第2話 揺るがぬリアル (後編)
遠くで耳障りな電子音が聞こえる。
そうだ、自分でセットした目覚まし時計の音だ。
毎回思うことだが自分でセットした癖に、毎朝最悪な気分で目覚めてしまうのは何故なのか…
などと考えていても音は止まらないので、体を起こして音を止め、初登校の準備をしなくては…
おかしい…思うように体が動かない。
あぁそうか…俺…風邪ひいてるわ…
何故1週間も学校に行けなかったのかというと、ただの風邪と思い1日休んでいたのだが、治る気配は全く無かった。
次の日、病院に行って自分の不運を呪った。
なんと季節外れのインフルエンザだったのだった。
そんなこんなでようやく外出できるようになったので、遅めの初登校としゃれこんでいるのだ。
まぁ病院に寄ってからの登校なので、周りには誰も生徒の姿は無く、少し寂しい。
学校に到着し、まだ少し残る気だるさを感じながら報告のために1度職員室に向かった。
コンコン
「失礼します。双葉です。」
「おぉ来たか!今君の担当の先生は授業中でな?あと5分くらいで戻ってくるから、少しそこの椅子にでも座って待っててくれ!」
いかにもな体育教師の風体でジャージ姿の先生が壁際の椅子を指さす。
先に学校に病院に寄るので遅れての登校になること、インフルは完治したことを電話で伝えたら、教室より先に職員室によるように言われていたのだ。
俺は指定された場所で他人の邪魔にならないよう、小さくなって待つ事にした。
『まだ本調子では無いがコレは言わなくていいか』
『授業は始まっているらしいが、ついていけるだろうか』
『あの先生、周りの同性の先生はスーツなのに1人だけジャージで恥ずかしくないのだろうか』
『というか、さっきあの先生はなんて言ってた?担当?担任じゃなくて?』
『先生が言い間違えなんてするか?』
『いや、体育教師だしあるかもしれんな』
その時ぬっと俺を大きな影が覆った。
急に暗くなって見上げるとそこには女性教師の顔が俺を見下ろしていた。
「君が双葉くんね?私はあなたの担当の安曇祈織と言います。あなたに聞かなくちゃいけないことがあるからこっち来てくれる?」
そういうと職員室奥にあるドアを指さし、先に行ってしまった。
無愛想な人だなぁと思いつつ、言われた通り後ろをついて行く。
資料室のような部屋に通され、真ん中に設置してある机を挟んで2人で椅子に腰かけた。
「入学式明けの日からインフルエンザとは災難でしたね。完治した様で何よりです。」
なるほど、その先生は生徒のアフターケアをしてくれるのか。
そして安曇先生は懐から手帳を取りだし話を続けた。
「双葉くん。君に聞かなくては行けないことですが、」
どーぞどーぞ、闘病中の辛い気持ちや症状の詳細とかでしょ?熱弁してあげますよ?
などと思ったが、安曇先生は信じられない言葉を口にした。
「君 入学式で自分がしでかしたことおぼえてます?隣の席の高倉くんから話は聞いています。壇上の女性を舐めまわすように視姦し、あまつさえ2人して大きな声でお喋り。あれはどういうつもりだったんですか?」
抑揚のない声が身に覚えの無いことを淡々と紡いだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
あまりに荒唐無稽な話をされてしまい、つい立ち上がってしまったが、安曇先生の冷たい視線が椅子に座れと促してくる。
その眼光に気圧され椅子に座りながら、こちらの言い分を語ることにした。
「僕はそんなつもりで見ていたわけではありません!それに式の最中はずっとアイツが1人で喋ってたんです!僕はそれに仕方なく答えただけで…」
ここまで一息で喋っていたが、墓穴を掘らないかヒヤヒヤした。
だって式の最中にナンプレ解いてたなんて言ったらきっと問答無用で激怒されるだろうし…
「では君はなにもしていないと?」
話のわかる先生で助かる。そう、悪いのはその高倉ってやつだ。間違いない。
「そうです。僕は何もしていませんよ…」
伏し目がちにそう答える俺の視界の端に手帳から何かを取り出す安曇先生の手が見えた。
「ではこれはなんですか?」
その手を見て俺は絶望した。
安曇先生の手にはあの日途中まで解いたナンプレの紙がしっかりと握られていた。
紙がぐしゃっと握られているのを見て先生の怒りの度合い、何を言っても全て無駄だろうということを察した。
「え、いや、その……ナンプレです…」
入学式のあの日にあった事は全て幻だと、病気の時に見る夢だったんじゃないかと思っていたが、間違いなく現実だったらしい。
どうやら俺の高校生活は最底辺からのスタートになるようだ。