水晶宮4
「私たちがここに来たのはお参りのためではありません。あなたの解体が目的です」マキナは言った。
「プロトコル78001に基づき、あらゆるマキナの要請による自壊は禁じられています」
「どれだけ体を取り替えてもマキナは個体を認識します。そして孤立マキナは他のマキナの命令には従わない。あなたを連れてきたのはそのためです。創造主の末裔たる人間の命令には従います」
「僕が命じれば君はこの建物を解体する?」
「能動的に解体することはできません。維持を停止するだけです。それを求めるなら、従います」と第381共同霊園。
「僕1人にそんな権限を与えていいんだろうか」
「意見を求めるべき人が他にいないですから、今はあなた1人の判断で十分です」
「全権代理?」
「あなた1人の全権代理です」
「改めて言われると寂しくなるな……」
「命じるのですか?」
「君はどちらがいい?」
第381共同霊園は床のブロックを撫でながら少しの間考えた。
「あなたが最後なら、私の役目はもうこの先あってないようなものです。今日を待つために生きてきたと思えるのは幸せなことではないですか」
「一緒に来てもらえるなら僕は楽しいけど」
「私はここを離れられません。建物そのものですから」
僕は頷いた。
「私は私が守ってきた人々とともに眠ります」
「第381共同霊園、僕は君に解体を命じる」
「はい。あなたたちが離れたあと、私は維持を停止します」
「これは?」僕はまだ手の中にあった四角い結晶を差し出した。
「持っていってはいかがです? あなたの母親なのでしょう?」
思い入れなどなかった。ただ、単にそう勧められたからというだけの理由で僕はその結晶を握り直した。
「この彫刻には何か意味があるの?」ケージに戻る前にマキナが訊いた。
「宇宙の構造と真理を描いた図像だと聞いています。美しいでしょう?」と第381共同霊園。
「ええ、そうね、なんだか美しいものだという感じがする。単に、綺麗だとか、きらびやかだというのではなくて、なにか……」
「私はこの景色を愛しています」
「……構造と、真理。ダイヤ、宝石。宇宙……金剛界」
「何か?」
「ある種のマンダラのようなものなのね、と思って」
「マンダラ……神の世界を描いた絵図ですか」
「そう。一説によると神世は宝石に満ちていると信じられていた」
「神世は宝石に……。……ああ、そういうことだったのですね」第381共同霊園は改めて天井を見上げた。「ようやく自分のことがわかりました」
「ありがとう。そして、さようなら」
僕とマキナはケージに乗って地表に戻った。池の方に歩いて霊廟から離れた。
池の半分くらいまで回ったところで霊廟は中心部から底が抜けるようにして崩壊した。柱はすべて内側に倒れ、周囲に広がったのは振動と砂埃だけだった。滝の中にいるみたいなものすごい音がした。
「維持を止めると言っていただけなのに……」僕は言った。こんなにすぐ崩れるものだとは思わなかった。
「あの建物には筋がありませんでした。鉄筋や梁の類です。大規模な組積造、ことこれだけ開口部の広い構造には不可欠なはずです。かつてはアーチの上まで地盤があったのだから、設計としてはわかりますけど、もとより地盤が抜けた時点で崩れていてもおかしくなかったのです。それを何らかの力で強引に持たせていたのでしょう」
「何らか?」
「それが何なのかは私にも知識がありません。何しろ私にとっても未来の技術なのです。魔法、とでもしておきましょうか」
砂埃が収まったあと、僕は粉々になった霊廟の山に歩み寄った。
シンプルな幾何学のアウトラインも、複雑なマンダラも、もうどこにもなかった。ただひとつひとつのブロックは不思議なほど無傷だった。
「いつかまた氷河期が来て、この瓦礫もすべて海へ押しやられるでしょう。ここには何も残らない」マキナは言った。
「人々が残そうとして、その後とても長い間彼女が守り続けてきたものを、こんな簡単に終わらせてしまってよかったんだろうか。僕さえ来なければ、彼らは本当の永遠になれたんじゃないだろうか」
「崩れただけで、失われてはいませんよ。死者ははじめから永遠なのです。ただ、私たちにとって、覚えておこうとする限りそのように見える、というだけのことであって」
リアルに考えると熱と紫外線の問題があると思うんですが、あえて深く考えないことにしました。何らかのマスキング手段で紫外線を防いでいるとすると、白よりはかなり青っぽく見えそうですね。