プロローグ2 転生
次に目覚めた時、僕に与えられていたのは軽くて健康な肉体だった。
放射線に侵されているわけでもなく、後遺症で体の動きに支障をきたすような怪我も負っていなかった。
眩しい。瞼がジリジリする。
ベッドが野ざらしになっているみたいだ。
「おはようございます」少女は言った。白くて長い髪が雪みたいに光っていた。
既視感、フラッシュバック。
ノズルから吐き出される氷のきらめき、白い船体の眩しさ。
「……マキナ?」
「え?」
「たしか、そう、ヴィオアパスとかなんとか」
「なぜわかったのです?」マキナは目を丸くした。月みたいだ。
「なぜかな。でもそう思ったんだ」
「ここは?」
「あなたに最も親しい近縁者が生まれた場所です」
「僕の母親のこと?」
「ええ」
「でも何もない」
「当然です。残っている方がおかしい」
「別の世界っていうのは……」
「そう思って差し支えないくらい、時間的に遠く離れた世界、という暗喩です」
「さあ、これを着てください。出発しましょう」
マキナはシャツとズボンと靴下をベッドに並べ、白いオーバーを広げた。確かに空気は冷たかった。
「出発って、どこへ?」
「あの山の向こうに最初の目的地があります。この谷を辿っていけば見えてくるでしょう」
「乗り物が見当たらないんだけど、もしかして歩いていくの?」
「そうです」
「あの山も十分遠そうに見えるけど」
「時間はたっぷりあります。体力もたっぷりあります」
「つべこべ言うな、ということみたいだね」
幸い僕は歩くことに飢えていた。異存はなかった。
僕は与えられた服を着て、与えられたザックを背負った。ザックはお揃いだった。靴もデザインは同じだ。要はサイズが違うだろうってこと。
僕たちはまず遠くに見える小さな丘を目指した。そこだけが何かの目印のように少しだけ高くなっているのだ。
辺りには元気のない草がまばらに生えていて、地面の見える面積と草で覆われている面積が半々くらいだった。膝丈くらいまで伸びているものもあるけど、邪魔になるほどじゃない。
どうやらとても幅の広いなだらかな谷の底にいるようだ。
谷の両側は壁のように反り上がっている。そこには緑がほとんどない。黒い岩肌が露出している。
谷の上流も下流も空気が霞んでいてどこまで続いているのかよくわからない。見えている丘だってなかなか近づいてこない。
「どこまで続いているんだろう」
僕は呟いた。黙り続けていると自分の息ばかり大きく聞こえてきて窮屈だった。
「ずっと行けば、海まで」マキナが少し遅れて答えた。
「なぜわかるの?」
「この谷は氷河が海に出るまでに地面を削っていった痕跡です。そういう形をしています」
「氷なんてどこにもない」
「昔はあったのでしょう。何億年もあれば星は氷のない海の温暖期と氷に閉ざされた寒冷期繰り返すものです」
「じゃあ、今は暖かい時代なんだね」
「でしょうね」
「それにしては空気が冷たい気がするけれど」
「生き物が減ってしまったせいかもしれません」
確かに、草木以外何の気配も感じなかった。
虫はまだ土の中で眠っているのだろうか。
鳥はまだ渡ってこないだけだろうか。
ただ、なんとなく、どこまで行っても何にも出会えないんじゃないかという気がした。
風が吹く。
不安、それとも孤独の予感のような、何か寂しいものを雪やあられのように含んだ風だった。