあるまい。


彼女は気にしなくていいと言い切るやいなや、本を閉じ図書室の出口に向かった。


俺の目にはその扉が地獄の入口に見えたのは言うまでもない。


その扉に手を掛けた彼女の動きがピタリと止まった。


そして綺麗な髪を手で払いながらこちらを振り向き口を開いた。


「そうそう。あなただけ名乗らせるのはフェアじゃないわね。私の名前は"鴇田颯華"。よろしくはしなくていいわ」



『ときたそうか…強そうな名前だな。ピッタリじゃないか』


『本当にこいつの思考がわからんわ…』


『まぁでもとりあえずは返事をしなくてはな』



「ご丁寧なご挨拶ありがとう。じゃあ案内よろしくね」


意趣返しというか、してやったりみたいな感じでやり返してみた。


効果の程は彼女の顔を見れば言うまでもなかった。

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