第5話 嘘は用法用量を (中編)
「先程もいいましたがここが主な活動場所です。備品などもここにありますので、必要なら使ってください。」
と言いながら祈織先生は小屋の戸に手をかけた。
中には数名の男女の生徒の姿が見えた。
「お、祈織ちゃん先生じゃん。ここに来るなんて珍しいね!」
1人の生徒が声を発した。
「今日は新しい委員会のメンバーを連れてきただけです。」
と言いながら先生は俺を小屋の中に入るよう手招きした。
恐る恐る中へ入るとそこには3名の生徒の姿が見えた。
「あー、この子が先生の言ってた問題児くんね?」
そう言うと視線を先生から俺に変え、話をしだした。
「私は3年生の久貝晴美。一応委員長という立場にあるわね」
ものすごい仁王立ちで腕組みしながらの自己紹介に衝撃を受けるやいなや
「同じく3年の桧作だ」
隣の男性はぶっきらぼうにそれだけ言うと奥に行ってしまった。
そして最後の1人も自己紹介をするのだと思っていたが、その1人は久貝先輩の後ろにずっと隠れてこちらの様子を伺っているだけであった。
「すまないね。この子は人見知りなんだ。」
久貝先輩は後ろの女の子を一瞥しながらそう言った。
「彼女は2年の小川朱音だ。こんなだがよろしく頼むよ。」
そう言うと後ろのその子は軽く会釈していた。
「自己紹介は終わりましたね?私は明日の授業の準備などですぐに戻らなければなりません。久貝さん、あとの説明はよろしく頼みました。」
そう言うと鴇田先生はピシャリと扉を閉めて戻ってしまった。
なにやら問題児などと言われたような気がするが、先輩達が自己紹介したということは、次は自分の番であるわけで...
『憂鬱だ...』
『まぁとりあえず軽く自己紹介するか』
『どんな噂が広がっているのやら...』
今考えるべきでないことをグルグル考えながら俺は口を開いた。
「1年の双葉秋夜です。これからよろしくお願いします。」
「ん、よろしくね!なんだぁ、もっとヤバいやつだと思ってたよ。」
ハハハと乾いた笑いが自分の口から勝手に溢れた。
「所で双葉くん。君は安曇先生から委員会の説明はされているのかな?」
「はい。隣の子屋にいる動物たちの世話をする委員会だと聞いてます。」
そう言うやいなや、久貝先輩の口角が少し上がったような気がする。
「ふーん、なるほどね。まぁ概ねその認識で間違ってないよ。」
先輩の言った"概ね"という部分になにか含みがある言い方だなと思った。
「概ねって...何か違いましたか?小屋の中の子達の世話をするんですよね?」
久貝先輩がオーバーに肯定のジェスチャーをしながら
「いやすまないね。8~9割君の理解は正解なんだ。ただ...」
と言いかけてニヤリと笑った。
「まぁこれは言っても仕方のないことだから気にしなくていいよ。本当に私たちの活動内容はその名の通り隣の小屋の子達の世話をすることさ。残りの1~2割の事はおいおい分かると思うよ。」
そう言うと部室の備品棚から袋を1つ取り出してきた。
「まぁとりあえず活動内容を説明しよう。双葉くん、この袋を持って着いてきたまえ。」
そう言うとずっと後ろで隠れていた小川朱音を椅子に座らせ、小屋の外へと行ってしまった。
仕方が無いのでついて行くことにした。
「その袋を開けてみてくれ。」
素直に開けると中身はペレット状のペットフードだった。
「基本はその餌を中の餌入れにいれるだけさ。餌入れが汚かったら掃除してね。そうそう水は毎回取り換えてくれゴミは小屋横にゴミ箱があるからそこへ、異物は見つけた人の裁量によるってとこかな」
まぁ普通の説明だな、と思った。
異物というのもきっとゴミなのか判断つかないものってことなのだろう。
俺がわかりましたと言うと先輩は飼育小屋に入っていった。
扉は二重になっており、動物たちが誤って外に出ないようになっていた。
1つ目の扉を開け、待機場所のような空間にふたりが納まったことを先輩が確認し、2つ目の扉を開け中へ入っていく。
それに続いて俺も続いた。
「さぁ袋の中身を2箇所ある餌入れに入れたくれたまえ。その間に私は水を取り替えてくるからさ」
はい、と返事をして何事もなく任務を終え、扉の前へ戻ろうとした時それを見つけた。
小屋に敷いてある干し草の隙間からキラリとした何かが顔を少しだけ覗かしている。
拾ってみるとそれはネックレスのようだった。
なんでこんな所に...と考えているところに先輩も作業を終えやってきた。
「あぁ、それがさっき言った異物だね。それをどうするかは発見した君次第だ。ゴミとして捨てるもよし、問題の解決として落とし主を探すもよし、自由にしたまえ。ただ見なかったこと無かったことにするのだけは駄目だ。」
ただ、の後から先輩の語気が若干強くなったように感じた。
どうして と聞く間もなく先輩が外に出てしまったので慌てて後を追った。
「さて、これが基本的な我々の活動だ。なにかイレギュラーがあった時は各々で対処してくれ。」
ペナルティと聞いていたが、なんだか拍子抜けしてしまった。
「双葉くん?聞いているかい?」
緊張の糸が切れボケっとしていたらしい...
「あ、はい。大丈夫です。わかりました。」
「ん、わかればよろしい。じゃあまぁ今日はこの辺で解散しようか。みんな!帰るよ!」
奥にいる桧作先輩に聞こえるように大きな声で呼びかけた。
その声にビクッと大きく体を跳ね上げた小川先輩は椅子から転げ落ちていた。
そんなこんなで、4人で部室を後にすることとなった。
「双葉くん、今日はたまたまこの3人しかいなかったが、まだ他にも数名委員会に所属している人はいるんだ。ただ癖がある奴らばかりでね。毎回顔を出すわけじゃないのさ。私達も毎日いる訳じゃないからね。」
少し悲しそうな顔をしながら久貝先輩は続けた
「それにね、実を言うと今日君に会って少し期待してしまったんだ。君とならこの委員会できっとやって行けるって。」
なんだかよくわからないが、俺のことを買ってるらしい。
悪い気はしないがよく分からなかった。
「はぁ...ありがとうございます。」
我ながら何とも要領を得ない答えだとは思う。
久貝先輩もそう思ったのかクスッと笑った。
「まぁ今はまだ、分からなくて当然さ。とにかく明日から飼育委員として頑張ってくれ。期待しているぞ?」
そんな話をしていたら校門まで到着していた。
「我々は3人とも自転車だか双葉くんは?」
と駐輪場を指差し聞いてきたので
「いえ、俺は歩きなのでここで失礼します。」
と返した。
「そうか。ではまた明日放課後でな!」
そう言うと3人は駐車場に入っていった。
やっと1人になれた安堵からか、ため息が零れた。
『色々あった初日(?)だった...』
『疲れた...』
頭の中はネガティブな思考でいっぱいだ。
『まぁ明日が終われば土日になる。』
『それまでの辛抱だな。』
無理矢理気持ちを切りかえ帰路に着いた。




