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0.絶対に負けられない戦い

※この離島生活はフィクションです。

ざわっ、ざわっ。


海から吹き付ける寒風が壁を叩く音が大きく響く。

風の音が特別大きい訳ではない、その空間が静かなのだ。


時は一月二日。

世間が新年を迎えた喜びに満ち溢れるころ、絶海の孤島では「絶対に負けられない戦い」が酷く激しく


「「最初はグーっ!じゃんけんぽぉぉぉぉっ!!」」

…ひどく小さく繰り広げられていた。


「おぉぉぉしっ!」

会場である居間にチョキの男の勝鬨の声が響き渡った。

男、山元和人やまもとかずと、24歳。

じゃんけんで勝った時にひときわ大きく喜ぶ男であった。

対する、どこか和人に似た雰囲気を持つ女性が、そんな和人を呆然と見ている。

斎藤恵那さいとうえな、24歳。たった今、和人と勝負していたのが彼女である。


「いや、アンタの負け。小学生でも解る明らかな負けだから」


そして、チョキの男に対して、グーの女であった。



「おっかしいなぁ、白南風島(この島)だとチョキが最強なんだけど」

「かっちゃん、さすがに無理があるよ…」


勝敗に文句をつける和人の横から突っ込みの声が上がる。

巨大な居間の炬燵(縦2m以上・横1.2mある特大サイズ)から首だけ出す格好で温まっているのは、従兄弟の一生いっせいであった。生首が喋っているように見えてシュールである。

上の従兄弟二人の戦いは、巻き込まれない限り見ている分には楽しいと、さっきからみかんを食べながら眺めていたのである。

そんな一生の口に炬燵の上に会ったみかんを黙って詰め込む和人。「無言で!?」と一生が抗議の声を上げるものの、口に詰まったみかんのせいでもごもごと声にはならなかった。


「……すぅ」

そんな一生の向かい側では、もう一人の従妹、恵奈の妹・斎藤叶さいとう かなえがすでに夢の中の人となっていた。

「うぇへへ…」

何か良い夢でも見ているのか、だらしなく笑っている。

「貧乳がいっぱい…」

何かよくわからない夢のようだ。


「じゃんけんで最強の手があったらじゃんけん成立しないでしょ」

「島の文化を尊重しろ、無形文化財だから」

「そんな文化財壊してしまいなさい。ていうか白南風島もじゃんけんのルールは同じだから。

いいから、和人(負け犬)、ビールとってきなさい。瓶ね、ビン」

そう言って、恵奈がシッシッと本当に野良犬でも払うかのように手を動かす。

「憶えてろ、いつか後悔させてやる」

渋々と、和人が炬燵から立ち上がり、ガラス張りの引き戸を開けながら振り返ってそう告げる。

「負け犬の遠吠え、気持ちいい♪」

「憶えてろよっ」

「早く閉めて、冷気入ってくんのよ」


「さむ…」

引き戸を閉めながら、すっかり火の消えた真っ暗な台所に入ると、思わず唸ってしまうほど寒かった。

築80年を優に超える山元本家の台所に、床暖房というものは存在しない。

そもそも、国内でも南部に位置するこの島では、暖房器具にお金をかける人などほとんどいない。

今年は近年まれにみる強烈な寒波に襲われているのである。


白南風(しらはえ)島。

日本海に浮かぶ有人島で人口は二万人ほど。

風光明媚、山紫水明、風化雪月。

と、住んでいる人にとっては自然くらいしか自慢するところのない島である。

本土を結ぶのは1日往復3回のフェリーと漁船のみ。和人たちの親の時分には、今よりずいぶん人がいたらしく、空港の建設案もあったらしいが、平成の世になってから一気に人が減り、過疎化とともにその計画もとん挫した。

……なお、陸路が無いので絶海の孤島なのは間違いない。

電気ガス水道、果ては光回線だって存在するのだが。


再び、強く吹き付ける北風が窓や勝手口を揺らし音を立てる。

それを聞きながら、勝手口に積まれているプラスチック製のビールケースをあさった。


事は、和人の妹の静香しずかが早々に酔いつぶれたところから始まる。

昨年10月。ようやく二十歳を迎えた静香はついに飲酒デビューしたのだが、これがまた弱かった。

具体的に言えば、乾杯の時に手に持っていた500ml缶にはまだ中身が半分以上入っている。

買い物に行った時、和人は350で十分だ!と、口を酸っぱくしていったのだが、お得だからと静香が譲らなかった。飲み切れなけりゃお得も減ったくれもないだろ、と和人は思う。


あっ、という間にぐーすかいびきをかきながら眠ってしまった静香を布団に運ぶため、父・健二けんじが席を立ったのだが、そのまま父も眠ってしまったのか帰ってこなかった。


(…静香が酒に弱いのは親父の遺伝だな)


