5.天敵A
「楽しそうね、恩田クン」
夏の日差しに焼かれたアスファルトの上に立っていたのは、確かに恩田徹の天敵の一人、斎藤恵那だった。
ブワッと、全身のから夏の暑さと関係ない汗が噴き出る。
「斎藤さん!…いやぁ、奇遇だなぁ!こんなところで、何を?ははっ決まってるよね!そうだよね帰省だよね!…それじゃ!」
一気にまくしたてると、恩田は今度こそ撤退を選んだ。
恩田に、立ち向かうという選択肢はなかった。
「待ちなさいよ恩田くん」
…選ぼうとした瞬間、自転車のブレーキを思いっきり握られた。
※危険行為です。
「手を放してぇ!」
「…なぜ逃げようとする?」
「仕事中だから!ほら、僕お巡りさん!」
「…言い方を変えましょう。……なぜ、そこまで必死に逃げようとする?」
握られたブレーキにさらに力が籠められる。
傍から見れば、発進しようとする自転車のブレーキを迷わず掴める輩は明らかに危険人物であり、どう考えても恩田に非は無いのだが。
しかし、恵奈にしてみれば恩田の態度は失礼極まりない。
旧交を温めようと声をかけた矢先に逃げられそうになったのだ。
ブレーキをつかむぐらいが何だと言うのか。
※危険行為です。
「女性の顔を見て逃げ出そうとするなんて失礼だと思わない?私は今日も…いや、確かに寝不足と汗でベストコンディションとはいいがたいけども!こんなに綺麗…容姿に気を使っていると思うのだけど?」
「誰に気を使って言い直したの?」
「妹よ、好感度はお金で買えないのよ。日々の言動が大事なの」
恵奈の視線の圧に耐え切れず、もはや蛇に睨まれた蛙状態の恩田に助け舟を出したのは、恵奈の陰から顔を出した彼女の妹、叶だ。
これ幸いと、救世主に助けを求める恩田。
「久しぶり、叶ちゃん。お姉さんどうにかしてくれるかな?」
「無理」
救世主は死んだ。
「…あら、私を無視してる?さすがだわ恩田くん。私、貴方の運命の女の子…」
「勘弁してください!!わかりました!わかりましたから!
………え?そもそも何故こんなところに?」
本土と島を結ぶフェリー乗り場と、おそらくは恵奈たちの目的地であろう山元家。
ここはその中間地点である。バス亭もないし周囲にタクシーもない。
荷物をもって徒歩で移動するにはなかなかの距離がある。
唯一目を引くものと言えば、すぐそばの長い石段を上がった先に神社があるが、恵奈たちはこの島に毎年のように帰ってくる。いまさら田舎の神社にテンション上がってタクシーを途中で降りるようなこともないだろう。
「…長くなるわよ」
「結構です」
恩田は深入りするのをやめた。
結果として、恩田は逃げられなかった。
作中の危険行為は決してマネしないでください。