第3話 理想と現実と妄想と (前編)
「とりあえず今から教室で午後の残りの授業を受けてもらいます。放課後また職員室に来なさい。詳しいペナルティの内容はその時話します。私からは以上ですが、何かありますか?」
言いたいことは沢山あるが、逃れる事が出来ないことを悟ってしまい、何も言う気が起きなかった。
「何も無いのなら早く教室に行きなさい」
「はい…わかりました…」
出たのか出てないのかわからないくらいの声量だったと思う。
そう言うのと同時に荷物を手に取り、扉を2つ潜り廊下へ出ると自分の教室へと向かった。
「あ、でも俺自分の教室の場所わからんやん…」
どうしたものかと悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「どうしたんだ後輩くん。困り事かな??」
驚いて振り返ると自分よりも背が高い女性がいた。
まだ少し肌寒い中、少し空いた窓から流れてくる風がその人の肩にかかる髪を艶やかに揺らす。
「綺麗…」
「え…」
言うつもりはなかったが、どうやら心の声が漏れてしまっていたらしい。
真っ赤になった顔を見てしまい、やってしまったと思った。
謝罪は早いに越したことはない、訴えられる前に先制謝罪を決め込むことにした。
「ご、ごめんなさい…セクハラとかそんなつもりはなくてですね…びっくりしたからというかなんと言うか…」
「あ、いやそんな風には思っていないよ。ただ驚いただけだから、後輩くんが気に病むことはないさ」
そう言われてもなぁ…と思いつつペコッとお辞儀をしてその場から去ろうとしたのだが、またここで悪い癖が出てしまった。
『普段から言われ慣れてそうなのにな』
『なぜ後輩だとバレたんだろう』
『この人はなぜこんな所にいるのだろう』
『驚いただけにしては耳まで真っ赤じゃないか』
こんなふうに今起きた事を取り留めもなく思考してしまう。自分でも無駄な事だとは思うのだが止められないのだ。
それだけならいい。それだけならいいのだが、それを全ての動作を止めてしてしまうのが悪い癖たる由縁なのだ。
「どうしたんだい?後輩くん」
ほら来た。動作がピタッと止まると嫌でも目立ってしまう。
「いや、自分の教室がわからなくてですね…」
そう言いながら振り返ると、春一番が廊下を駆け抜けて行った。
タイミングが悪かったとしか言いようがないが、偶然見えてしまったのだ。そう、クマちゃんが見えてしまったのだ。
見えた!!と思ったその瞬間左頬に衝撃がはしり、狭い廊下の壁に勢いよく突っ込んでしまった。
さっきまで王子様ムーブを決めていた名前も知らない先輩、とりあえず王子先輩と呼ぼう。
その王子先輩にはもう王子の'お'の字も感じられないほど小さくなって座り込んでしまっていた。
数秒の間顔を制服に埋めてプルプルしてる王子先輩を観察していると、顔を少しあげた先輩とふと目が合った。
「見たでしょ…」
「いや、何も見てないです」
「見たでしょ」
先程よりトーンがガチで、目に溜まった涙をまつ毛が塞き止めていた。
「いや、あの、ほら、俺はいいと思いますよ?」
俺的にはフォローしたつもりだったのだが、それがトドメになってしまったらしい。
「やっぱり見たんじゃないか!!」
王子先輩のまつ毛は涙の重量に耐えきれず、まつ毛ダムは決壊した。
「すみません…」
「後輩くん、君の名前を教えてくれないか?」
泣き声とも取れるような声で、壁際でずっとへたり込む俺に詰め寄ってきた。
近くで見るとすごく綺麗だなと、今考える事では無いが思ってしまった。
一見無造作に見えるが、しっかりとセットされている肩までかかる少し青みがかった黒髪。
化粧をしていないと言われても気づかないほどに、薄いナチュラルメイク。
羨ましいくらいにクッキリとした二重と大きな瞳。
顔をじっと見ていたのはほんの数秒なのだが、この人の容姿がとても秀でている事を理解した。
「…聞いてるのかな…??」
言葉に怒りが込められているのは明白だった。
「聞いてます!高倉といいます!」
また俺は咄嗟に嘘をついてしまった。
でもまぁ俺の平穏のためだ。どうか許して欲しい。
「よし 高倉後輩、放課後にまたここに来るように」
それだけ言うと王子先輩は走ってどこかへ行ってしまった。
そっちは名前を教えてはくれないのですね…
ここに居てもどうしようも無いので、当初の問題である教室探しを続けることにした。
二本足で立ち、散らかった荷物を片付け覚悟を決めた。
果たして残りの休み時間でたどり着けるだろうか。