そしてその次に、朝が早く夜も早い祖母が。そのすぐ後に恵那と叶の両親、由美子ゆみこ幹彦みきひこが就寝。

最後までせっせと料理だの、お酒だのを運んでくれていた和人の母・清子せいこと一生の母親のはるも床に就いた。

そして、山元家最後の牙城にして酒豪と名高い一生の父、「若者と喋るの大好き伯父さん」こと、

大悟だいごが酔いつぶれて寝てしまったのがつい先ほどの話。


ここで問題が発生する。

和人と恵那の二人は大悟の話に巻き込まれ、いまいち飲み足りなかったのだが、当の大悟が居間にあった酒類を全て飲みつくしてしまっていたのだ。

幸い、山元家では(程度に差はあれど)酒飲みが多いため正月などは大量の酒類を酒屋から仕入れている。

しかし、近年まれに見る大寒波の襲来によって、台所はいま氷河期に突入している。

ほろ酔いとは言え酔っ払いが突入してただで帰ってこれる場所ではない。

二人死ぬよりも、一人が犠牲になるべきだと、二人の意見は一致した。

…そして、二人とも、死ぬのはお前だと正面から戦になったのだった。


ちなみに一生も叶も未成年であるため、お酒の争奪戦(?)には参加していない。


いや、相変わらず実にくだらない事この上ない。

と、冷蔵庫に入れてないのにキンキンに冷え切ったビール瓶を手に呆れる和人。

くだらないの半分は明らかに自分の所為なのだがそこは無視することにした。

居間に持って行く前に、洗ってあったコップと栓抜きを手にするとビールのふたを開け、黄金の液体を流し込んだ。

ついでに、まだ開けていない方を激しく上下に振っておく。

勝ったと思っている時が一番油断しているものだ、とギリシアの偉い人だかなんだかが言っていたはずだ。恵那には、敗者への精神的ケアを怠ると、どういうことになるかをたっぷり教えてやることにしよう。

端的に言えば、すんなりと恵那にビールを渡すのが癪なのである。


「かっちゃん」

と、和人が懲りずにくだらないことをしていると、背にした廊下からこの家の家主が声をかけてきた。

「どうしたのばあちゃん。後の事は俺等でやるから、寝ていいよ?あ、うるさかった?」

「ふふ…今日みたいな日は賑やかっていうのよ。まだ飲むなら何か用意しようかと思ってね」

「適当に用意するから大丈夫だよ」

一生が。という言葉は意図的に飲み込んだ。

「いっちゃんもかっちゃんも、お台所の事はよくわからんでしょう?」


そう言いながら、祖母はコンロの上に乗ったままだった鍋のふたを開ける。

…ちなみに、和人の思考にも、祖母の言葉にも恵那と叶の名前が上がらなかった理由は、察してほしい。

祖母が空けた鍋の中から、ふわっと醤油やだしのいい香りが漂う。

「あ、筑前煮かぁ。うまいよね、これ」

「そうよ。いっちゃんとかなちゃんはまだお酒飲めないでしょ?その分、ちゃんと食べてもらおうと思って」

「かなは寝ちゃったけどね」

そう言いながら祖母の横からいつの間に取ったのか、菜箸を伸ばし、よく煮込まれた里芋をほおばる。

少し甘めの味付け、芋の中にしみ込んだ醤油と砂糖と出汁の味が口いっぱいに広がる。

「これは米だね」

炊飯器を確認する和人。期待通り、炊飯器には保温のランプが点灯している。


「明日まで残しておいてかなちゃんにも食べさせてあげて。お酒飲みはこっちね」

「モツ煮じゃん?!わざわざ用意してくれたの?」

「煮込むだけだもの、ほら、持ってって」

「…恵那ぁ!ばあちゃんのモツ煮は預かった!欲しけりゃ自分で取りに来な!」


『一生、あの馬鹿に一発くらわせてきなさい。あとモツ煮』

『やだ』


「…ねえかっちゃん」


「お前には、乾きものがお似合いだぜ!」

『…するめで痛い目に合わせてきなさい、一生』

『するめは拷問器具じゃないよ恵那ちゃん?!』


武器という単語の前に拷問器具って出てくるあたり一生の性癖がうかがえる。と、恵奈を煽りながら、弟分の趣味を邪推する和人。邪推で終わるかな、とも思う。


「かっちゃん。おばあちゃんね、この家、売ろうかと思ってるのよ」


「え?」


時は一月二日。

世間が新年を迎えた喜びに満ち溢れるころ、和人達は絶海の孤島で「負けられない戦い」の中にあった。

その、冒頭のお話である。

最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

も~しばらく続くんです。

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